学会通信(最新号)

学会通信 第58号(2021年11月)

小泉仰先生の御逝去を悼む

矢嶋 直規(国際基督教大学教養学部)

小泉仰先生は2020年10月6日に93歳で天に帰られた。コロナ禍の最中であり、ご遺族からお知らせを頂いたのは家族葬の約一か月後の事であった。そのためか私は未だに先生がお亡くなりになったという実感を持てないでいる。先生が日本イギリス哲学会第5代会長を務められたのは今からもう30年近く前のことになる。先生は本学会設立準備の段階から大槻春彦初代会長らとともに学会にかかわられ、学会の礎を築かれた本学会の第一世代でいらっしゃった。慶應義塾での指導学生を積極的に学会にご紹介され、大久保正健氏、成田和信氏をはじめ先生に指導を受けられた先輩方は学会の発展を担われた。

先生の御専門を特定することは難しい。業績表は20頁に及ぶが、未定稿の自伝を含め13冊の単著がカバーする領域は、博士論文の江戸後期から明治初期の日本思想、道徳教育、倫理学、J.S.ミル(3冊)、キリスト教に関するもの、と多岐にわたる。慶應義塾での修養時代には、主としてカントやシェーラーを学ばれ、また松本正夫氏の下でトマス研究にも励まれた。同世代で当時フランス帰りの大江晃氏とは一緒にカントールやアリストテレスの『分析論前書』を読解された。戦後アメリカン・セミナーズという米国人著名教授が来日して開催された現代哲学研究会への参加が英米哲学への接近の契機であったとのことである。その後フルブライト奨学生として当時W・フランケナのいたミシガン大学に留学された。

J・ダットン『論理学演習』(1969)やV・ポッター『バイオエティックス』(1974)の訳書も出版され、生命倫理学研究の日本における先鞭をつけられた。文字通り古今東西の思想に精通された大学者であられた。しかし先生が最も情熱を注がれたのは聖書研究ではなかったか。青年期の鮮烈な戦争体験を経てキリスト教信仰に導かれた先生に衝撃を与えたエレミヤ書の思想をたどり、ヘブライ語、ギリシア語、アラム語、シリア語で旧約聖書を批評(クリティーク)する研究会を専門家たちと最晩年に至るまで五十年間続けられた。このことを先生は「信じ難い恵み」と回想された。まさしく先生の金字塔であり、余人には及び難い。先生の自伝には「信仰に導かれた一研究者の回顧」との副題が付されている。先生の御心は常に聖書の思想と御言葉で満たされていたのだと思う。

先生はまぎれもなく卓越した人格者、誠実な信仰者、心温かい教育者でいらした。本学会創立20周年に会長経験者として寄稿された回想文で先生は本学会の伝統を<gentlemanship>と指摘された。 「紳士/淑女的であること」は私が存じ上げている本学会の先達に共通する特質であるように思われる。紳士の国イギリスという理念が、本学会のイギリス哲学研究において純粋な仕方で息づいていることを誇りにしたい。そしてその理念が学会の伝統として継承されることを願う。それは先生が望まれたことであるだろう。先生の薫陶を値なくお受けした一人として、先生への感謝を胸深く刻みつつご冥福をお祈り申し上げる。

第44回総会・研究大会報告

2020年3月21・22日と日本大学商学部で開催予定でありました第44回研究大会報告は、新型コロナウィルス感染症のため、シンポジウムは翌2021年3月にスライドして開催されることとなり、セッションとシンポジウムは2020年9月20日(日)から11月20日(金)に、学会ホームページ上で開催されました。学会HP上での掲載をご希望いただいた方は、個人研究報告では7名いらっしゃり、セッションは、セッションI. 「ヒュームの因果的必然性をめぐる論争」 (司会:林誓雄、報告者:大槻晃右・澤田和範・豊川祥隆)と、セッションⅡ. 「17 世紀イングランドにおける啓蒙思想の萌芽」(司会:青木滋之、報告者:後藤大輔・竹中真也・内坂翼)の掲載をいただきました。ウェブ上の開催という制約された条件の下、報告者の方々には大変充実した報告原稿やスライドを掲載いただくとともに、それぞれの報告には司会者の方々から専門的な観点からのコメントを作成いただき、掲載いただきました。

※前号の「学会通信」締切り後に開催されたため、今号にて報告させていただきました。

第45回総会・研究大会報告

新型コロナウィルス感染症の流行が収まらず、2021年3月20日(土)と21日(日)に愛知教育大学で開催予定でありました第45回総会・研究大会は、Zoomを用いたWeb大会に変更されました。1日目の午前の総会では、議長に有江大介会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進められました。総会の後には、柘植尚則会長による講演「客観主義、合理主義、直観主義――もう一つの近代イギリス倫理思想史」 が行われ、自然法論、感情主義、功利主義という流れではない近代イギリス倫理思想のもう一つの流れとその重要性を示そうとするスケールの大きな報告でした。1日目の午後には、まず、セッション「ヴィクトリア期における教養と一般教育の思想」(司会:小田川大典、登壇者:小田川大典、崎山直樹、藤田祐)が行われ、アーノルドの教養論、ワイズの教育政策、ハクスリーの科学論と教育論など、大変興味深い報告がつづきました。また1日目の午後にはシンポジウムⅠ「イギリスにおけるジェンダー論のルーツ」(司会:犬塚元、登壇者:小川公代、舩木惠子)も開催されて、イギリスのジェンダー論のルーツについて、文学、思想史を専門とするお二人の女性研究者の間でも、研究の深化を促すような刺激的なやりとりがなされました。

2日目の午前には、個人研究報告が行われ、Zoomを3会場に分けて、計9名の方々にご報告いただきました。また、午後には、シンポジウムⅡ「イギリス哲学・思想と市民教育」(司会:岩井淳、木村俊道、登壇者:平石耕、柘植尚則、奥田太郎)が開催されています。それぞれのフィールドからの刺激的な報告の後、「新科目〈公共〉」、「哲学カフェ」などについて、フロアからも問題提起が続き、活発な議論がなされています。

学会では初めてのウェブによる学会でしたが、1日目の総会・会長講演・セッション・シンポジウムⅠは111名、2日目の個人研究報告は各会場で45名ほど、シンポジウムⅡは88名の方にご参加いただきました(いずれも累計。海外からも、お二人、登壇いただきました)。大変綿密なマニュアルを作成いただいた奥田企画委員長、「大会特設ページ」やZoomの作成・設定をいただいた幹事の苅谷先生と中井先生のご尽力や報告者、司会者の方々にも事前に接続テストをしていただいたおかげで、無事、終了致しました。

第13回日本イギリス哲学会賞選考結果

選考委員長 犬塚 元(法政大学)

日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・成田和信、岩井淳、山岡龍一、児玉聡、犬塚元)は、2020年9月19日付けで、下記の2論文を第13回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。

李 東宣
‘Appropriating St. Jerome: The English Conformist Defenses of Episcopacy, c. 1570-1610,’『イギリス哲学研究』第43号, 2020.3
岡田拓也
‘Hobbes on the supernatural from The Elements of Law to Leviathan,’ History of European Ideas, Volume 45 Issue 7, 2019.7

委員会では、『イギリス哲学研究』第43号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、李、岡田両会員の上記論文が甲乙つけがたい内容と水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。各論文の受賞理由の要点は以下の通りです。

李東宣会員の論文は、エリザベスとジェイムズの時代のイングランド国教会聖職者の英語・ラテン語の一次文献を精査し、国教信奉者の3つの立場を抽出することで、この時代の思想の布置を説得的に描いています。この論文において最も魅力的な点は方法論的議論の周到さにあり、この時期のアングリカンの思想を、こののちの大主教ロードを基準にして進歩史的・目的論的に説明したり、恣意的な資料選択をしたりした先行研究の問題点を避けるため、本論文は、教父ヒエロニムスのテキストの解釈という観測点を設定するアプローチを採用しています。国教信奉者の3つの立場は必ずしも時系列で登場したわけでないとの著者の主張が、紙幅の都合もあり詳しく論証されなかったことは残念ですが、今後の研究が大いに期待されます。

岡田拓也会員の論文は、ホッブズの3著作、『法の原理』、『市民論』、『リヴァイアサン』を徹底的に読みこんで、「超自然的なもの」をめぐる3著作の違いや議論の発展を実証的に明らかにしています。この論文は、さまざまな先行研究が示唆はしたが必ずしも検証してこなかった議論を、特に『リヴァイアサン』と前2作との周到な比較によって確定する、という骨の折れる作業の完遂に成功しています。選考委員会では、ホッブズの議論の変化の「理由」は検討せず、変化の「性質」だけを追跡するという本論文の方針について、手堅いが物足りないという望蜀の指摘も出されましたが、綿密な先行研究の調査に基づく課題設定や、一次資料を十分に吟味した説得的な論述が高く評価されました。

以上

受賞者の言葉

第13回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 李東宣会員

現在博士課程で一七世紀イングランドの宗教・政治思想を研究しております李東宣と申します。この度、本賞の栄誉に預かりましたことは思いもよらなかった幸運で、次回よりきちんとした論文が書けたら目指そうと思っていたところでした。よって至らない部分も多い拙論ですが、これが出版されるまでの過程は私にとって大いに意味のあるものでしたので、このように評価していただけてとても嬉しいです。

この論文は一度落とされてから再投稿されたもので、その過程で、主に本学会に所属する先輩方に大いに助けられました。修正を繰り返す中で、かなり荒削りのものを学術論文として仕上げていくという点と、研究者コミュニティの重要性という点での気づきがたくさんあり、研究を続けていく原動力となっています。

一度論文が出来上がってからは、論文をみてくださった先輩方とはまた別の次元で、研究に不可欠な学術共同体というものを実感する機会となりました。大変お忙しい中、本当に丁寧に査読・校正の労をとってくださった先生方、数年前から全て電子媒体での投稿と著者校正のシステムを整えてくださった関係者の先生方、そして本学会全体の維持にご尽力くださっている方々にこの場を借りて深く感謝申し上げます。

第13回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 岡田拓也会員

この度は第13回日本イギリス哲学会奨励賞を頂き、誠に光栄に存じます。審査の労を取ってくださった選考委員の皆様、そして関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

本稿はアクセプトに至るまで何度もrejectやmajor revisionを経てきているため、感慨もひとしおです。英語雑誌に投稿し始めた頃は審査員のコメントも辛辣なものが多く、立ち直るのにも時間がかかりました。審査員の厳しいコメントは今でも向き合うのに時間がかかり、数多くの修正要求に答えるのには数ヶ月単位で時間がかかることも珍しくありません。ですが、コメントを元に修正していくことで、確かにより良い原稿になっているように思います。また、既にやり尽くしたと考えていたテーマにまだ調査の余地があると気づき、自分の理解が深まるのは楽しくもあります。審査員の厳しいコメントを避けるための準備も一層入念にするようになりました。(投稿前に同僚の助言を仰ぐ、投稿直前に必ず英語チェックを頼むなど。)その成果か、直ちにrejectになることは多少少なくなったように思います。

一つの論文を発表するに至るまでの道のりの険しさは今も変わりませんが、今後も研鑽に励みたいと存じます。

第46回総会・研究大会について

第46回総会・研究大会は、2022年3月19日(土)・20日(日)の両日、オンライン(Zoom)で開催致します(開催責任者:瀧田寧会員)。参加方法、マニュアルなどは総会・研究大会プログラム等をお送りする2021年2月にお伝え致します。

1日目には、総会、関口正司会員による特別講演、公募セッション、シンポジウムⅠ「S・T・コウルリッジのロマン主義:近代社会の限界と可能性」(司会:武井敬亮・小田川大典、報告者:大石和欣・和氣節子)、2日目には、個人研究報告(4名)、シンポジウムⅡ「雑談・孤独・崇高:コロナ禍以後に向けたイギリス哲学・思想の射程(仮)」 (司会:竹澤祐丈・奥田太郎、報告者:林誓雄、桑島秀樹、望月由紀)が予定されています。

詳細については2021年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。

第24期役員選挙結果および理事の指名について

2021年8月28日、第24期役員選挙の開票が行われ、以下の会員が当選いたしました。

理事(15名、50音順)
青木裕子、犬塚元、梅田百合香、奥田太郎、戒能通弘、川添美央子、久米暁、児玉聡、
小林麻衣子、壽里竜、太子堂正称、竹澤祐丈、森直人、矢嶋直規、山岡龍一

会計監査(2名、50音順)
安倍里美、舩木恵子

また、上の当選理事によって、研究分野、年齢・性別、地域などのバランスを考慮し、以下の会員が理事として指名されました(10名、50音順)

大谷弘、冲永宜司、苅谷千尋、桑島秀樹、佐藤一進、勢力尚雅、武井敬亮、蝶名林亮、富田理恵、中井大介

事務局より

ご挨拶

『学会通信』第58号をお送り致します。第23期事務局がスタートしてから1年半年ほど経ちましたが、新型コロナウィルスの影響が収まることはなく、本学会では初めてオンラインで総会・研究大会を開催することになりました。様々な困難が予想された中、報告者や司会の方々、それから参加者の方々もZoomに随分となれていらっしゃったこともあり、事務局の先生方やアルバイトの同志社大学の学生の皆さんのご尽力もあって、無事終了致しました。また総会・研究大会以降、広報幹事の苅谷先生、事務改革担当理事の竹澤先生、武井先生を中心に、学会支援システムの導入が進められ、80%近くの方々にご登録いただきました。会員の皆様には改めて感謝申し上げます。

次期事務局より、本学会50周年への準備を開始していただくのではないかと考えております。前事務局からの様々な改革やこの間のウェブ学会の経験などをスムーズに引き継がせていただくことで、より円滑な学会運営をしていただけるよう微力ながら尽力できればと存じております。

メールアドレスのご登録について

新型コロナウィルスの影響で、今後も学会のイベントの開催日時、開催方法等が変更になる場合も予想されます。最新情報は、学会HPでも随時お知らせしておりますが、学会にご登録いただいたメールアドレス、学会のメーリング・リストでも、適宜、お知らせしております。皆様に変更点が迅速に伝わりますよう、学会にメールアドレスのご登録をなさっていない会員の方々、学会のメーリング・リストに登録されていない方々におかれましては、ご登録をお願いしたく存じております。メールアドレスをご登録いただける際は、学会下記の事務局のメールアドレスまでご連絡ください。

会費納入のお願い

会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。