注記:旧サイトで公開されております、39号(2002年)から52号(2015年)までのバックナンバーを、本サイト本ページに掲載いたしました。
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2020年代
学会通信 第60号(2023年11月)
追悼 水田洋先生
坂本 達哉(早稲田大学)
2023年2月3日、水田洋名誉会員(以下「先生」)が逝去された。満103歳の大往生であった。先生の生涯や業績についてはすでに多くの優れた追悼文がある。以下では、少し見方を変えて、日本イギリス哲学会(以下「本学会」)との関わりを中心に、先生の学問的遺産の一側面について個人的な思いを述べることにしたい。
先生の生涯は劇的かつ多彩であった。第一次世界大戦終結の翌年に生まれ、関東大震災を体験し、東京商大(現・一橋大学)を卒業後、東亜研究所を経て、陸軍軍属および連合軍捕虜としてインドネシア、ジャワ島に3年半を過ごす。1949年に名古屋大学法経学部に赴任、1954年にはグラスゴウ大学に2年近く留学。後に国際的な名声を確立するスミス蔵書の探索はこの頃から始まった。主要な活動の場であった経済学史学会の代表幹事を務めた直後の1977年、先生は社会思想史学会を設立、1979年には日本18世紀学会を設立した。そこには「スミスは経済学では分からない」との思いがあった。この間にオリンピック反対、万博反対、反戦平和・護憲等の華々しい市民運動家としての活動があった。1998年には社会思想史研究者としてはじめて日本学士院会員に選出された。
このような先生にとって、1976年に大槻春彦初代会長の呼びかけによって設立された本学会はいかなる意味をもったであろうか。本学会の看板とも言えるホッブズ、ロック、ヒューム、スミス、ミル等の主要思想家は先生の本領でもあったが、先生は本学会の理事に選出されたことは一度もない。諸学会の設立・運営に多忙を極めたことを別としても、なぜ先生は本学会の活動の中心に位置しなかったのであろうか。本学会草創期の社会科学系研究者は経済学の田中正司、永井義雄、政治学の田中浩、藤原保信等々であった。これらの人々と先生との微妙な人間関係が影響したのかもしれないが、それもまた本質的な理由ではなかったと思う。
より根本的な問題は、上の5名の思想家のうち先生が真に重要視したのはホッブズとスミスであり、ロック、ヒューム、ミルについて先生は、それぞれの重要性と偉大さは十分に認めながらも、先生の近代思想史パラダイムにおいては決定的な位置を占めていなかったという事実である。先生にとっての決定的な存在はホッブズとスミスであるが、その独自な解釈(ホッブズの個人主義やスミスの同感論等々)は本学会の哲学や政治学の専門家すべてに全面的に受け入れられるものではなかったはずである。とくに先生は、ロックとヒュームについて、本学会の主流とは異なる批判的立場を取っていた。ヒュームの経験主義についてはスミスとの関係で重視はしたが最後まで積極的な位置づけはなかった。最も顕著なのは先生のロック論で、最後まで「ホッブズは反体制、ロックは体制」との解釈を維持した。これが現代最前線の専門家たちが全面的に首肯する見解でないことは明らかである。これもすべて、近代思想の出発点をホッブズの個人主義とノミナリズムにもとめながら、個人主義にとってもノミナリズムにとっても不可避な存在であったロックとヒュームを迂回して、スミスに直結させる水田パラダイムの結果であった。ロック、ヒュームの専門家が多数を占めた本学会に先生がある種の距離感を感じたとしても不思議ではないであろう。
周知の通り、先生のホッブズ・スミス論は、ホッブズ・スミス・マルクス論として展開された。しかし、ホッブズ・スミス関係がそれほど単純なものではなかったことは、先生ご自身が理解していたはずであり、スミス・マルクス関係がなお一層の緊張と断絶をふくむ関係であることもまた、先生は熟知していたはずである。それにもかかわらず、先生がその三者関係に拘られた背後には、上にふれた「遅れてきたマルクス・ボーイ」としての先生の個人史があった。それはまた先生の市民運動の実践と同根でもあった。しかし、先生亡き現在、これらの個人史や政治的実践と先生の学問的業績とは明確に区別する必要があるように思われる。異論を承知であえて極論すれば、『アダム・スミス論集』(2009年)を白眉とする先生のスミス論やイギリス思想史研究の高みと充実は「マルクス・ボーイ」としての先生の自己認識とは別物である。それは後進世代のあらゆる思想史研究者が範とすべき国際的業績であり、研究者の政治的立場やイデオロギーの差異を超えて、純粋な学問業績としての圧倒的な力と重みをいまなお持ち続けている。私たちが未来に引き継ぐべきはこの学問遺産こそである。
追悼 水田洋先生
梅田 百合香(桃山学院大学)
本学会の名誉会員であり、イギリス哲学・思想研究に多大な貢献をなされた水田洋先生が2023年2月3日に老衰のため逝去されました。103歳5ヶ月でした。
アダム・スミス研究者として世界的に知られ、ホッブズやミルなど翻訳書を多く残し、日本の社会思想史研究を学問として確立することに尽力されました。また旅する研究者でもあり、生来フットワークが軽く語学が堪能で社交的であったことから、時代を先行して積極的に国際学会に顔を出し、海外の研究者と親交を深めネットワークを構築することに成功するとともに、各地の古本屋を訪ねて貴重書を入手し、私費を投入して膨大な蔵書を形成しました。17~18世紀の西洋社会思想史関連の原典が数多く揃うこの蔵書は、現在名古屋大学附属図書館に寄贈され、「水田文庫」として収蔵されています。また名古屋大学で多くの研究者を育て、後進の育成にも力を注ぎました。その育成支援の精神はさらに寄付という行為に現れ、人文・社会科学(思想史)分野の若手研究者を支援する名古屋大学水田賞として具体的な形を持って結実しました。学界の発展に対する功績はきわめて大きく、今も多くの研究者が水田文庫や水田賞の恩恵を受けています。
私もその恩恵を受けた一人ですが、実は私が水田先生に初めてお会いしたのは、2003年に法政大学で開催された本学会第27回大会の懇親会でした。祖父と孫ほど年が離れており、かつ法学研究科の私は先生のゼミで直接指導を受けることはなかったわけですが、それ以来親しくさせていただき、様々な形で指導と支援を賜りました。先生のご自宅の書斎を幾度となく訪ね、そのたびに温かく迎えていただき美味しい紅茶を先生自ら入れてくださり、水田珠枝先生とご一緒にいただいたり、ご夫妻とお食事をしたり、蔵書の中から貴重書をお借りしたり、ご自宅近くのカフェで経済学研究科の院生の皆さんと一緒に茶話会をしたり、先生と専門的な話を含めて数限りない雑談を楽しみました。
先生はご自分が「ホッブズをスミスで読むマルクス主義者」と言われていると笑ってお話しされることがありましたが、そのフレーズを結構気に入っているようでした。博士論文が元になっている私の最初の単著『ホッブズ 政治と宗教――『リヴァイアサン』再考』(名古屋大学出版会、2005年)は水田先生を含め日本の先行研究を批判しているのですが、先生は自由な批判精神を尊び、解釈が異なっても後進の支援を惜しむことはしませんでした。しかし先生の『近代人の形成――近代社会観成立史』(東京大学出版会、1954年)の核心である近代イコール世俗化というのは先生の一貫した信念であり、それは生き方(死に方)にも反映されました。雑談のなかで、先生はもしものことがあったら、自分の骨は灰にして地中海にまいてもらうつもりと仰っていましたが、結局遺言でご遺体は病院に献体され、告別式等は一切行わないという判断をなされたようです。
このように無神論・無宗教を貫く先生ですが、先生の精神を支えていたものは何かというと、それはある部分では水田珠枝先生であったと言わざるをえません。あるとき珠枝先生が体調不良でしばらく入院されることがありました。洋先生は珠枝先生の退院の後、「実は珠枝の入院中鬱状態になってしまった」と私に吐露されました。もちろん研究上の信念が先生の生き方の支柱をなしていたことは確かです。しかし、現実の研究生活を支えていたのは珠枝先生であったのは間違いありません。共著『社会主義思想史』(東洋経済新報社、1958年)や共訳『フランス革命についての省察ほかⅠ・Ⅱ』(中央公論新社、2002、2003年)は、その発露であり成果であるといえるでしょう。
私は在外研究中イギリスで水田先生の訃報に触れました。渡航直前の日本はまだコロナ禍であったためご自宅に伺うのを控えたのですが、それが悔やまれてなりません。コロナ禍以前に、電話で私がホッブズを読むために古典ギリシア語を勉強していると伝えると、先生は「自分ももっと勉強すればよかった」と返され、その謙虚さに驚かされたのを覚えています。先生の飽くなき探究心を私は私のできる形で引き継いでいきたいと思います。これまで本当にありがとうございました。
第47回総会・研究大会報告
2023年3月25日、26日に愛知教育大学で開催された第47回総会・研究大会は実に4年ぶりとなる対面での開催となりました。開催校の実施責任者として周到なご準備をしてくださいました今村健一郎会員、また大学院生の皆様に厚くお礼申し上げます。参加人数は実数で81名となり、首都圏以外での開催としては多くの会員の皆様にご参会いただき大変実りある会となりました。
25日午前の総会では早稲田大学の坂本達哉会員に司会をお引き受けいただきました。総会では奨励賞を受賞された太田浩之会員(グラスゴー大学)による受賞挨拶が行われました。続く山岡龍一会長の会長講演(「政治思想研究における「イギリス性」について」)では驚くべき博識に支えられた「イギリス性とは何か」についての本質的な洞察が披瀝されました。それはイギリス哲学・思想研究を志す聴衆一同に感銘を与える大変格調の高いものでした。アダム・スミス生誕300周年を記念するシンポジウムIでは重田園江氏(非会員)、太田浩之会員、高哲男会員、太田寿明会員の年齢、研究関心もバラエティに富む興味深い深い発題があり、フロアとのやりとりも活発に行われました。70名近い参加があり会員の関心の高さが伺えました。司会の青木裕子理事、森直人理事の卓抜な総括も印象的でした。
26日午前は個人研究発表が行われました。内坂翼会員(国際基督教大学・院)、高萩智也会員(慶應義塾大学・院)、渡辺一樹会員(東京大学・院)、遠藤耕二会員(福山大学)、岡本慎平会員(広島大学)、佐藤岳詩会員(専修大学)によるそれぞれ力のこもった研究発表と活発な議論が行われました。個人研究発表こそが本学会の真の実力が現れる場であると思わされました。午後はセッション「思想史研究における複合国家論の射程」(司会岩井淳会員)で竹澤祐丈理事、武井敬亮理事、安武真隆会員による専門性の高い発題と充実した議論がありました。それに続き、J・S・ミル没後150年を記念するシンポジウムII「J・S・ミル研究の現状と意義」では舩木恵子会員と成田和信会員の卓抜な議論設定のもと、鈴木真会員、小沢佳史氏(非会員)、村田陽会員のそれぞれ重厚で刺激的な発題があり、充実した議論が行われました。セッションとシンポジウムIIにはそれぞれ約50名の参加がありました。二日間で合計17の内容豊かな発題があり、それに基づく議論が行われたことになります。志を共有する研究者同士が一つの場所に会して議論できることの意義を再確認することができた二日間でした。残念ながら、コロナ感染への懸念から懇親会は中止となりました。東京大学駒場キャンパスで開催される予定の第48回では懇親会を含む学会での会員の学問的親睦が可能になることを願わずにはいられません。
最後になりましたが太子堂正称委員長をはじめ、充実したプログラムを作成して下さいました企画委員の理事の先生方にお礼を申し上げたいと思います。(矢嶋直規)
第15回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 冲永 宜司(帝京大学)
日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員 犬塚元、奥田太郎、柘植尚則、富田理恵、冲永宜司)は、2022年9月18日付けで、下記の論文を第15回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作として理事会に推薦することに決定しましたので、ここに報告いたします。
太田浩之「自己に対する道徳判断と自己欺瞞―ジョゼフ・バトラーとアダム・スミスの比較分析」(『イギリス哲学研究』第45号、2022年、3月)
委員会では、1. 論述の説得力、2. 論述方法の堅実さ、3. 先行研究への目配り、4. 議論の独創性、5. 将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上記論文が奨励賞の水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。受賞理由の要点は以下の通りです。
太田会員の本論文は、グラスゴー版の解釈以来、スミスの良心をめぐる表現がバトラーからハチスンを介してスミスに影響を与えていたと考えられていたのに対して、バトラーからスミスへの直接の関係を明らかにした点に特徴があります。
その際筆者は、スミスがその良心についての考察において「自己愛の欺き」といった「自己欺瞞」を論じ、またバトラーも反省の欠如と自己愛についての考察において「自己欺瞞」を論じていることを指摘します。その一方で、ハチスンは自らの道徳感覚についての議論の中で「自己欺瞞」を論じていないという、スミスからハチスンへの批判に筆者は着目します。こうしたバトラーとスミスとの共通性、反対にハチスンの考察に見られない要素に対するスミスからの批判とを丁寧に叙述することで、筆者はバトラーとスミスとの密接な関係を明らかにしていると判断されました。この点で哲学史の論文としては従来の定説になかった独自の見解も含み、選考委員会は本論文が奨励賞として推薦できるという結論に達しました。
今後検討を要する点として、バトラーとスミスとの言説の内容的共通性は、二者の思想史的な影響関係を証明するものではないという指摘や、スミスの言説にまず着目しその後で遡ってバトラーの類似の言及を記すという筆者の議論展開は、二者の歴史的関係の立論には十分なのか、という指摘がありました。これは思想内容の類似性と、歴史的影響関係の事実とを区別する必要性でもあり、今後の筆者による研究が望まれます。
それでも本論文は良心と自己欺瞞とを主題としながら、道徳哲学における利己主義や利他性といった倫理思想の中心課題につながる議論の題材を含んでおり、筆者によるこの方面での今後の研究に大きな可能性を含んでいると言えます。
受賞者の言葉
第15回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 太田浩之会員
この度は、第15回日本イギリス哲学会奨励賞をいただき、大変光栄に存じます。まずは、審査の労をとってくださった関係者の皆様、そして論文に対して貴重なご指摘をしていただいた査読者の方々に御礼申し上げます。
今回、このような栄誉ある賞をいただいくことができたのは、会員の皆様のご指導があってのことだと思っております。受賞論文の一つの特徴は、従来のアダム・スミス研究でそれほど注目されてこなかったジョゼフ・バトラーとスミスとの関係を取り上げている点にあると考えておりますが、私がバトラーの思想に最初に触れたのは矢嶋直規先生のゼミを通じてでした。当時全く面識がない中で、矢嶋先生がゼミへの参加を快く受け入れてくださることがなければ、今回の論文を執筆することはできなかったと思っております。また、本学会が主催する大会や部会にて報告する機会をこれまでに何度もいただき、そこでの交流を通じて、論文の書き方などの初歩的な技術から専門的な知識に至るまで、数多くのことを学ぶことができました。この度の受賞論文は、このように会員の皆様のご協力がある中で研究を続けたことの一つの結果だと考えております。この機会をお借りして、心より感謝申し上げます。
今回の受賞を大きな励みにして、今後さらに質の高い研究ができるように精進してまいります。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
第48回総会・研究大会について
第48回総会・研究大会は、2024年3月23日(土)・24日(日)の両日、東京大学にて行われます。同大学には、大石和欣会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、記念講演、セッション、シンポジウムⅠ「カントとイギリス哲学――生誕300周年記念(仮題)」 (司会:大谷弘、安倍里美 報告者:佐藤岳詩、渡辺一樹)、2日目には、個人研究報告(6名予定)、シンポジウムⅡ「イギリス哲学の総合性の伝統とその現代的翻案─PPE(Philosophy, Politics, &Economics)という学問領域の可能性の探求(仮題)」 (司会:久米暁、小林麻衣子 報告者:児玉聡、平石耕、中井大介)が予定されています。また、1日目の夕刻に懇親会が開催される予定です。
詳細については2024年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
第24期事務局も残すところ5か月となりました。至らぬ点ばかりですが、山岡龍一会長のリーダーシップのもと何とかゴールが視野に入ってきました。4年ぶりに対面での開催となりました第47回総会・研究大会が成功裡に終えられたことは大変大きな喜びでした。次期理事会の陣容も固まり学会設立50周年に向けて始動したところです。今期は、理事の重任制限が導入され、本学会の理事会からいわゆるベテランの先生方が一度に退かれ新執行部にとっても挑戦の時期でした。そんな中で今期事務局幹事をお務めいただいている竹中真也先生、山尾忠弘先生のお仕事にこの場をお借りしてお礼申し上げます。(矢嶋直規)
会費納入のお願い
本会の会計年度は1月から12月となっております。会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。5年分(30,000 円)滞納の場合、自然退会となります。期日内に納入いただきますようお願い申し上げます。
学会通信 第59号(2022年11月)
新会長挨拶
山岡 龍一(放送大学教養学部)
2022年度から第24期の会長を務めさせていただくことになりました、山岡です。よろしくお願いいたします。
ここ数年、新型コロナウィルス感染症の影響で、我々の生活が多大なる変容を強いられました。日本イギリス哲学会も、第44回から第46回にかけての研究大会がオンライン開催になるなど、厳しい対応を迫られました。前会長の柘植会員と前事務局長の戒能会員をはじめとする前執行部のご尽力により、本学会はこの危機を無事乗り切ることができました。まだ軽々な判断はできませんが、世間的にはコロナ禍への社会的対応は次のフェーズに移りつつあるように思えます。次回の研究大会がどのような開催形態となるかはまだ断言できませんが、このことを含めて学会活動の全体を通常運転に向けて調整していくことが、今期の理事会の課題の一つであると理解しています。
コロナ禍は、Web会議システムを使った研究会や会議の利用を、この禍がなければありえなかった速度で促進しました。こうした意図せざる利点が明らかになりましたので、通常に戻るとはかつてと同じになることを意味しません。しかしながら、リモート作業によって失われたものも慎重に考慮して、今後の在り方を探っていくつもりです。
2026年に本学会は設立50周年を迎えます。厳密にいえば、次期の理事会のイベントになりますが、今期の理事会では、その準備を進めていくことも重要な課題だと認識しています。すでに会員の皆様にはこの件に関するアンケートへのご協力をお願いしましたが、こうして広く意見を募りながら、できる限り有意義な事業を責任ある仕方で構想し、それを実行に向けて具体的な準備をすることを目指して今後とも努力していきたいと思います。皆様にはさらなるご協力をお願いいたします。
コロナ禍による停滞は、学会の現状を把握する上での困難を生んでいるかもしれません。これは日本社会全般の問題ともいえますが、学会としての活力が必ずしもみなぎるものとなっていないように見受けられます。公募論文への投稿数等が、その目に見える指標ですが、それが芳しくない傾向にあるように見えます。会長や理事会の仕事は、組織としての学会の維持と発展という、外在的な善と、学問(我々の場合、イギリスを対象とする学際的で専門的な研究)の探究の促進という内在的な善の、両方を追求することだと考えます。たしかに後者こそ、学会の活力の中核ですが、それを支えるのが前者です。わたしの仕事は、この二つの善を適切に均衡させながら追求することだと考えています。
理事の任期に制限を加えた会則の第7条の施行の影響が、理事の選出に初めて大きな影響を与えたのが、今期の理事選でした。結果として、新しい人材が生かされることになりましたが、これまでと比べて、ベテランの理事が少ない状況を生んでいます。したがって、学会運営において今まで以上に、会員の皆様のご理解とご協力が必要であり、理事の皆様の知力を結集し、それを事務局のご尽力によって生かしていかねばなりません。すでに事務局をはじめとする皆様には大変お世話になっていますが、さらなるご協力を引き続きよろしくお願いするとともに、この挨拶の場をかりて、お礼を申し上げたいと思います。
第46回総会・研究大会報告
2022年3月19日、20日に開催された第46回総会・研究大会は第45回に引き続き、コロナのためにオンライン開催となりました。開催拠点校は瀧田寧会員が所属しておられる日本大学商学部でした。瀧田会員、および第23期事務局の柘植尚則前会長、戒能通弘前事務局長はじめ事務局の皆さんのご尽力によってスムーズに行われました。出席人数は実数で初日が109名、2日目が105名とほぼ昨年と同程度の参加者がありました。
19日午前のプログラムの最初に総会が開催され、議長に選出されました広島国際大学の村上智章会員の司会により行われました。続いての特別講演は名著『自由と陶冶』で名高く、近年岩波文庫からJ・S・ミルの『自由論』と『功利主義』の翻訳を出版された九州大学名誉教授関口正司先生に頂くことができました。セッションは青木滋之会員の司会による「17世紀イングランドでの新旧哲学の融和と変容:信仰・理性・経験」というテーマで竹中真也会員、内坂翼会員、中野安章会員がイギリス哲学の中心にある課題について大変力のこもった発表をされました。シンポジウム1「S・T・コウリリッジのロマン主義:近代社会の限界と可能性」では小田川大典会員、大石和欣会員による発題に、議論は大変盛り上がりました。
2日目の午前のプログラムの個人研究報告では、鵜殿憩会員、春日潤一会員、櫻井新会員が大変レベルの高い発表をされました。個人報告はプログラム上パラレルセッションの形式をとり、すべての報告に参加できないことが多いのですが今回は重複なくすべての研究発表に参加することができたことは大変幸いなことでした。午後はシンポジウム2で「雑談・孤独・崇高:コロナ禍以後に向けたイギリス哲学・思想の射程」と題する現代的な主題で、林誓雄会員、望月由紀会員、桑島秀樹会員の学問的刺激に富んだ発題がありました。
2日間を通して、論じられた時代と分野のバランスが見事にはかられていて、本学会の特徴が発揮される研究大会になったと思われます。奥田太郎委員長はじめ企画委員の先生方のご尽力に感謝いたします。しかしコロナでやむを得ないことであったとはいえ、3年間オンライン開催が続いてしまいました。やはり膝を突き合わせ、口角泡を飛ばしての議論が行われる研究大会となることが切に望まれ、第47回の愛知教育大学での研究大会がそのような機会となることを願わずにはいられません。(矢嶋直規)
第3回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 坂本達哉(早稲田大学)
新型コロナ感染症の中、推薦された三作品について、メールでの意見交換を重ね、厳正な審査をおこなった結果、9月5日のメール審議において、以下の候補作を第3回日本イギリス哲学会賞の受賞作とすることに全員一致で決しましたので、ここに報告いたします。
森達也『思想の政治学──アイザィア・バーリン研究』(早稲田大学出版部、2018 年)
本書は、難解な文体によって知られるバーリン思想の全体像を、日本で初めて、1.哲学・政治理論(第1章〜第4章)、2,思想史(第5章)、3.ナショナリズム/シオニズム論(第6章〜第7章)という3つの視点から総合し、国際的にもまれな重厚な成果をあげています。序論と結論に充実した文献目録と事項・人名索引を加え、内容・形式ともに、学術書としての完成度はたかく、バーリン以外の主要な思想家や研究者を網羅した研究対象の広さも特筆されます。バーリン自身の公刊著作と刊行中の書簡集、公刊・未公刊の草稿資料を駆使した研究手法は、若い研究者の模範となるような水準に達しています。
バーリンの政治理論については、ひろく知られる「二つの自由」論における消極的自由の擁護と積極的自由の批判を、冷戦構造下の西側自由主義の擁護と結びつける伝統的解釈と、現代的な価値多元論の一典型とするポスト・モダン的解釈とが共存してきました。本書はこれに対し、バーリン思想の根底に、1930 年代のオックスフォードの哲学者たちとの知的交流があった事実に着目し、とりわけ、エイヤー等の論理実証主義に対する批判と、新カント派経由の解釈学的伝統の影響による「歴史主義的転回」の意義を指摘します。結果として、バーリンの「価値多元論」が、単なる価値相対主義やイデオロギー的な自由主義擁護論ではなく、強固な哲学的基礎をもつ一個の政治哲学であることを、大きな説得力をもって論証しています。
著者はさらに、バーリンの思想史研究の諸成果をも上の歴史主義的転回の成果として位置づけます。現代の高度化した思想史研究の水準から見れば問題が多いとされる、「対抗的啓蒙」をはじめとするバーリンの思想史研究ですが、著者はとりわけ、戦後ポスト・モダンの言語論的転回と軌を一にする、「プロイセンのヒューム」と言われたハーマンの言語論研究と、バーリン自身のリベラル・ナショナリズムの原点となったヘルダー論に着目します。バーリンの啓蒙思想研究を、バーリン政治哲学の思想史への応用、あるいは、価値多元論の学問的実践として位置づける著者の分析は手堅く、説得力に富んでいます。
著者が最後に提示するバーリンの(ヘルダー、ヘス由来の)シオニズム擁護論の独自な解釈は、政治的にデリケートな要素を含みますが、著者の特別の熱意を感じさせます。18世紀啓蒙の精神を継承するバーリン自由主義の核心にある文明の「品位」の擁護を、著者もまた共有することを明示し、政治哲学研究が著者自身の思想の学問的表現でもあり得ることを、本書の著者は身をもって示しています。
以上、哲学・倫理学、政治哲学・思想(史)というイギリス哲学会の主要な研究領域を網羅し、堅実な文献実証と広範な研究文献の渉猟によって、国際的にもまれな総合的バーリン研究をまとめ上げた著者の力量はたかく評価されます。ゆえに本書は、日本イギリス哲学会賞にふさわしい著作であると判断します。
選考委員(50音順)
坂本達哉(委員長)、佐々木拓、太子堂正称、濱真一郎、舩木惠子
受賞者の言葉
第3回日本イギリス哲学会賞受賞者 森達也会員
このたびは日本イギリス哲学会賞という大変栄誉ある賞をいただき、まことに嬉しく、また有難く存じます。審査のご労をお取り頂いた選考委員の方々、ならびに学会理事および事務局の皆様には、心より感謝申し上げます。
受賞のお知らせを頂戴した際には、にわかには信じがたい気持ちでした。というのも、これまで同賞が贈られた堂々たる著作と比べると、『思想の政治学』はやや異質と申しますか、著作としての統一感に欠けることに、本書をお手に取ったことがある方はお気づきだと思うからです。本書は20年にわたるわたくしのバーリンに関する研究の集成であり、それゆえ、その間の国内外におけるバーリン研究の展開と、わたくし自身の知識の蓄積に伴う執筆姿勢の変化が大いに反映されています。モンテスキューの『法の精神』やブラームスの第一交響曲を特別な例外として、あまりに長く温めた料理(イギリスではよくお目にかかりますが)は食するに堪えないのが常でありまして、もし本書が少しでも風味を保っているのであれば、それは単に、バーリンのお気に入りの ‘crooked timber of humanity’ という言葉が示すように、紆余曲折を経たもののほうが「人間味」がある、ということなのかもしれません。
いわゆる英国哲学の本流からはかなり距離のある人物に関する研究発表に、いつも寛大さと忍耐をもって耳を傾けてくださった会員の皆様に、あらためて感謝申し上げます。日本イギリス哲学会はわたくしを大いに育ててくれた学会であります。今後ともご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
第14回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 犬塚 元(法政大学)
日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・岩井淳、久米暁、中澤信彦、児玉聡、犬塚元)は、日本イギリス哲学会奨励賞の候補となった論文につき、問題設定の独創性、論理展開の明確さ、結論の説得力等の観点から厳正に審議いたしましたが、2021年9月19日付けで、本年度は該当作なしとの結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。
第47回総会・研究大会について
第47回総会・研究大会は、2023年3月25日(土)・26日(日)の両日、愛知教育大学にて行われます。同大学には、今村健一郎会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、会長講演、シンポジウムⅠ「「スミスの臆見、私たちの偏見」―生誕300周年記念」 (司会:青木裕子・森直人、報告者:重田園江・太田浩之)、2日目には、個人研究報告(6名予定)、セッション、シンポジウムⅡ「「J・S・ミル研究の現在」-没後150周年記念」 (司会:成田和信・舩木惠子、報告者:小沢佳史・鈴木真・村田陽)が予定されています。また、1日目の夕刻に懇親会が開催される予定です。
詳細については2023年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
山岡龍一新会長のもとで第24期日本イギリス哲学会事務局が発足いたしました。はじめに山岡会長、事務局長の私、矢嶋と共に事務局を担ってくださるお二人の先生を紹介いたします。庶務幹事をおつとめ頂くのは中央大学の竹中真也先生、編集幹事をおつとめ頂くのは慶應義塾大学の山尾忠弘先生です。竹中先生は本会でもすでに何回かシンポジウムやセッションにご登壇いただいているバークリの専門家です。山尾先生は年齢的にはまだ若手に分類される新進気鋭のJ・S・ミル研究者です。発足から早くも半年がたち、お二人の幹事の先生方には大変ご活躍を頂いております。理事会の先生方、とりわけ第23期の戒能通弘前事務局長には様々なご助言を頂きながら進めさせていただきたく存じます。至らない点などご教示の程お願い申し上げます。また今期の事務局は来期に控える設立50周年記念に向けての準備の開始を任務の一つとしております。先日メールにてアンケートを送らせていただきました。会員の皆様には今後何かとご協力をお願いする機会もあろうかと存じますがどうぞよろしくお願い申し上げます。(矢嶋直規)
会費納入のお願い
本会の会計年度は1月から12月となっております。会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。5年分(30,000 円)滞納の場合、自然退会となります。期日内に納入いただきますようお願い申し上げます。
学会通信 第58号(2021年11月)
小泉仰先生の御逝去を悼む
矢嶋 直規(国際基督教大学教養学部)
小泉仰先生は2020年10月6日に93歳で天に帰られた。コロナ禍の最中であり、ご遺族からお知らせを頂いたのは家族葬の約一か月後の事であった。そのためか私は未だに先生がお亡くなりになったという実感を持てないでいる。先生が日本イギリス哲学会第5代会長を務められたのは今からもう30年近く前のことになる。先生は本学会設立準備の段階から大槻春彦初代会長らとともに学会にかかわられ、学会の礎を築かれた本学会の第一世代でいらっしゃった。慶應義塾での指導学生を積極的に学会にご紹介され、大久保正健氏、成田和信氏をはじめ先生に指導を受けられた先輩方は学会の発展を担われた。
先生の御専門を特定することは難しい。業績表は20頁に及ぶが、未定稿の自伝を含め13冊の単著がカバーする領域は、博士論文の江戸後期から明治初期の日本思想、道徳教育、倫理学、J.S.ミル(3冊)、キリスト教に関するもの、と多岐にわたる。慶應義塾での修養時代には、主としてカントやシェーラーを学ばれ、また松本正夫氏の下でトマス研究にも励まれた。同世代で当時フランス帰りの大江晃氏とは一緒にカントールやアリストテレスの『分析論前書』を読解された。戦後アメリカン・セミナーズという米国人著名教授が来日して開催された現代哲学研究会への参加が英米哲学への接近の契機であったとのことである。その後フルブライト奨学生として当時W・フランケナのいたミシガン大学に留学された。
J・ダットン『論理学演習』(1969)やV・ポッター『バイオエティックス』(1974)の訳書も出版され、生命倫理学研究の日本における先鞭をつけられた。文字通り古今東西の思想に精通された大学者であられた。しかし先生が最も情熱を注がれたのは聖書研究ではなかったか。青年期の鮮烈な戦争体験を経てキリスト教信仰に導かれた先生に衝撃を与えたエレミヤ書の思想をたどり、ヘブライ語、ギリシア語、アラム語、シリア語で旧約聖書を批評(クリティーク)する研究会を専門家たちと最晩年に至るまで五十年間続けられた。このことを先生は「信じ難い恵み」と回想された。まさしく先生の金字塔であり、余人には及び難い。先生の自伝には「信仰に導かれた一研究者の回顧」との副題が付されている。先生の御心は常に聖書の思想と御言葉で満たされていたのだと思う。
先生はまぎれもなく卓越した人格者、誠実な信仰者、心温かい教育者でいらした。本学会創立20周年に会長経験者として寄稿された回想文で先生は本学会の伝統を<gentlemanship>と指摘された。 「紳士/淑女的であること」は私が存じ上げている本学会の先達に共通する特質であるように思われる。紳士の国イギリスという理念が、本学会のイギリス哲学研究において純粋な仕方で息づいていることを誇りにしたい。そしてその理念が学会の伝統として継承されることを願う。それは先生が望まれたことであるだろう。先生の薫陶を値なくお受けした一人として、先生への感謝を胸深く刻みつつご冥福をお祈り申し上げる。
第44回総会・研究大会報告
2020年3月21・22日と日本大学商学部で開催予定でありました第44回研究大会報告は、新型コロナウィルス感染症のため、シンポジウムは翌2021年3月にスライドして開催されることとなり、セッションとシンポジウムは2020年9月20日(日)から11月20日(金)に、学会ホームページ上で開催されました。学会HP上での掲載をご希望いただいた方は、個人研究報告では7名いらっしゃり、セッションは、セッションI. 「ヒュームの因果的必然性をめぐる論争」 (司会:林誓雄、報告者:大槻晃右・澤田和範・豊川祥隆)と、セッションⅡ. 「17 世紀イングランドにおける啓蒙思想の萌芽」(司会:青木滋之、報告者:後藤大輔・竹中真也・内坂翼)の掲載をいただきました。ウェブ上の開催という制約された条件の下、報告者の方々には大変充実した報告原稿やスライドを掲載いただくとともに、それぞれの報告には司会者の方々から専門的な観点からのコメントを作成いただき、掲載いただきました。
※前号の「学会通信」締切り後に開催されたため、今号にて報告させていただきました。
第45回総会・研究大会報告
新型コロナウィルス感染症の流行が収まらず、2021年3月20日(土)と21日(日)に愛知教育大学で開催予定でありました第45回総会・研究大会は、Zoomを用いたWeb大会に変更されました。1日目の午前の総会では、議長に有江大介会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進められました。総会の後には、柘植尚則会長による講演「客観主義、合理主義、直観主義――もう一つの近代イギリス倫理思想史」 が行われ、自然法論、感情主義、功利主義という流れではない近代イギリス倫理思想のもう一つの流れとその重要性を示そうとするスケールの大きな報告でした。1日目の午後には、まず、セッション「ヴィクトリア期における教養と一般教育の思想」(司会:小田川大典、登壇者:小田川大典、崎山直樹、藤田祐)が行われ、アーノルドの教養論、ワイズの教育政策、ハクスリーの科学論と教育論など、大変興味深い報告がつづきました。また1日目の午後にはシンポジウムⅠ「イギリスにおけるジェンダー論のルーツ」(司会:犬塚元、登壇者:小川公代、舩木惠子)も開催されて、イギリスのジェンダー論のルーツについて、文学、思想史を専門とするお二人の女性研究者の間でも、研究の深化を促すような刺激的なやりとりがなされました。
2日目の午前には、個人研究報告が行われ、Zoomを3会場に分けて、計9名の方々にご報告いただきました。また、午後には、シンポジウムⅡ「イギリス哲学・思想と市民教育」(司会:岩井淳、木村俊道、登壇者:平石耕、柘植尚則、奥田太郎)が開催されています。それぞれのフィールドからの刺激的な報告の後、「新科目〈公共〉」、「哲学カフェ」などについて、フロアからも問題提起が続き、活発な議論がなされています。
学会では初めてのウェブによる学会でしたが、1日目の総会・会長講演・セッション・シンポジウムⅠは111名、2日目の個人研究報告は各会場で45名ほど、シンポジウムⅡは88名の方にご参加いただきました(いずれも累計。海外からも、お二人、登壇いただきました)。大変綿密なマニュアルを作成いただいた奥田企画委員長、「大会特設ページ」やZoomの作成・設定をいただいた幹事の苅谷先生と中井先生のご尽力や報告者、司会者の方々にも事前に接続テストをしていただいたおかげで、無事、終了致しました。
第13回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 犬塚 元(法政大学)
日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・成田和信、岩井淳、山岡龍一、児玉聡、犬塚元)は、2020年9月19日付けで、下記の2論文を第13回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。
李 東宣
‘Appropriating St. Jerome: The English Conformist Defenses of Episcopacy, c. 1570-1610,’『イギリス哲学研究』第43号, 2020.3
岡田拓也
‘Hobbes on the supernatural from The Elements of Law to Leviathan,’ History of European Ideas, Volume 45 Issue 7, 2019.7
委員会では、『イギリス哲学研究』第43号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、李、岡田両会員の上記論文が甲乙つけがたい内容と水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。各論文の受賞理由の要点は以下の通りです。
李東宣会員の論文は、エリザベスとジェイムズの時代のイングランド国教会聖職者の英語・ラテン語の一次文献を精査し、国教信奉者の3つの立場を抽出することで、この時代の思想の布置を説得的に描いています。この論文において最も魅力的な点は方法論的議論の周到さにあり、この時期のアングリカンの思想を、こののちの大主教ロードを基準にして進歩史的・目的論的に説明したり、恣意的な資料選択をしたりした先行研究の問題点を避けるため、本論文は、教父ヒエロニムスのテキストの解釈という観測点を設定するアプローチを採用しています。国教信奉者の3つの立場は必ずしも時系列で登場したわけでないとの著者の主張が、紙幅の都合もあり詳しく論証されなかったことは残念ですが、今後の研究が大いに期待されます。
岡田拓也会員の論文は、ホッブズの3著作、『法の原理』、『市民論』、『リヴァイアサン』を徹底的に読みこんで、「超自然的なもの」をめぐる3著作の違いや議論の発展を実証的に明らかにしています。この論文は、さまざまな先行研究が示唆はしたが必ずしも検証してこなかった議論を、特に『リヴァイアサン』と前2作との周到な比較によって確定する、という骨の折れる作業の完遂に成功しています。選考委員会では、ホッブズの議論の変化の「理由」は検討せず、変化の「性質」だけを追跡するという本論文の方針について、手堅いが物足りないという望蜀の指摘も出されましたが、綿密な先行研究の調査に基づく課題設定や、一次資料を十分に吟味した説得的な論述が高く評価されました。
以上
受賞者の言葉
第13回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 李東宣会員
現在博士課程で一七世紀イングランドの宗教・政治思想を研究しております李東宣と申します。この度、本賞の栄誉に預かりましたことは思いもよらなかった幸運で、次回よりきちんとした論文が書けたら目指そうと思っていたところでした。よって至らない部分も多い拙論ですが、これが出版されるまでの過程は私にとって大いに意味のあるものでしたので、このように評価していただけてとても嬉しいです。
この論文は一度落とされてから再投稿されたもので、その過程で、主に本学会に所属する先輩方に大いに助けられました。修正を繰り返す中で、かなり荒削りのものを学術論文として仕上げていくという点と、研究者コミュニティの重要性という点での気づきがたくさんあり、研究を続けていく原動力となっています。
一度論文が出来上がってからは、論文をみてくださった先輩方とはまた別の次元で、研究に不可欠な学術共同体というものを実感する機会となりました。大変お忙しい中、本当に丁寧に査読・校正の労をとってくださった先生方、数年前から全て電子媒体での投稿と著者校正のシステムを整えてくださった関係者の先生方、そして本学会全体の維持にご尽力くださっている方々にこの場を借りて深く感謝申し上げます。
第13回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 岡田拓也会員
この度は第13回日本イギリス哲学会奨励賞を頂き、誠に光栄に存じます。審査の労を取ってくださった選考委員の皆様、そして関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
本稿はアクセプトに至るまで何度もrejectやmajor revisionを経てきているため、感慨もひとしおです。英語雑誌に投稿し始めた頃は審査員のコメントも辛辣なものが多く、立ち直るのにも時間がかかりました。審査員の厳しいコメントは今でも向き合うのに時間がかかり、数多くの修正要求に答えるのには数ヶ月単位で時間がかかることも珍しくありません。ですが、コメントを元に修正していくことで、確かにより良い原稿になっているように思います。また、既にやり尽くしたと考えていたテーマにまだ調査の余地があると気づき、自分の理解が深まるのは楽しくもあります。審査員の厳しいコメントを避けるための準備も一層入念にするようになりました。(投稿前に同僚の助言を仰ぐ、投稿直前に必ず英語チェックを頼むなど。)その成果か、直ちにrejectになることは多少少なくなったように思います。
一つの論文を発表するに至るまでの道のりの険しさは今も変わりませんが、今後も研鑽に励みたいと存じます。
第46回総会・研究大会について
第46回総会・研究大会は、2022年3月19日(土)・20日(日)の両日、オンライン(Zoom)で開催致します(開催責任者:瀧田寧会員)。参加方法、マニュアルなどは総会・研究大会プログラム等をお送りする2021年2月にお伝え致します。
1日目には、総会、関口正司会員による特別講演、公募セッション、シンポジウムⅠ「S・T・コウルリッジのロマン主義:近代社会の限界と可能性」(司会:武井敬亮・小田川大典、報告者:大石和欣・和氣節子)、2日目には、個人研究報告(4名)、シンポジウムⅡ「雑談・孤独・崇高:コロナ禍以後に向けたイギリス哲学・思想の射程(仮)」 (司会:竹澤祐丈・奥田太郎、報告者:林誓雄、桑島秀樹、望月由紀)が予定されています。
詳細については2021年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第24期役員選挙結果および理事の指名について
2021年8月28日、第24期役員選挙の開票が行われ、以下の会員が当選いたしました。
理事(15名、50音順)
青木裕子、犬塚元、梅田百合香、奥田太郎、戒能通弘、川添美央子、久米暁、児玉聡、
小林麻衣子、壽里竜、太子堂正称、竹澤祐丈、森直人、矢嶋直規、山岡龍一
会計監査(2名、50音順)
安倍里美、舩木恵子
また、上の当選理事によって、研究分野、年齢・性別、地域などのバランスを考慮し、以下の会員が理事として指名されました(10名、50音順)
大谷弘、冲永宜司、苅谷千尋、桑島秀樹、佐藤一進、勢力尚雅、武井敬亮、蝶名林亮、富田理恵、中井大介
事務局より
ご挨拶
『学会通信』第58号をお送り致します。第23期事務局がスタートしてから1年半年ほど経ちましたが、新型コロナウィルスの影響が収まることはなく、本学会では初めてオンラインで総会・研究大会を開催することになりました。様々な困難が予想された中、報告者や司会の方々、それから参加者の方々もZoomに随分となれていらっしゃったこともあり、事務局の先生方やアルバイトの同志社大学の学生の皆さんのご尽力もあって、無事終了致しました。また総会・研究大会以降、広報幹事の苅谷先生、事務改革担当理事の竹澤先生、武井先生を中心に、学会支援システムの導入が進められ、80%近くの方々にご登録いただきました。会員の皆様には改めて感謝申し上げます。
次期事務局より、本学会50周年への準備を開始していただくのではないかと考えております。前事務局からの様々な改革やこの間のウェブ学会の経験などをスムーズに引き継がせていただくことで、より円滑な学会運営をしていただけるよう微力ながら尽力できればと存じております。
メールアドレスのご登録について
新型コロナウィルスの影響で、今後も学会のイベントの開催日時、開催方法等が変更になる場合も予想されます。最新情報は、学会HPでも随時お知らせしておりますが、学会にご登録いただいたメールアドレス、学会のメーリング・リストでも、適宜、お知らせしております。皆様に変更点が迅速に伝わりますよう、学会にメールアドレスのご登録をなさっていない会員の方々、学会のメーリング・リストに登録されていない方々におかれましては、ご登録をお願いしたく存じております。メールアドレスをご登録いただける際は、学会下記の事務局のメールアドレスまでご連絡ください。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
学会通信 第57号(2020年11月)
新会長挨拶
第23期の会長を務めることになりました柘植でございます。2年間、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
ご承知のとおり、新型コロナウィルス感染症の流行のため、今年3月に開催予定の第44回総会・研究大会が延期になりました。その後、総会は4月に書面で実施され、研究大会のうち、個人研究報告とセッションは9月に学会ホームページで公開されました。そして、シンポジウムは来年3月の第45回研究大会で実施されることになり、第45回総会・研究大会はすべてオンラインで開催されることになりました。また、部会についても、7月の研究例会は中止になり、12月の研究例会はオンラインで開催されることになりました。
本学会に限らず、感染症の流行は、学会のあり方を大きく変えるものと思われます。新旧の理事会・委員会・事務局では、経験したことのない、先の見えない状況で、業務の大幅な変更や抜本的な見直しを含め、感染症の流行に対応してきました。現在は、引き続き対応に当たるとともに、本学会の今後のあり方について、中長期的な検討を始めたところです。会員の皆様におかれましては、本学会の現状にご理解いただくとともに、本学会の今後のあり方についてご意見を頂きますよう、お願い申し上げる次第です。
また、本学会の今後のあり方に関わって、少し先の話になりますが、本学会は2026年に設立50周年を迎えます。これまで、本学会は、研究大会・部会研究例会の開催、学会誌の刊行に加えて、「イギリス思想研究叢書」の監修、「イギリス思想叢書」の企画、『イギリス哲学・思想事典』の編集、学会奨励賞や学会賞の創設、周年記念シンポジウムや海外部会の実施など、様々な事業を行い、特色ある人文・社会科学系学術団体として、確固たる地位を築いてきました。これもひとえに会員の皆様のご尽力によるものと存じます。
設立50周年に向けて、また、その先の50年を見すえて、本学会がさらに発展するために、どのような事業を行うべきか、考える時期が来たように思われます。感染症の流行への対応に追われている現状では、大きな事業をすぐに始めることはできませんが、このような状況だからこそ、また、近年の人文・社会科学への逆風に抗うためにも、学会の総力を結集した事業を考える必要があるかと存じます。会員の皆様におかれましては、新たな事業についてアイデアをお寄せくださいますよう、宜しくお願い申し上げます。
末筆ながら、通常の業務に加え、感染症の流行への対応に献身的にご尽力くださっている、事務局・理事の皆様に、この場を借りて、厚くお礼申し上げます。
田中正司先生を悼む
只腰親和(中央大学経済学部)
本学会の名誉会員で横浜市立大学名誉教授の田中正司先生は、2020年1月26日に95歳で亡くなられました。
田中先生は東京商科大学を卒業後まもなく母校である横浜市立大学に奉職され、その後、一橋大学、神奈川大学で教授を務められました。
先生の研究の出発点は、近代から20世紀中ごろまでの自由の問題を思想史的に考察した『現代の自由』(1964)でしたが、学界に広く知られるようになったのは、『ジョン・ロック研究』(1968)からだったと思います。この書物は、社会科学の分野で旧来あつかわれる際にはホッブズやルソーとの関連で政治思想史の上で捉えられていたロックを、自然法認識と所有論を二本柱にして、アダム・スミスへと向かう市民社会思想の流れで考察した点に特色があります。研究手法は、一次文献を質量ともに厳密に考証することはもちろん、二次文献も丹念に渉猟する、言うべくして実行が容易でないオーソドックスな手法でしたが、そこで培われた研究スタイルは最晩年まで変わることはなく、先生の大きな強味となりました。
上の書物についで同じくロックを主題にした『市民社会理論の原型』(1979)を上梓しましたが、この書物は、前著より一層ロック―スミスの連関を明示的・暗示的に意識したロック研究で、先生がその後、スミスを本格的に研究するようになる架橋的な役割を果たしていると言えます。
こうした研究を経て『アダム・スミスの自然法学』(1988)、『アダム・スミスの自然神学』(1993)、『アダム・スミスの倫理学 上・下』(1997)、『経済学の生誕と「法学講義」』(2003)等つぎつぎにアダム・スミスに関する研究書を世に問うことになります。この間、国の内外でのスミス研究は盛んで汗牛充棟をなす感がありますが、そうした環境の中でわが国のスミス研究において一貫して重きをなした先生の研究の特徴は以下のような点にあったと思います。
スミスは狭義の経済学者ではなく道徳哲学者であり、終生の課題を「法と統治の一般的原理」の探求にあると述べていますが、田中先生は、スミスのこの言葉に忠実にスミス研究に取り組んでこられました。上に列挙した先生の諸著作がそれを雄弁に物語っていますが、先生の研究者としての後半生は、スミス自身の学問の歩みとともにあったと言えるのではないでしょうか。
本学会との関連では、この学会の創立に関与した会員のひとりとして学会運営に尽力され、1990年から2年間、会長を務められました。学際的な学会である本学会にふさわしく先生のカバーする領域は経済学、政治学、哲学、倫理学等と広かったので、先生から示唆や助言を受けた会員も少なくなかったと想像されます。
先生は亡くなられる直前に『アダム・スミスの自然法学』増補第3版を公刊されましたが、90歳を過ぎてなお病床でそれを完成されたことに先生の学問生活が集約されているように思います。
第2回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 成田和信(慶応義塾大学)
2019年9月16日に開催されました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の著作を第2回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
佐々木拓『ジョン・ロックの道徳哲学』(丸善出版、2017年)
本書は、ロックが、『人間知性論』で展開した三つの議論、(1)道徳が論証可能であるというテーゼを擁護する議論、(2)自由と必然に関わる議論(著者は、これを「ロック自由論」と呼ぶ)、(3)人格の同一性に関する議論を検討し、そこからロック自身が実際には構築しなかったけれども構築しえたと思われる道徳哲学の体系を提示し、それが現代的意義をもつことを論じた意欲的な著作です。
従来の研究は、ロック政治哲学の土台をなすと思われる規範的倫理学を初期の『自然法論文』のなかに探し求める場合でも、また彼のメタ倫理学を論証可能な道徳のテーゼに見出す場合でも、おおむね、ロックは十全な倫理学の体系をもっていなかった、という主張を繰り返してきました。ところが本書は、上記の三つの議論を考察し統合することによって、ロックの倫理学つまり道徳哲学を拡張的に再構成し、それが現代的意義をもつことを示そうとします。この点で本書はきわめて独創的です。
本書が扱う重要問題のうち、第一に注目すべきは、上記(2)の「ロック自由論」の考察です。『人間知性論』2巻21章(Of Power)のテクストは改訂を重ね、難解なことで有名です。その解釈に関しては、近年、チャペル、ヤッフェ、マグリらが従来の研究水準を格段に向上させる業績を残しました。著者は本書の3章、4章、5章で彼らの解釈を批判的に検討し、ロックのテクストを丹念に吟味します。著者は、ロックが一方で自由意志を否定して、行為の自由と必然性を両立させる両立論をとり、他方で、意志の自由な行使を認める自由意志擁護論を展開していること、つまり、二つの互いに矛盾する見解を支持していることを認めます。しかし、著者は両者の矛盾を解消することを試み、ロックの自由意志擁護論を重視し、それが現代の責任論と倫理的実践にとって意義をもつと論じます。本書の三つの章での鋭い分析は、近年の高い研究水準をさらに向上させるものだと思われます。第二に、著者はロックが論証可能な道徳のテーゼをいかにして擁護したかに関して、本書2章で明快な説明を与えています。ロック研究においてこの問題は十分に扱われてこなかっただけに、この説明は貴重です。第三に、人格同一性の議論に関して、著者はロックへの通常の批判(推移性や連続性にもとづく批判や、一人称基準と三人称基準との対立にかかわる批判)にロックの観点から応答し、「意識」や「記憶」という人格同一性の基準が、人間の法廷においても、一定の条件のもとで蓋然的判断を重視した形で採用されうることを明らかにしています。
以上のように本書は、『人間知性論』の解釈の可能性を広げ、従来のロック研究の水準を凌駕したばかりでなく、自由と必然性に関する両立論と自由意志擁護論の調停、道徳の論証可能性、さらには、人格の同一性といった、現代においても論争が続いている難問に果敢に挑戦し、格闘し、独自の解答を与えています。このような理由により、選考委員は全員一致して、本書がイギリス哲学会賞にふさわしい著作であると判断いたしました。
選考委員(50音順)
小林麻衣子、下川潔、勢力尚雅、柘植尚則、成田和信(委員長)、矢嶋直規
第12回日本イギリス哲学会奨励賞選考結果
選考委員長 坂本達哉(早稲田大学)
2019年9月28日におこなわれた「日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会」(メンバーは伊勢俊彦・下川潔・濱真一郎・山岡龍一の各会員と坂本)において、選考対象となった『イギリス哲学研究』第42号掲載の三論文のなかから、下記の二論文を「第12回日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。
上田 悠久「ホッブズの教会論と助言」
澤田 和範「ヒュームにおける「一般規則」の発生論的解釈」
委員会では、1.論述の説得力、2.論述方法の堅実さ、3.先行研究への目配り、4.議論の独創性、5.将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上田、澤田両会員の上記論文が甲乙つけがたい内容と水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。各論文の受賞理由の要点は以下の通りです。
上田悠久会員の論文は、ホッブズの教会統治論を、歴史的具体的状況の中で登場した特定の宗派や教義への対抗策と見るのではなく、主権者への「助言」と主権者の「命令」としての「法」を区別した上で、説得と強制力の区別の観点から、ホッブズの理論的一貫性を浮き彫りにしようとするものであり、先行研究と一次資料を手堅くまとめたその分析手法は、たかく評価されました。「助言」と「助言論」の区別の曖昧さ等も残るとはいえ、本論文の成果のうえに一層の検討が加えられることにより、『リヴァイアサン』の総合的な読み直しへのあらたな貢献となることが期待されます。
澤田和範会員の論文は、ヒュームの一般規則を、傾性的規則と規範的規則に分ける一般的な区別を認めながら、発生論的観点から両者を関係づけ、これらがともに一般規則と呼ばれ、規範的な規則をふくめて「非哲学的」と言われるのはなぜかという問題を検討しており、ヒューム哲学の理解にとって有益な論点を提供しています。規範性の生成の機構そのものについてはなお一層の掘り下げが望まれるとはいえ、とかく断片的あるいは個別論点に集中しがちなヒュームの一般規則論を、関連する研究文献からも手堅く学びながら、発生論的観点から総合的に分析していることがたかく評価されました。
受賞者の言葉
第2回日本イギリス哲学会賞受賞者 佐々木拓会員
この度は第二回イギリス哲学会賞という名誉ある賞をいただきまして光栄です。これも諸先生、先輩方からいただいたご指導と激励、そして優れた後輩の皆様の研究から受けた刺激のおかげです。ここでは本書の原型となった博士論文執筆期間にご指導いただいた加藤尚武先生、水谷雅彦先生、成田和信先生に代表としてお礼を申し上げます。
拙著は、「倫理学の観点からロックを読む」という挑戦的意識から、観念の認知的体系としての「道徳の体系」とされてきたロック道徳論のなかに、自由やサンクション、幸福といった情動や意志に関わるものを持ち込む努力をしたものだと言えます。これには数々の書評において、宗教論や政治哲学の扱いの軽さをはじめとする多くの不足を指摘されましたが、より発展的な研究への教示として受け取りました。書評の労をとっていただいた方々に感謝申し上げます。
受賞にあたり、一ノ瀬正樹前学会長よりありがたいお祝いのお言葉をいただきました。会長が私に送られた「賞の意義は、受賞者のその後の活躍によって遡及的に深められていくもの」という言葉を強い叱咤のメッセージと受け止め、現在進めている現代責任論研究のみならず、今後はイギリス哲学研究にも再注力していくことを誓います。
第12回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 上田悠久会員
この度は奨励賞を頂戴し誠にありがとうございます。選考委員会、編集委員会、事務局の皆様、匿名の査読者の方々などコメントを頂戴した皆様、そして私を叱咤激励して下さった全ての方々に御礼申し上げます。私がホッブズ研究を始めたとき、まさか彼の宗教論に取り組むことになるとは思ってもいませんでした。宗教史・宗教思想史分野に関して全くの素人の私に、ホッブズの教会論と17世紀イングランドの政教論争について懇切丁寧に教えてくださった、故ジャスティン・チャンピオン先生に今回の受賞を報告できなかったのが残念です。私は「助言」を切り口に、教会権力と聖職者の主権者への従属を説くホッブズの教会統治論、そして彼の思想全体の中に、既存の秩序を怜悧に観察し、理想と現実の狭間でもがく彼の知的奮闘を見て取ろうとしてきました。確かにホッブズは、人々の生命そして安全を実現するためには主権権力の絶対性が必要だと説いていますが、彼の国家や人間社会に対する眼差しをそれほど単純に言い表すことができるのでしょうか。国家が公衆衛生すなわち(個々ではなく全体としての)人々の生命と安全を最優先課題と据える「コロナ禍」の現在だからこそ、そうした考えに最も適合的に見えるホッブズの議論を再検討する意義があると信じています。今回の受賞を励みに、引き続きホッブズ研究に取り組んで参る所存です。今後ともご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
第12回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 澤田和範会員
澤田和範です。このたびは、日本イギリス哲学会という大きな学会の奨励賞をいただきましたことを、大変有り難く思っております。普段からお世話になっている先生方、また、論文に大変行き届いたコメントをくださった査読者のお二人、それだけでなく、私が気づかないところで気にかけてくださっている先生方もいらっしゃるのだと思います。そうした方々すべてに、まず心から御礼を申し上げます。
奨励賞の受賞の連絡があった日は、ちょうどその前日に博士論文の試問が終わったところでした。ほっとしていたところに、思いがけず、もう一つ嬉しい驚きが飛び込んできました。博士課程のあいだはなかなか成果を出せずに苦しい思いもしておりましたので、ようやく自信が出てきて書きあげた論文を評価していただいたことには、ちょっと単純には言い表せない気持ちがあります。
いま32歳で、まだまだ駆け出しの研究者です。皆様の研究にしっかり学んで、さらにイギリス哲学研究を少しでも前進させることを目指すということを今後の抱負と致しまして、受賞のお礼に代えたいと思います。皆様、どうもありがとうございました。
第45回総会・研究大会について
第45回総会・研究大会は、2021年3月20日(土)・21日(日)の両日、Zoomを利用したWebinarの形で開催されることになりました。URL等は、総会・研究大会プログラム等をお送りする2021年2月にお伝え致します。
1日目には、総会、記念講演、公募セッション、シンポジウムⅠ「イギリスにおけるジェンダー論のルーツ」 (司会:犬塚元、報告者:小川公代・舩木惠子)、2日目には、個人研究報告(名)、シンポジウムⅡ「イギリス哲学・思想と市民教育」 (司会:木村俊道・岩井淳、報告者:平石耕・柘植尚則・奥田太郎が予定されています。
詳細については2021年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
『学会通信』第57号をお送り致します。柘植会長のもとで第23期事務局がスタートしてから、半年ほど経ちましたが、新型コロナウィルスの影響で、イギリス哲学会の現事務局も、想定外のスタートとなりました。従来とは異なった対応が求められる中、前事務局の先生方、理事の先生方、会員の皆様から温かいご協力をいただいており、大変感謝しております。
「新会長挨拶」にもありますように、第45回研究大会もオンラインで開催されることになりましたが、若手の方々の学会報告の機会をできるだけ提供すべきであるという理事の先生方のご意見も反映しております。前例のない厳しい状況ですが、会員の方々のご報告の機会、研究交流の機会などをできるだけ提供できるように、微力ながら尽力したいと考えております。会員の皆様からも、この状況の中でのご要望、アイデアなどをいただけますと大変ありがたく存じます。
第44回研究大会のイギリス哲学会HPの開催について
2020年3月に予定されていた第44回研究大会をイギリス哲学会のHP上で開催しております(11月中旬迄)。掲載を希望いただいた方々の、個人研究報告やセッションの報告原稿、スライド、コメントをご覧いただくためのパスワードは以下になります。ご報告者には、会員の皆様のコメントをご希望なさっている方もいらっしゃいます。コメントを希望なさるご報告者のメールアドレスについては、ご報告のファイルをご覧下さい。(本ウェブサイト上では、リンク、パスワードの記載を省略します)
総会・大会の延期に伴うキャンセル料の補填について
第44回総会・研究大会の参加のための宿泊費・交通費に関してキャンセル料が発生した方で、かつ研究費などでそれが補填されない方(個人負担が生じた方)に対して、大会延期を通知した2月28日(金)から5日以内にキャンセル手続きを行っている場合に、理事会での審査の上、学会が全額負担することが、第182回理事会で承認されました。キャンセル料の補填をご希望なさる方は、下記のイギリス哲学会事務局宛に、原本のコピーを郵送下さい(11月25日必着)
メールアドレスのご登録について
新型コロナウィルスの影響で、今後も、学会のイベントの開催や日時、開催方法などが変更になる場合もございます。最新情報は学会HPでお知らせしておりますが、学会にご登録いただいたメールアドレス、学会のメーリング・リストでも、適宜、お知らせしております。皆様に変更点が迅速に伝わりますよう、学会にメールアドレスのご登録をなさっていない会員の方々、学会のメーリング・リストに登録されていない方々におかれましては、ご登録をお願いしたく存じております。ご登録いただける際は、下記の事務局のメール・アドレスまでご連絡ください。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
2010年代
学会通信 第56号(2019年11月)
柏經学先生を偲んで
柏經学先生は、2017年9月に急逝されました。享年93歳。
J・S・ミル研究で広く知られる先生は、九州大学法学部政治学科をご卒業後、アメリカ・テキサス州のベイラー大学政治学部大学院で修士号を取得され、1971年から23年間にわたり福岡大学法学部で教鞭をとられました。1979年には、「J・S・ミルの政治思想研究─初期および中期におけるミルの基本思想形成過程を中心として─」により九州大学から法学博士の学位をえられました。先生は、ミルの思想を、同時代のフランス政治思想との影響関係や比較分析の観点から議論されると同時に、特にミルの宗教思想の分析を中心に、19世紀イギリスの政治思想を幅広く考究されてきました。
日本イギリス哲学会では、1982年から1994年の12年間にわたって理事、そして九州地区の代表として学会運営の重責を担われ、後進の育成に尽力されました。
また学会の記念行事である『J・S・ミル研究』(日本イギリス哲学会監修、杉原四郎ほか編、イギリス思想研究叢書第9巻、御茶の水書房、1992年)へも寄稿され、ミル研究の振興に傾注されました。
先生の多年のご活躍に感謝申し上げると同時に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(事務局)
第一回海外部会(”UK-Japan Special Conference: Aspects of Early Modern British Philosophy”)を開催して
日本イギリス哲学会では、2018年11月の理事会において、新たに「海外部会」という活動ジャンルを導入することが決まった。関東・関西部会と同様なジャンルであり、毎年の研究大会時のセッションと同じように、会員の自発的提案によって開催・運営される。この新システムにしたがって、第一回の海外部会を、2019年9月11日と12日の二日間、イギリスOxford大学のSt Peter’s Collegeにおいて開催した。「近代前期イギリス哲学の諸側面」と題して、日本側から5名、イギリス側から5名の、計10名の提題者によって構成される研究会議であった。オーガナイズは、Oxford大学のPeter Kail教授、St Andrews大学のJames Harris教授、そして私一ノ瀬が務めた。Locke、Shaftesbury、Berkeley、Humeらの哲学について、新しい見地から研究発表が行われた。少人数による濃密なディスカッションがなされた研究会議で、様々な意味において画期的かつ有意義なイベントとなった。内容に少し触れた報告は『イギリス哲学研究』において行う予定である。強調すべきは、日本イギリス哲学会が、まさしくイギリスの地において、彼の地の研究者と交差した海外部会を実際に開催した、という事実の重みである。当学会の活動履歴として、新しい色の頁が付け加えられたのである。次の海外部会の開催可能性もすでに示唆されており(計画が実現すれば、おそらく場所はSt Andrews大学となるであろう)、日本イギリス哲学会はいよいよ未来ゾーンに突入したのである。
第43回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第43回総会・研究大会は、2019年3月29日(金)・30日(土)の両日、広島国際大学広島キャンパスにて開催された。開催校責任者の村上智章会員や学生スタッフの熱心なサポートもあり、充実した大会となった(参加者107名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続き、議長に新茂之会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進められた。総会の後には、一ノ瀬正樹会長による講演 ‘Williamson on Thought Experiments’ が行われた。
1日目午後には、2つのセッションが並行して開催された。セッションⅠ「アイザイア・バーリン研究の現在」(司会:高田宏史、報告者:小田川大典・山岡龍一、討論者:濱真一郎・森達也)では、バーリンをめぐる最新の研究動向も踏まえつつ、規範的政治理論と政治思想史の関係、さらに現実の政治・社会問題への応答可能性を中心に活発な議論が行われた。セッションⅡ「18世紀イギリスの知覚論と常識の関係性」(司会:萬屋博喜、報告者:山川仁・豊川祥隆・中元洸太)では、「常識common sense」の概念をめぐるバークリ、ヒューム、リードの所論が検討され、フロアとの間でも緊張感あふれる議論が行われた。
これに続いて夕方には、シンポジウムⅠ「蘇るフィルマー──近代社会哲学の源流再考――」(司会:青木滋之・小林麻衣子、報告者:古田拓也・小城拓理)が開かれた。フィルマーとその批判者ロックの思想に関する報告に対し、両者の思想をどのように研究し、その意義をどう捉えるべきか、踏み込んだ質疑応答が行われた。
1日目終了後、広島キャンパス最上階の幟町カフェにて懇親会が行われた。広島の街の夕景を眺め、あるいはバラエティ豊かな地酒を楽しみつつ、初日の議論を振り返り、研究の動向を話し合う和やかな交流の場となった。
2日目午前の個人研究報告は、12名の会員による発表となり、例年にも増して充実したものとなった。2日目午後は、シンポジウムⅡ「ケインズ・ウィトゲンシュタイン・ハイエク――不確実性の時代の秘められた知的連関――」(司会:久米暁・佐藤方宣、報告者:小峯敦・大谷弘・太子堂正称)において、不確実性をめぐる3者の認識が報告され、その内容が多面的に議論された。
なお、大会終了後の31日(日)には、エクスカーション企画が行われた。当日の模様については、次の鎌田厚志会員による報告を参照されたい。
「エクスカーション企画―2019.3.31 被爆者による被爆体験講話―」記録
鎌田厚志
広島国際大学で3月29・30日に開催された日本イギリス哲学会第43回研究大会の翌日31日に、エクスカーション企画として被爆体験講話を聞く機会が持たれました。場所は広島平和記念公園の中の追悼平和祈念館の一室で、被爆者の語り部である朴南珠(パク・ナムジュ)さんの御話を聞きました。朴さんは在日韓国人二世で、生々しい被爆体験とともに、戦中・戦後を必死に生きた思い出話や、親族の方々が体験した「朝鮮動乱」(朝鮮戦争)についての貴重な御話を、長時間に渡りしてくださいました。このように直接の体験談を聞くことはこれから先、めったになくなっていくことを考えれば、本当に稀な機会だったと思います。私たちがこの21世紀の時代に“sense of reality”を持ち続け、人間としての正気を保つためには、どうすれば良いか。今回の研究大会およびエクスカーション企画では、そのことについて深く考えさせられると共に、その大きな手がかりを与えられたことを、主催者の村上智章先生に心より感謝いたします。
第11回日本イギリス哲学会奨励賞選考結果
坂本 達哉(選考委員長)
2018年9月22日、慶應義塾大学で開催された「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、日本イギリス哲学会奨励賞の候補となった2論文につき、問題設定の独創性、論理展開の明確さ、結論の説得力等の観点から、厳正に審議しました。その結果、いずれも力作ではあるが、本奨励賞が求める水準から見た場合、いくつかの点で改善の余地があると認められたため、本年度は、残念ながら、「該当作なし」という結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。
第44回総会・研究大会について
第44回総会・研究大会は、2020年3月21日(土)・22日(日)の両日、日本大学商学部(東京都世田谷区)にて行われます。同大学には瀧田寧会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、記念講演、2つのセッション、シンポジウムⅠ「イギリスにおけるジェンダー論のルーツ」(司会:犬塚元、報告者:舩木惠子・小川公代)、2日目には、個人研究報告(10名)、シンポジウムⅡ「イギリス哲学・思想と市民教育」(司会:岩井淳・木村俊道、報告者:平石耕・柘植尚則・奥田太郎)が予定されています。また、1日目夕刻に懇親会が開催されます。
詳しくは、2020年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
現在の事務局体制は2年目の後半に入り、そろそろ次期事務局への引継ぎも視野に入れながら作業を進める時期になりました。ミスをしないように注意しながら、学会本来の学術活動に傾注できるような学会体制と、それを支える事務局体制を少しでも整備したいと思います。それには会員のみなさまのご理解とご協力が不可欠です。どうぞよろしくお願いいたします。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
学会通信 第55号(2018年11月)
新会長挨拶
第22期の会長を務めることになった一ノ瀬です。1990年代前半から本学会理事を務め、20年以上が経ちました。そろそろフェードアウトをと思っておりましたが、最後の責務と捉え、2年間精一杯努めたいと思います。会員の皆様のご協力を、なにとぞどうかよろしくお願いいたします。
本学会は、「哲学会」と名乗っておりますが、ご承知のように、狭い意味での哲学・倫理だけでなく、イギリスと通称される地域の思想展開に即した、政治思想、経済思想、法思想、歴史、文学など、幅広いフィールドの研究を視野に収めた、ある種学際的な研究集団です。このことは、しかし、イギリスの思想展開を改めて眺め返すならば、事柄のおのずとなりゆく様態であると言えるでしょう。会員から多くの関心を寄せられる哲学者デイヴィッド・ヒュームを例に取るならば、彼が、哲学・倫理に一時代を画す仕事を成し遂げたことは言うまでもありませんが、同時に、政治・経済思想、そして歴史の分野にも太い稜線を刻み残したジャイアントであることもまた周知のごとくです。そして実は、そうした事情は、ヒュームに限らず、イギリス哲学史に名を残す多くの哲人に当てはまります。バートランド・ラッセルに至っては、数学原理から幸福論、そして平和運動まで、その活動舞台は大きく振幅しています。事ほどさように、もともと哲学そして哲学者たるもの、森羅万象に目を向け、ときには文筆を越えて実践にまで至る、躍動的な志向性をうちに秘めたるものなのです。私どもイギリス哲学会は、とりわけイギリスの思想動向に沿いながら、こうした広い意味での哲学・思想の躍動性を自身に照らし返し、その意義を、その深みを、明るみにもたらし、それを社会に発信することによって、思考することの大切さを啓発していくという使命を帯びている、それが私の基本理解であります。学術研究は、専門的研究者が切磋琢磨して遂行していく仕事ですが、研究者内部の解釈論争などだけに終始したのでは説明責任を果たせません。外部へと波及させ、応分の社会的責任を果たしていく必要があります。日本イギリス哲学会もまた、そうした責任を担い、そして、辞典編纂などを通じて一定の貢献を果たしてきました。
むろん、今後のさらなる展開が求められる点もあります。一つには、研究対象として論じられる哲学や思想が、どちらかというと17世紀から20世紀初頭までにほぼ集中していて、中世以前、そして20世紀後半から21世紀までの、彼の地の動態に対する関心がやや手薄である点、いささか気になります。この点は、今後徐々に埋められていく必要があるのではないでしょうか。第二に、「イギリス」を謳いながら、必ずしも英語を直接使用した活動への関わりが十分であったとは言いにくい、という点があります。この第二点については、私自身、日本イギリス哲学会が主催または共催する研究大会を、恒常化させるかどうかはさておき、イギリス本国において開催する、という可能性を模索しております。少なくとも、そうした活動への足がかりを付けたい、というのが私の希望でありヴィジョンです。もはや、日本語だけで学術研究を続けるということは、賛否はあれ、事実として正当化されにくい状況だからであります。
いずれにせよ、学会運営は、会員の皆様のご理解とご協力、そしてなにより事務局の先生方のご尽力あってのものです。事務局業務を担当されている竹澤祐丈理事、森直人幹事、武井敬亮幹事にお礼を申し上げつつ、以上、ご挨拶としたいと存じます。
杖下隆英先生を偲んで
一ノ瀬正樹(武蔵野大学)
本学会元会長で、東京大学名誉教授の杖下隆英先生が、2017年11月にご逝去遊ばされました。
私は、杖下先生とはとても長い交流をさせていただきました。記憶する限り、東京大学教養学部において、杖下先生が理科系学生のための「論理学」の講義をされていたときに、私は文科系でしたが、自発的に聴講させていただいたのが最初です。1970年代後半のことです。非常にクリアなご講義で、哲学者らしく、論理哲学の話題にもふんだんに触れておられたことが強く印象に残っています。私は、そのとき自分で書き留めたノートをいまも保管しています。ときどき眺め返して、基本中の基本の項目を改めて確認するのに使用させていただいています。
その後、私は大学院生になって本郷キャンパスの哲学研究室に所属しておりましたが、駒場キャンパスで開催された杖下先生の演習にもしばしば顔を出しておりました。とりわけ、バークリの『視覚新論』翻訳の話しが、杖下先生を中心に立ち上がろうとしていたとき、その企画と呼応的に杖下先生が『視覚新論』を読解する演習を開いていて、それに出席したことが強い印象として残っています。その演習の後、一度杖下先生に食事のお誘いを受けて、渋谷の居酒屋に行ったことがあります。そのとき、生まれて初めて黒ビールをいただきました。その美味しさ、そして、杖下先生と親しくお話しできたこと、忘れることができない思い出です。
そうした交流は、その後もたびたび続きました。いつでしたか、学会出席のため新幹線に乗り、たまたま杖下先生と遭遇したことがあります。杖下先生から、食堂車に行かないか、とお声がけいただき、食堂車でご一緒したこともあります。いまは新幹線の食堂車はありません。テーブルに置かれた飲み物がガタガタ揺れていた、あの光景。セピア色に染まる追憶の断片です。また、1997年の米国モントレーで開催された国際ヒューム学会にて、杖下先生のご講演を拝聴したときの、あの熱気、いまでもまざまざと蘇ります。そしてなにより、杖下先生との思い出の中で、最大の場面は、2002年の香川大学で開催された日本イギリス哲学会研究大会のときのことです。帰りの飛行機とモノレールをご一緒しました。そのとき、「あなたとは昵懇だから」と言われたのです。このような言葉は、私の人生の中でもそう与えられるものではありません。照れくさいような、体が熱くなるような、不思議な感覚を覚えたものです。
その杖下先生が、いまはおられません。近くにいた私は、思い出すことを躊躇してしまいます。あの笑顔を思い浮かべると、胸が苦しくなってしまうからです。時間というのは、本当に冷淡なものです。だれもが、時間によって老いさせられ、最後を迎えさせられます。ヒューム研究、論理哲学の研究、いまでも後進の研究者たちを熱く刺激するお仕事を果たされた杖下先生。いまは、彼岸にて再会することを念じ、深い哀悼の意を捧げるばかりです。
齋藤繁雄先生を偲んで
一ノ瀬正樹(武蔵野大学)
本学会名誉会員で、東洋大学名誉教授の齋藤繁雄先生が、2018年2月にご逝去遊ばされました。
齋藤先生は、東洋大学文学部哲学研究室における、私の前任の教授であられました。私が東洋大学哲学研究室に専任講師として着任したのが1991年4月、その直前の3月に齋藤先生は定年を迎えられたのであります。齋藤先生については、それ以前からよく存じ上げておりました。日本イギリス哲学会のいろいろな研究集会を通じて、そして、齋藤先生のお仕事の核心をなすヒューム宗教哲学のご研究を通じて、です。とりわけ、齋藤先生が、同じく東洋大学で、社会学部に所属されていた福鎌忠恕先生との共訳で刊行されたヒューム宗教論集三部作、『宗教の自然史』、『自然宗教に関する対話』、『奇跡論・迷信論・自殺論』は、齋藤先生が果たされたお仕事の核心だと思われます。ヒューム宗教論は、実は、『人間本性論』に劣らず、いやそれにも増すほどの比重でもって、ヒューム哲学の根幹を形作っていることは、ヒュームを勉強しはじめるとすぐに気づきます。その方面の重要性に早くから着目し、後続の研究者たちへの道標を残してくださったこと、後に続く一人として改めて感謝を表明したいと存じます。
その後、私は東洋大学を離れましたが、名誉教授となられていた齋藤先生から、途中になっていたヒューム『人間知性研究』の訳業について、手助けしてほしい、という光栄な依頼をお受けいたしました。私にとって訳業は苦しいことだらけで、どうしようか迷いましたが、中身の重要性と、他ならぬ齋藤先生からのご依頼ということで、勇躍お引き受けすることにいたしました。それからが大変です。合間を見て、翻訳をして、さらに推敲をして、ついに2002年に私がイギリス・オックスフォードでの在外研究の機会を得たときまで仕事が尾を引くことになりました。オックスフォードのクライストチャーチの見える部屋で、翻訳作業を続けていたことをまざまざと想起します。その甲斐あって、ようやく完成し、齋藤先生と私との共訳書として刊行に至りました。その後、ビーチャム版との対応付けなど、改訂をして今日に至っております。その過程で、齋藤先生と直接お目に掛かる機会はありませんでした。お手紙をいただいて、翻訳についての指示を受けるなどしただけでした。そうこうするうち、齋藤先生がお亡くなりになられたという知らせを受けたのです。
人と人との結びは、固有の色合いとともに表象されます。私にとって齋藤先生は、なにより東洋大学の、あの古い校舎の色彩とともにあります。大学紛争の時代の名残が感じられる、東京の私学の立て看。白山界隈の伝統的な商店街。いまや東洋大学は近代的な校舎に生まれ変わり、周囲にも新しい店が出来て、往時の面影を偲ぶことはなかなか難しくなりました。学会の折に、いつもは謹厳な面持ちの齋藤先生が笑顔で私に話しかけてくれた、在りし日のあの面影を偲びつつ、ここに心よりの追悼の意を捧げたいと存じます。
第42回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第42回総会・研究大会は、2018年3月28日(水)・29日(木)の両日、武蔵野大学有明キャンパスにて開催された。開催校責任者の青木裕子会員および武蔵野大学のスタッフの皆様に支えられ盛況であった(約120名の参加者)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に中釜浩一会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進んだ。また第10回日本イギリス哲学会奨励賞の発表がおこなわれ、大谷弘会員に対して賞の授与がおこなわれた。併せて第1回日本イギリス哲学会賞の発表が行われ、壽里竜会員に賞が授与された。総会に続いて、西本照真武蔵野大学学長による記念講演「東洋思想における幸福観の諸相」がおこなわれた。
1日目午後には、まずセッション「コモン・センスとコンヴェンション――18世紀英米思想における人間生活の基盤――」(司会:大谷弘、報告者:相松慎也・青木裕子・石川敬史)が開催された。リード哲学のキーワードである「コモン・センス」が18世紀英語圏における幅広い思想の中で再検討され、活発な議論が交わされた。また今大会では本セッションと並行して4名の個人研究報告が行われた。
さらに1日目夕方には、シンポジウムⅠ「イギリス哲学研究とデジタル・ヒューマニティーズ―思想史の事例を手がかりに―」(司会:梅田百合香・犬塚元、報告者:福田名津子・壽里竜)が開催され、この主題をめぐる現在の動向や今後の可能性と問題点について討論された。
1日目終了後、武蔵野大学ロハス・カフェ有明において懇親会がおこなわれ、打ち解けた雰囲気の中、分野を越えて親睦を深める本学会ならではの風景が見られた。
2日目午前には、8名の会員による個人研究報告と充実した議論がおこなわれた。2日目午後は、シンポジウムⅡ「近代日本とイギリス思想―「明治150年」をきっかけに―」(司会:岩井淳・下川潔、報告者:平山洋・山田園子・深貝保則)がおこなわれ、近代日本とイギリス思想の関わりとその問題性が深く問われ、また議論された。
第1回日本イギリス哲学会賞選考結果
只腰親和(選考委員長)
2017年9月17日に行われました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の書物を第1回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
Ryu Susato, Hume’s Sceptical Enlightenment, Edinburgh University Press, 2015.
本書は18世紀イギリスを代表する思想家のひとりであるデイヴィド・ヒュームを対象にして、彼の思想を書名のタイトルにあるように「懐疑的啓蒙」と枠付けして、その諸著作を哲学、政治、経済、宗教等の諸側面から分析したものです。啓蒙思想家としてのヒュームが著者によって「懐疑的」と特徴づけられるのは、その懐疑主義が認識論にのみ限定されるのではなく、宗教論はもとより政治論や社会論にも及んでいること、古代ギリシャ、ローマの哲学者で懐疑的とみなされていたエピクロスやルクレティウスの伝統を引いていることによります。
こうした前提で、本書の2、3章ではヒュームの懐疑的啓蒙の理論的な基礎になる観念連合と意見について論じられています。4章から7章では各論として、奢侈(4章)、国家との関係を中心とする宗教論(5章)、政体論を中心とする政治論(6章)、歴史観としての循環史観(7章)がそれぞれ分析され、8章ではJ.S.ミルやバーク等の18世紀後期から19世紀初頭にかけてのヒューム評価が紹介されています。
ヒュームは著者も言うように、「多面的、多義的な思想家」でしたが、その思想家の哲学、宗教、政治、経済、歴史といった多方面に及ぶ著作、論文を巨細にわたって丹念に渉猟した上、全体を懐疑的啓蒙として総合した点で本書は評価できます。またヒュームに関する個別論点ごとに、ヒューム自身の諸著作だけではなく、同時代や過去の関連する思想家の一次文献が広範に参照され、さらに内外の二次文献にも過不足なく言及されている点もすぐれています。達意の英文で、世界への研究の発信という面でも貢献が大きいとみなされます。
これらの諸点から本書は、日本イギリス哲学会賞に値するものと考えます。
選考委員(50音順)
秋元ひろと、有江大介、犬塚元、久保田顕二、只腰親和(委員長)
第10回日本イギリス哲学会奨励賞選考結果
2017年9月23日、東洋大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、下記の論文を第10回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。
大谷 弘(おおたに ひろし)
‘Wittgenstein on context and philosophical pictures’ (Synthese, Vol. 193(6))
本委員会では、『イギリス哲学研究』第40号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす3編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、大谷会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。
大谷会員の論文は、ウィトゲンシュタインの哲学的方法論、とくに、哲学的議論が陥りがちな概念的混乱を解きほぐす手法の特徴を、言語の理解が文脈に影響を受けること(context-sensitivity)に注目して明らかにしようとするものです。そのさい強調されるのが、ウィトゲンシュタインの哲学批判の非独断的な性格であり、その観点から、ハッカーらの「標準的解釈」が厳しく批判されます。ウィトゲンシュタインの哲学批判の軸は哲学者が「哲学的な像」にとらわれる過程の解明であり、その過程の大本にあるのが、文脈を無視した「モデル」への固執であることが、論文の後半では述べられます。「標準的解釈」や、それに従う一般的な後期ウィトゲンシュタイン理解によれば、日常的な語用法を逸脱してなされる哲学的言語使用は、正しい語用法の観点から一方的に退けられるのですが、本論文は、ウィトゲンシュタインの議論は、問題の哲学的言語使用を一方的に退けるのではなく、あくまで会話的な性格のものであり、それへの疑問は、解明、すなわちそれを理解可能とする文脈の提示を求める呼びかけであることを指摘します。哲学的な言語が空転に陥るのは、語が用いられる典型的な文脈についての想定が、本来の文脈を離れたところで固定したモデルとされることであり、こうして生成するのが「哲学的な像」であることを本論文は明らかにしています。
選考では、言語の正しい使用についての固定した直観による独断的な議論という、通説的な理解に代わる、言語使用の具体的な状況に注目する会話的で開かれた探求という、斬新な後期ウィトゲンシュタイン解釈が、周到な議論を伴って示されていることを高く評価し、大谷会員の論文を受賞作とすることに決定しました。
若手会員支援策を設置するまで
とても残念なことに、我が国では哲学・思想系の学問の研究は、ますます厳しい状況に追い込まれつつあります。大学教員数や予算の削減、学部の統合など、さまざまな形での縮小をせまられ、その結果、大学院生はもとより、大学院を修了した多くの若手研究者が経済的に不安定な状態で研究を続けざるを得ない境遇にあります。そのために、学会に所属して自らの研究を発表したり、意見交換をしたりすることも、ままならぬことになっています。このことは、我が国の哲学・思想系の学問の発展にとって大きな障害になっています。
このような背景もあって、本学会においても数年前から、若手研究者を支援するために学会として何かする必要があるのではないか、という声が理事の間で高まってまいりました。そこで、私が会長になって1年ほどたった2017年の春から、若手会員支援策に関するワーキンググループを設置し、具体的な支援策を考案してもらうことにしました。そのワーキンググループで考え出された案は、何度も理事会で長時間にわたり検討を加えて、修正を重ねました。その結果、(1)若手会員の学会費減額、(2)個人研究発表のための旅費の補助、(3)公募セッションのための旅費の補助、という3つの支援策を実施することが理事会で決定され、2018年の3月の総会で承認されました。(2)と(3)は、本年度から開始され、すでに、2019年の3月に広島国際大学で開催される大会での個人研究発表について7名、公募セッションについては3名の若手会員への旅費の補助が9月の理事会で承認されております。(1)に関しては、2019年度から開始される予定です。
これらの支援策の詳細ならびに応募方法は、学会からの配布物や学会ホームページで会員の皆様にすでにお知らせしておりますので、本学会の活性化のためにも、また、ひいては我が国における哲学・思想系の学問の発展のためも、なるべく多くの方に活用いただきたく心よりお願い申し上げます。
第43回総会・研究大会について
第43回総会・研究大会は、2019年3月29日(金)・30日(土)の両日、広島国際大学広島キャンパスにて行われます。同大学には、村上智章会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、会長講演、2つの公募セッション、シンポジウムI「甦るフィルマー─近代社会哲学の源流再考―」(司会:青木滋之・小林麻衣子、報告者:古田拓也・小城拓理)、2日目には、個人研究報告(12名)、シンポジウムII「ケインズ・ウィトゲンシュタイン・ハイエク―不確実性の時代の秘められた知的連関─」(司会:久米暁・佐藤方宣、報告者:小峯敦・大谷弘・太子堂正称)が予定されています。また、1日目夕刻に懇親会が開催されるほか、31日(日)には大会校によるエクスカーションも企画されています。
詳細については2018年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
『学会通信』第55号をお届けいたします。事務局をお預かりしてはや半年あまり。ルーティンをこなしつつ、一ノ瀬会長や理事のみなさまのご理解に基づいて、賞味期限切れになりつつある慣行や手続きを見直しています。その一環として、週1勤務の非常勤職員を雇用し、事務局の仕事の一部を担当していただいています。ボランティア・ベースで学会を運営することが難しくなっている現在、事務局担当者に過重な負担をかけない事務局や学会の運営を模索したいと思っています。その効果につきましては、2年間の試行期間の最後に検証する予定です。
また成田前会長時代にワーキンググループを設置して長期間議論を行ってきた若手会員の支援策が本年度から開始されています(その前提としての学会誌の電子公開も遡及分を含めて完了しました)。該当する会員のみなさまには、この制度を利用して、ご自身の研究活動の深化をとげられますことを心より願っております。
今後は、学会のガバナンス改革(役員任期の検討を含む)や、その国際展開のための制度づくりに傾注し、より活発な学会となるような議論のお膳立てをしていきたいと思っております。
会員のみなさまからも忌憚のないご意見を頂ければ幸いです。(竹澤)
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
学会通信 第54号(2017年11月)
第41回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第41回総会・研究大会は、2017年3月27日(月)・28日(火)の両日、南山大学名古屋キャンパスにて開催された。開催校責任者の奥田太郎理事および南山大学のスタッフの皆様に支えられ盛況であった(参加者115名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に平山洋会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進んだ。また、第9回日本イギリス哲学会奨励賞の発表がおこなわれ、梅澤佑介会員、豊川祥隆会員に対して賞の授与がおこなわれた。総会に続いて、成田和信会長による会長講演「欲求充足と幸福」がおこなわれた。
1日目午後には、シンポジウムⅠ「近代寛容思想の射程とその意義」(司会:梅田百合香・関口正司、報告者:川添美央子・下川潔・山岡龍一)が開催された。近年の世界情勢のなかでますます重要性を増しつつある寛容思想について活発な議論がなされ、本学会ならではのシンポジウムとなった。
1日目の大会終了後、南山大学リアンカフェにおいて懇親会がおこなわれ、研究にとどまらない様々な話題に話の花が咲き、会員相互の親睦が深められた。2日目午前には、7名の会員による個人研究報告がおこなわれ、いずれの報告でも活発な議論がおこなわれた。2日目午後は、シンポジウムⅡ「功利主義と人間の尊厳」(司会:奥田太郎・児玉聡、報告者:小畑俊太郎・山本圭一郎・中井大介)がおこなわれた。近現代のイギリス思想における大きな潮流である功利主義思想と人間の尊厳の観念の関係をめぐる学際的な議論がなされ、質疑応答もふくめて熱のこもったシンポジウムとなった。
第9回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
伊勢 俊彦(選考委員長)
2016年9月24日、東洋大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、下記の二論文を第9回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。
・梅澤佑介(うめざわゆうすけ)
「市民の義務としての反乱――ハロルド・ラスキによるT・H・グリーンの批判的継承」
(『イギリス哲学研究』第39号掲載論文)
・豊川祥隆(とよかわよしたか)
「ヒュームの関係理論再考――関係の印象は可能か」
(『イギリス哲学研究』第39号掲載論文)
今年度は、奨励賞への一般応募論文はなく、『イギリス哲学研究』第39号掲載論文の中から、資格要件を満たす三編が候補作となりました。本委員会では、候補作のそれぞれについて、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、梅澤氏と豊川氏の上記二論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。
まず梅澤氏の論文は、ラスキが、イギリス観念論を徹底的に批判する反面で、イギリス観念論の提唱者であるグリーンから「抵抗の義務」の観念を受け継ぎ、「反乱の義務」として主張していることに着目します。そして、ラスキによる「一元的国家論」から「多元的国家論」への転回が、グリーンの主権論を批判しながら、主権と抵抗についての新たな考え方のなかに「抵抗の義務」を位置づけ再生する試みを軸とするものであると指摘します。グリーンとラスキは、ともに主権の基礎を強制力ではなく被治者の意志に見出します。グリーンは、国家と被治者が道徳的に一体であることを前提としながら、抵抗を、国家が本来の目的から逸脱した場合に、あるべき国家のあり方を取り戻す市民の義務として構想します。これに対し、ラスキは、政治の次元と倫理の次元を区別することによって、国家の強制力による同意なき支配の可能性に目を向ける一方、国家以外の諸団体も、被治者の意志にもとづく主権性を認める多元的国家論を提唱し、市民に、国家との道徳的一体性に回収されない批判(「反乱」)の役割を課します。本論文は、これまで注目されてこなかったグリーンとラスキの批判的継承関係が、ラスキの多元的国家論の形成において果たした役割を明らかにした、思想史研究に対する重要な貢献と言えます。他方、委員会では、タイトルに掲げられた「反乱」が論文のまとめの部分で後景に退き、やや不明確な締め括り方になっているという、叙述方法の欠点も指摘されました。
次に豊川氏の論文は、観念の十全さの基準を、そのもとになる印象への遡上によって求めようとするヒュームの特徴的論法を複合観念の一種とされる関係の観念に当てはめるとき、いかなる解決が可能かを検討します。まず、関係の観念を構成するものとして、関係づけられる対象に加えて、関係を成立させる事情が必要であるとされ、ヒューム自身は明示的に論じていないとしても、そのもとになる印象についての問いが不可避であると述べられます。ヒューム自身の議論の中で、関係の印象への問いに最も近づいていると思われるのが、必然的結合の観念が、心の被決定の印象に由来するとする議論ですが、この議論の検討は、逆に、関係の把握が多くの場合にはっきりした感じを伴わないこと、また、心の被決定の印象に由来する観念が、いかにして必然的結合を表象するような内容を持ちうるのかという問いを提起します。これらの問いに対しては、関係の観念の場合には、印象を直接提示することによって観念を明晰化するというより、観念が見出される経験の提示によって観念の表象内容の確認を可能とするという方略をとるべきであり、そのさい、心の被決定のようなある感じがあれば、その経験を指示するための印として機能するであろうし、そのような感じがない場合も、穏やかな情念に類する印象を想定することができるという解決が提案されます。委員会では、例えば存在の観念や信念については、存在する対象や信じられる対象の観念と別個の知覚はないとされており、関係の観念についても同様の議論が可能ではないかという、本論文の問題設定に対する疑問も出されましたが、主張の鮮明さと議論の明解さを評価する意見が多数を占めました。
このように両論文については欠点の指摘や内容についての疑問もありましたが、いずれも斬新な問題設定で独自の論点を打ち出しており、さらなる研究についてその発展を奨励するに値するという結論に委員会として達し、二論文をともに受賞作にすることといたしました。
第42回総会・研究大会について
第42回総会・研究大会は、2018年3月28日(水)・29日(木)の両日、武蔵野大学有明キャンパスにて行われます。同大学には、青木裕子会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、記念講演、公募セッション、シンポジウムⅠ「イギリス哲学研究とデジタルヒューマニティーズ――思想史の事例を手がかりに」(司会:犬塚元・梅田百合香、報告者:福田名津子・壽里竜)、2日目には、個人研究報告(13名)、シンポジウムⅡ「近代日本とイギリス思想――「明治150年」をめぐって」(司会:岩井淳・下川潔、報告者:平山洋・山田園子・深貝保則が予定されています。また、1日目夕刻に懇親会が開催されます。
詳細については2018年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
個人研究報告と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、例年、以下のようにおこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2016-2017年度部会担当理事
関東:伊藤誠一郎、矢嶋直規
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
(B)研究大会個人研究報告
申込締切 9月15日(消印有効)
報告時間 35分、質疑応答15分
申込先 事務局
申込方法 報告要旨(報告要旨(題目・氏名・所属を除いて1600字以内、英語の場合は 390 words以内)を添えて、メール(添付ファイル)または郵送)
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 6月30日(消印有効)
申込先 事務局
申込方法 オンライン(2018年度の公募論文のオンライン申し込み方法については現在検討中ですので、決定次第HPに掲載します)
公募要領・執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
公募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ審査を依頼しています。よって、応募者名、 論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。査読者の審査結果に基づいた編集委員会の判断により、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に審査結果を通知いたします。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。更に、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
役員(理事・会計監査)選挙結果について
選挙管理委員会のご尽力により、滞りなく開票が行われ、当選理事15名と会計監査2名、さらに当選理事の推薦による10名の理事も決定されました。前回よりも有効投票総数が27%程度増加しました。次回も皆様の積極的なご投票をお願いいたします。
今後の学会運営について
試験的に運用しております学会メーリング・リストの本格的な稼働に向け、準備が進んでおります。電子化委員会のご尽力により、バックナンバーを含む学会誌の電子化の作業も進んでおりますので、遠くない時期に皆様にもご利用いただけるかと思います。(太子堂)
学会通信 第53号(2016年11月)
新会長挨拶
第21期の会長を務めることになりました。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
本学会が創設されてから今年で 40年になります。それを記念して、坂本達哉前会長を中心にした前期理事会の議論をへて、新たに「日本イギリス哲学会賞」が設立されました。その目的は、本学会員のイギリス哲学に関する優れた研究業績を顕彰するとともに、本学会に対する社会的認知度の向上をめざすことにあります。この賞の第1回目の審査のために、この夏に会員の皆さまから推薦を募りました結果、四つの著作が推薦されました。いずれも、本学会員の研究の水準の高さを示す優れた著作です。すでに、選考委員会を組織し、再来年3月の会員総会での選考結果の発表をめざして、選考が開始されております。また、創立40周年事業としては、この他に、本年3月の学習院大学での研究大会において、「イギリス哲学研究の21 世紀」というシンポジウムと、会員の皆様からの公募による四つのシンポジウムが実施され、いずれも成功裏に終わりました。
ご承知のように我が国では、人文社会系の学問の研究ならびに教育は、ますます厳しい状況に追い込まれつつあります。とくに、哲学、思想、歴史、文学、芸術などの分野は、大学教員数や予算の削減、学部の統合など、さまざまな形での縮小をせまられ、これまでの研究の成果を維持発展させ、そ れを多くの学生に教育を通じて伝えていくことが難しくなってきております。このようなことは、ものごとをその根本的な原理まで遡って深く考察する態度や、既存の見方や「常識」をさまざまな視点から検討しなおすという姿勢を、人々から奪ってしまい、その結果、社会がより良い方向に進むことを阻むことに
なるのではないかと危惧しております。このような状況を鑑みますと、本学会の活動を通して、思想、歴史、文学、芸術など含めた大きな意味でのイギリス哲学に関する我が国における研究を少しでも活性化し、その成果をさまざまな仕方で発信していくことは、その重要性を増していると思われます。その意味でも、まずは、新設された「日本イギリス哲学会賞」を軌道にのせ、会員の皆さまがなるべく多く参加してくださるような研究大会の在り方を模索することに努めてまいりたいと思っております。
ただ、現在の学会事務の業務方法を変えないかぎり、学会の活動を活性化するための事業が増えれば、事務局の負担が増えることにもなります。今期は、太子堂正称事務局長、板井広明幹事、川名雄一郎幹事の献身的な努力によって、事務局が運営されていますが、学会事務業務を遂行するために事務局担当会員の貴重な研究時間が大幅に削られていることもたしかです。したがって、学会の活動の活性化を図りながら、同時に事務局の事務量を少しでも軽減することが重要であると考えております。
以上のことを心にとどめながら、会長として微力ながら力を尽くしてまいりたいと思っておりますので、会員の皆さまには、ご協力とご支援のほど宜しくお願い申し上げます。
第39回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第40回総会•研究大会は、2016 年3月28日(月)•29日(火)の両日、学習院大学目白キャンパスにて開催された。開催校責任者の下川潔理事および学習院大学のスタッフの皆様に支えられ盛況であった(参加者86名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に星野勉会員が選出され、各種議案の審議が滞りなく進んだ。 総会に続いて、酒井潔学習院大学教授による記念講演「ライプニッツにおける『正義』の概念」がおこなわれた。
1 日目午後には、シンポジウムI「イギリス哲学研究の21世紀」(司会:只腰親和、柘植尚則、岩井淳、報告者:神野慧一郎、泉谷周三郎、田中秀夫、坂本達哉)が開催された。学会創立40周年を記念したこのシンポジウムでは、世代をこえて活発な意見交換がおこなわれ、イギリス哲学研究や学会のあり方について考える貴重な機会となった。
1日目の大会終了後、学習院大学創立百周年記念会館内で懇親会がおこなわれ、 研究にとどまらない様々な話題に話の花が咲き、会員相互の親睦が深められた。
2日目午前には、5名の会員による個人研究報告がおこなわれ、いずれの報告でも活発な議論がおこなわれた。2日目午後には、まず臨時総会が開催され、10名の指名理事、および新理事によって互選された新会長がそれぞれ承認された。
その後、シンポジウムIIとして、学会創立40周年を記念し公募によって選ばれた以下の 4 つのシンポジウムが並行しておこなわれた。(i)「イギリス経験論とは何なのか 『ロック、バークリ、ヒューム』の系譜」(司会:伊勢俊彦、一ノ瀬正樹、報告者:青木滋之、中野安章、田村均)、(ii) ‘Hume on the Ethics of Belief ‘ (司会:渡辺一弘、報告者:Hsueh Ou、萬屋博喜、Axel Gelfert)、 (iii)「イギリス思想における常識と啓蒙の系譜 18 世紀スコットランドから 20 世紀ケンブリッジヘ」(司会:青木裕子、報告者:片山文雄、大谷弘、野村智清)、(iv)「イギリスの複 合国家性と近代社会認識ー 歴史叙述を中心に」(司会:竹澤祐丈、報告者:竹澤祐丈、森直人、木村俊道、佐藤一進)。会員の多様な研究テーマ•関心を反映したさまざまなトピックに ついて密度の濃い報告•質疑応答がおこなわれ、学会創立40周年にふさわしい企画となった。
第41回総会・研究大会について
第41 回総会•研究大会は、2017年3月27日(月)•28日(火)の両日、南山大学名古屋キャンパスにて行われます。同大学には、奥田太郎理事が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1 日目には、総会、会長講演、シンポジウムI「近代寛容思想の射程とその意義」(司会:関口正司、梅田百合香、報告者:川添美央子、下川潔、山岡龍一)、2日目には、個人研究報告(3会場、7名)、シンポジウムII「功利主義と人間の尊厳」(司会:児玉聡、奥田太郎、報告者:小畑俊太郎、山本圭一郎、中井大介)が予定されています。また、1日目夕刻に懇親会が開催されます。
会場、参加申込等の詳しい内容については、2017年 2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第8回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
一ノ瀬 正樹(選考委員長)
2015年9月19日、慶應義塾大学で開催されました日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会におきまして、2015年度の日本イギリス哲学会奨励賞の候補作の論文2点につき、論文の独創性、論旨の明快さや説得性等の観点から慎重かつ厳正に審議いたしましたが、該当作なしという結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。
個人研究報告と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下のように行われます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。
(A)各部会研究例会報告 | |
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申込締切 | 各部会研究例会の3ヶ月前 |
報告時間 | 60分 |
申込先 | 各部会担当理事または事務局 (*2016-2017年度部会担当理事 関東:伊藤誠一郎、矢嶋直規 関西:久米 暁、竹澤 祐丈) |
(B)研究大会個人研究報告 | |
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申込締切 | 9月15日(消印有効) |
報告時間 | 35分、質疑応答15分 |
レジュメ | 1600字以内(題目・氏名・所属を除く)、英語の場合は390ワード以内 関東:伊藤誠一郎、矢嶋直規 関西:久米 暁、竹澤 祐丈) |
申込先 | 事務局 |
申込方法 | メール(添付ファイル)または郵送 |
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文 | |
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申込締切 | 6月30日(消印有効) |
申込先 | 事務局 |
申込方法 | 郵送 |
公募要領•執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
応募論文の審査は以下のようにおこなわれています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く 会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ審査を依頼しています。よって、応募者名、 論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。また、編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果に基づいた編集委員会の判断により、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に結果を連絡いたします。
井上公正会員の死を悼む
神野 慧一郎(大阪市立大学名誉教授)
本学会名誉会員井上公正会員は、昨年2015年8月1日逝去された。最近の若い会員の方々は、井上会員をよく御存じでないかもしれないが、かれこれ30年ほどお付き合いをしてきた私のようなものにとっては、井上会員がこの世を去られたことは一つの衝撃である。というのも、故人がつい最近まで御老齢にも拘わらず(御生誕は1921年)、本学会の大会のみならず地方部会(関西部会)にも、少し体調の良くないときでも愚痴を言うでもなく、静かに出席しておられたことは、敬愛すべき故人のお人柄、すなわち自らの志すところへむかってたゆまず努力する誠実なお人柄を如実に示すものであり、まさに以て範とすべきであると常々思っていたからである。
井上会員は本学会創設時以来の会員であり、1984年から1992年まで本学会の理事を務めて頂き、2003年には名誉会員に推挙されておられる。
職歴は、東北大学卒業の1949年7月の名古屋大学文学部助手に始まり、1953年に奈良女子大学文学部講師として関西に移られ、以後は同大学で、助教授ついで教授として勤務され、1984年3月定年退官された。その後も奈良大学で教鞭をとられ、また皇学館大学にも参与としてお勤めになられた。
井上会員はほぼ一貫してジョン•ロックの寛容論の研究に一生を捧げられたが、名古屋大学時代には、ルネサンス•ヒューマニズムやプラトンの国家論の研究も行っておられる。これらの研究は、しかし、ある一貫性に基づいており、主著である『ジョン•ロックとその先駆者たちイギリス寛容論研究序説 』(1978)に反映されている。すなわち、この著書の第一章は、「トマス•モアの寛容論」であり、ヒューマニストの寛容論を取り上げたものである。そして議論はイギリスにおける宗教改革と寛容の問題、ついで17世紀前半の寛容思想、そしてロックの寛容論へと展開されている。
イギリスにおける寛容論はもちろん宗教上の寛容論がその源流であろうが、しかし寛容論は、人間の自由の問題と無関係ではない。この点についての故人の見解は、おそらく退官時の最終講義の草稿と思われる論考、「ロックの「自由」論に関する一考察」(『研究年報』28、奈良女子大学、1984)に述べられている。故人は、ロックの自由論の要とも言うべき、」七つの概念を取り出している。「力能」、作用力能がindifferency(志向可能的中立)の状態にあること、欲望がある意味で意思の決定に関わるということ、理知、理知に基づく意志の自由、天賦の権利(一切の国家権力に先立って存在する権利)、国家 権力の恣意的干渉の抑止などの概念分析がそれである。そして、この分析の最後の点は、主著「はしがき」冒頭に述べられているご自身の経験(社会主義者ではないかという不当な嫌疑により自由の国、米 国へのヴィザが得られなかった)に関係がある。
温厚にして篤実、しかも一貫した思索を貫徹された誠実な井上名誉会員の死去は、私の人生をまた更に寂しいものとした。
山下重ー先生の死を悼む
泉谷 周三郎(横浜国立大学名誉教授)
山下重一先生は、2016年4月1日に胃ガンで亡くなられた。享年90歳。先生は、2014年4月に脳梗塞で倒れ、左半身に麻痺が残ったが、奇跡的に自宅で読書と執筆ができるまでに回復された。昨年暮、「脳梗塞で倒れたが、執筆活動ができるようになったのでお会いしたい」との御手紙をいただき、2016年1月4日の午後、三鷹の先生宅で2時間半ほど話し合うことができた。そのとき、先生の研究意欲はきわめて旺盛であっただけに、その死が惜しまれる。
山下先生は、1944年に東京大学経済学部に入学し、卒業後、法学部の政治学科に学士入学し、1951年法学部を卒業し、都立石神井高校の教諭となった。1965年4月、國学院大学の法学部の助教授となり、政治思想史や西洋政治史などを担当した。清廉で温厚な人柄で、院生や学生を指導しながら、イギリス近代の政治思想と日本におけるそれらの受容を可能な限り深く理解しようと努めてこられた。山下先生は、政治思想研究を深める継起となったものとして、1973年5月にトロント大学で開催された「ミル父子記念学会」に甲南大学の杉原四郎先生と一緒に参加し、ロブスン教授、ハンバーガー教授らと知り合ったこと、わが国においてもミル研究者の交流のために定期的な研究会を開催することの必要性を痛感したことなどをあげている。杉原先生と山下先生により1975年に「ミルの会」が生まれた。また両先生は、編者として『J.S.ミル初期著作集』全4巻を計画し、刊行された。山下先生は、1980年から日本哲学会の常任理事となり、研究大会の企画や学会誌の編集などを担当しながら、学会では司会や報告者として活躍された。
山下重一先生の主要な研究業績としては、『J.S.ミルの政治思想』(木鐸社)、『ジェイムズ•ミル』(研究社出版)、『J.S.ミルとジャマイカ事件』(御茶の水書房)、訳書『評註 ミル自伝』(御茶の水書房)、論文「J.S.ミルの1830年代における思想形成と政治的ジャーナリズム(1)(2)(3)」(『國学院法学』)、「中村敬宇訳『自由之理』(1)(2)(3)」(『國学院法学』))などがあげられる。山下重一先生は、学会員がこれらの研究業績を生かして、それぞれの研究を深めることを切に望んでいたように思われる。
事務局より
ご挨拶
本年4月より、本学会の事務局が大月短期大学より東洋大学に移りました。約10年ぶりの事務局担当で不慣れな点も多数ございますが、少しでも会員の皆様 の便宜となり、円滑な学会運営ができますよう引き続き努力してまいります。皆様方のご協力を賜りますようお願いいたします。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。なお、2年分(12,000円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権•被選挙権を失います。さらに、5年分(30,000 円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
理事および会計監査選挙について
役員選挙の日程変更が第167回理事会で承認されました。次回(2018-2019年度役員選出)より、投票締切が改選年度前年の7月下旬に早まります。選挙関連書類は6月上旬に発送予定です。なお、会計監査について、監査や監事の名称も使われておりましたが、今後は会計監査で統一することになりました。
今後の学会運営について
学会誌につきましては、バックナンバーの電子化、学会 HP での閲覧のための作業が進んでおります。また、将来的には「学会通信」「総会•研究大会プログラム」、「部会研究例会案内」などの資料も電子ファイルで提供させていただき、紙媒体での送付を原則として廃止するといった案も検討されておりますこと、お知らせ申し上げます。
学会通信 第52号(2015年11月)
第39回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第39回総会・研究大会は、2015年3月28日(土)・29日(日)、甲南大学岡本キャンパスで開催された。世話人を務められた安西敏三会員および甲南大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった(参加者76名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に篠原久会員が選出され、選挙管理委員の選出等、各種議事が滞りなく進んだ。また、総会において、第7回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞者として、古田拓也会員が選ばれたと発表され、表彰が行われた。そして、総会に続いて、坂本達哉会長による講演「イギリス思想史におけるヒューム」が行われた。
1日目午後には、シンポジウムI「イギリスにおけるモラル・フィロソフィーの展開」が開催された。大久保正健会員・犬塚元会員を司会として、梅田百合香会員、只腰親和会員、川名雄一郎会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。時代と対象を異にする提題者がモラル・フィロソフィーというイギリス哲学のきわめて重要で伝統的な主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。また、質疑応答も熱のこもったものとなった。
2日目午前には、8名の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われた。若手にとどまらず学会をリードする研究者も含めて、意欲的な研究成果が報告された。ヒュームの哲学から、近代の分析哲学に至るまで、ヴアリエーションの豊かなものとなった。2日目午後には、シンポジウムII「20世紀イギリス倫理学の再評価一一直観・情動・言語をめぐって」が奥田太郎会員・久米暁会員の司会で行われた。報告者は寺中平治会員、岡本慎平会員、佐藤岳詩会員であった。表題のとおり、20世紀のイギリス倫理学を探るシンポジウムであり、20世紀を代表する倫理学上の古典についてそれぞれ幅広い視点からの密度の濃い報告がなされ、活発な議論が行われた。また、1日目の大会終了後、5号館1階のカフェテリア“パンセ”にて懇親会が開かれ、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第40回総会・研究大会について
第40回総会・研究大会は、2016年3月28日(月)・29日(火)の両日、学習院大学目白キャンパスにて行われます。同大学には、下川潔理事が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、記念講演、シンポジウムI「イギリス哲学研究の21世紀」(司 会:只腰親和、柘植尚則、岩井淳、報告者:神野慧一郎、泉谷周三郎、田中秀夫、坂本達哉)、2日目には、個人研究報告(2会場、5名)、シンポジウムII、(i)「イギリス経験論とは何なのか一「ロック、バークリ、ヒューム」の系譜」(司会:伊勢俊彦、一ノ瀬正樹、報告者:青木滋之、中野安章、田村均)、(ii) ‘Hume on the Ethics of Belief’(司会:渡辺一弘、報告者:Hsueh Qu、萬屋博喜、Axel Gelfert)、(iii)「イギリス思想における常識と啓蒙の系譜:18世紀スコットランドから20世紀ケンブッリジへ」(司会:青木裕子、報告者:片山文雄、大谷弘、野村智清)、(iv)「イギリスの複合国家性と近代社会認識-歴史叙述を中心に-」(司会:竹澤祐丈、報告者:竹澤祐丈、森直人、木村俊道、佐藤一進)が予定されています。
なお、会場、参加申込等の詳しい内容については、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第7回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
一ノ瀬 正樹(選考委員長)
2014年9月20日、慶臆義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第7回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。
古田拓也(ふるた たくや)
「「事実が与えられているのに、なぜ虚構を探し求めるのか」ーフィルマーの契約説批判とロックによる再構築ー」
(『イギリス哲学研究』第37号2014年3月掲載論文)
本委員会では、『イギリス哲学研究』第37号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす7編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、古田会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。
古田会員の論文は、人民と統治者が調停不可能な対立に陥ったとき「誰が裁定者たるべきか」という、フィルマーとロックに共通する問いに対して、「人民が裁定者である」というロックの契約説的解答は、契約説は虚構であると一貫して唱えて「人民が裁定者ならば統治は崩壊する」としたフィルマーの批判にどう答えているのかという、根本的な問題に改めて真撃に対峠したものである。本論文の最大の特長は、ロックに比して軽視されがちなフィルマーの論点を公正かつ丁寧に追いかけ、それがロック的な契約説に対して実はただならぬ迫力で批判を向けていることを明確にしている点である。フィルマーの契約説批判の核心は、契約説の前提する「生来の自由」そしてそれに基づく契約という虚構を認めてしまうと、為政者による契約違反の有無を人民が判定することになり、アナーキーに陥ってしまう、とする点にある。これに対してロックは、まずは、明示の同意と暗黙の同意という独自な同意論の道具立てでもって、統治の源泉を自由な個々人に求める枠組みを提起する。そしてロックは、暗黙の同意を認めてしまうと結局は事実として与えられている既存の支配権への絶対服従を承認することになるのではないかというフィルマーのもう一つの契約説批判に対して、自然法そしてそれを理解する理性能力を前提することによって、絶対服従には至らない、一定の制限内での同意が確保されると応じた。しかし同時にロックは、根底的な次元でのアナーキー現出の不可避性を積極的に認める、と本論文は論じ及ぶ。現代の私たちは、フィルマーのいうアダムの権利を認めることは難しいし、ロックの前提する自然法をそのまま受け入れるのも困難だろう。では、二人の哲学者から私たちは何を学べるのか。そのような問いを挑発的に開いて、本論文は結ばれる。
同意に課せられる制限性が、どのようにして、ある領域内で、既存の支配権に同意したくないけれども単にそこに住み続けたい者の同意に基づく服従と結びつくのか、その点が明瞭でなかったという指摘はあった。しかし、古田論文の、フィルマーに新鮮な視点から光を当てた議論の秀逸さは疑いなく、この分野の今後の発展に大いに資する研究であると評価された。よって、古田会員の本論文を受賞作とすることに決定した。
個人研究報告と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下のように行われます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2014-2015年度部会担当理事
関東:只腰 親和、矢嶋 直規
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
(B)研究大会個人研究報告
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 35分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内(題目・氏名・所属を除く)、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
申込方法 メール(添付ファイル)または郵送
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 6月30日(消印有効)
申込先 事務局
申込方法 郵送のみ
公募要領・執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
なお、応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。また、編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は一律6,000円です。なお、2年分(12,000円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、学会役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。さらに、5年分(30,000円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
名簿について
別紙でご案内のとおり、来年1月に新しい会員名簿を刊行する予定です。この機会に、同封の「会員情報変更届」にて、もしくは、事務局宛メールにて、最新の情報をお知らせください。また、事務局からご連絡を差し上げるために、最新のメールアドレスをお知らせいただければ幸いです。ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。
退会届について
本学会ではとくに所定の退会届用紙等はありません。退会をご希望の会員の方は、メールまたは葉書き等で退会希望の旨を事務局までご連絡いただくようよろしくお願いします。
学会通信 第51号(2014年11月)
新会長挨拶
坂本達哉(慶應義塾大学 経済学部教授)
本年4月1日より2年間、第20期の会長を務めることになりました。第19期の会長を務められた只腰親和理事と事務局責任者の柘植尚則理事には、その多大なご貢献にたいして、会員のひとりとして心からのお礼を申し上げます。
日本イギリス哲学会は、私自身が最も長く所属し、最も親しみを感じてきた学会です。入会した頃は学会を創設された先生方が学会を力強く引っ張っておられ、駆け出しの私はこれらの先生方のイギリス哲学研究にかける情熱に圧倒されたものでした。それから30年以上が過ぎ、会員諸氏の学会への思いは少しも変わることなく、学会活動の原動力となっています。それを一言で言えば、スコットラ ンド、アイルランドをふくむイギリスという国が生み出してきた哲学、思想、社会科学への比類ない敬意と愛着ということになりましょう。この敬意と愛着の核心には、イギリス哲学の歴史の通奏低音とも言うべき「人間本性(Human Nature)」への飽くことのない関心と、その人間本性が社会的現実においてとる多様な諸形態への尽きせぬ興味があるように思われます。
会員の多くは、より専門に近い、より規模の大きな学会に所属していますが、それら他学会では、哲学や社会科学の伝統的な区分や規範が暗黙の前提となっているため、イギリス哲学の核心にある「人間本性」への知的・思想的関心を、それ自体としてぶつけ合う機会はなかなか得られません。この貴重な学問体験を本学会では得られるということが、会員諸氏の本学会への愛着の原動力になっているのではないでしょうか。毎年の研究大会の密度の濃さと親密さは規模の大きい諸学会ではめったに見られないものであり、学会誌『イギリス哲学研究』の充実ぶりや、近年の投稿論文数の着実な増加も頼もしい限りです。
他方、現在の日本イギリス哲学会にも問題や課題がないわけではありません。そのひとつに、会員数が400人の壁をなかなか越えられないことがあります。何より、「イギリス」と「哲学」という二重の限定ゆえ、本学会の会員数に一定の限度があることは当然であり、会員数の増大を自己目的にすることは無用です。同時に、上のような本学会の特別の魅力と存在意義を考えれば、これを一人でも多くの関連分野(とくに会員の少ない歴史や文学)の研究者にも享受して欲しいと願う理由もまた存在します。理事会はもちろんですが、会員の皆様の新会員の獲得に向けてのご協力をぜひともお願いしたい所以です。会員数の増加がこうした学問的意義だけでなく、会費収入の増大によって学会活動の 一層の充実のためにも不可欠であることは、言うまでもありません。
もう一つの課題は、長らく指摘されてきた学会の国際化です。急激に進行する学問研究一般のグローバル化、ボーダレス化は、ヨーロッパ中世のラテン語にも比せられる英語という現代随一の国際的コミュニケーション手段の存在によって実現したものです。その英語で書かれた哲学と社会科学の遺産を共通の研究対象とする私たちにとって、この問題は他人事ではあり得ません。具体的には、英語による研究成果のより積極的な発信や、『イギリス哲学研究』における英語論文の増加、学会員による主題別の英語による出版、学会ウェッブサイトの日英両語化などが考えられます。これらはいずれも容易な仕事ではなく、何より、活動内容の充実をともなわない英語による発信は無意味です。2016年は本学会の創設40周年という節目の年に当たりますので、これをよいチャンスと考え、会員の皆様方のご協力を得て、着実な一歩を踏み出せればと希望しているところです。
以上、不慣れの点も多々あろうかとは存じますが、新事務局が置かれている大月短期大学の伊藤誠一郎理事および理事会の先生方のお力添えを得ながら、微力を尽くしたいと思いますので、会員の皆様にはどうぞよろしくお願い申し上げます。
第38回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第38回総会・研究大会は、2014年3月29日(土)・30日(日)の両日、東洋大学白山キャンパスで開催された。世話人を務められた太子堂正称会員および東洋大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった(参加者125名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に寺中平治会員が選出され、選挙管理委員の選出等、各種議事が滞りなく進んだ。また、総会において、第5回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞者として、中野安章会員および萬屋博喜会員の2名が選ばれたと発表され、表彰が行われた。そして、総会に続いて、只腰親和会長による講演「方法への関心」が行なわれた。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に寺中平治名誉会員が選出され、選挙
結果の報告等、各種議事が滞りなく進んだ。また、総会において、第6回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞者として、苅谷千尋会員が選ばれたことが発表され、表彰式が行われた。総会の後は、東洋大学名誉教授、平野耿名誉会員による講演「経験論と新哲学――ロック、ボイル、シドナム」が行なわれた。
1 日目午後には、まず、4人の会員による個人研究報告が4会場に分かれて行われ、充実した報告と活発な議論が行われた。
ついで、シンポジウムI「近代コモンウェルス論の展開――ブリテン・ヨーロッパ・世界」が開催 された。岩井淳・犬塚元両会員を司会として、村松茂美会員、苅谷千尋会員、半澤朝彦氏(明治学院大学・非会員)による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。時代と対象を異にする提題者がコモンウェルスという、17世紀から20世紀に渡る主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの、内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。
2日目午前には、9人の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われた。各世代の研究者による、意欲的な研究成果が報告され、熱心な議論がたたかわされた。
2日目午後には、臨時総会の後、シンポジウムII「マンデヴィル『蜂の寓話』刊行300年」が坂本達哉・大石和欣両会員の司会で行われた。報告者は柘植尚則会員、米田昇平氏(下関市立大学・非会員)、野原慎司会員であった。「利己心」と「利他心」や奢侈の是非等、今日の倫理学や哲学にも通じる論題に関して、報告者と多くの参加者との間で意欲的な意見交換がなされた。
また、1日目の午後6時15分から、東洋大学2号館16階「スカイホール」にて懇親会が開かれ、多くの会員の参加を得て、大いに盛会であった。
第39回総会・研究大会について
第39回総会・研究大会は、2015年3月28日(土)・29日(日)の両日、甲南大学岡本キャンパスにて行われる予定です。同大学には、安西敏三会員が所属され、世話人としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、会長講演、シンポジウムI:「イギリスにおけるモラル・フィロソフィーの展開」(司会:大久保正健、犬塚元、報告者:梅田百合香、只腰親和、川名雄一郎)、2日目には、個人研究報告(3会場、8名)、シンポジウムII:「20世紀イギリス倫理学の再評価-直観・情動・言語をめぐって-」(司会:奥田太郎、久米暁、報告者:寺中平治、岡本慎平、佐藤岳詩)が予定されています。
なお、会場、参加申込等の詳しい内容については、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第6回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
久米 暁(選考委員長 関西学院大学)
2013年9月21日に慶應義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第6回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。
苅谷 千尋(かりや・ちひろ)
「エドマンド・バークの帝国論-自由と帝国のジレンマ-」
(『イギリス哲学研究』第36号2013年3月掲載論文)
本委員会では、『イギリス哲学研究』第 36 号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3) 先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、苅谷会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。
苅谷会員の論文は、現実的な政策的議論に散りばめられているバークの帝国に関する諸言説からバーク帝国論を再構成し、帝国思想史に正確に位置づけ、バークが、歴史的文脈に合わせて、帝国を「支配と服従」のシステムから「共存」のシステムと捉えなおし、また「栄光」を「帝国の拡張」から「よき統治」に結びなおした上で、本国が帝国を「統治」するだけの「権力」「権威」を欠くとする観点から、帝国と植民地の自由との両立可能性を追求し たことを鮮やかに描く極めて意欲的な論考です。これまで丁寧に研究されることの少なかった演説等のテキストを丹念に読み解くことで初期から晩年に至るまでのバークの知的格闘を追跡するという堅実な手法に基づいていること、また、とかくアメリカ問題・インド問題等と領域別に論じられることの多かったバークの言説を包括的帝国論として浮かび上がらせるという独創的な課題に取り組んだこと、さらに、自由主義という分析視角に囚われてバークを反帝国主義者と理解する先行研究から適切な距離をとっていること、が高く評価され ました。だだし、キータームである「自由」概念についてより詳細な分析が望まれる点、また国際関係思想史におけるバークの位置に関する先行研究への目配りがあれば、さらに厚みのある研究になりえたであろうという点が、委員会において指摘されたことも報告せねばなりません。しかしながら、本論文がバーク帝国論に関する秀逸な論考であることに変わりはなく、また、新しいバーク研究・帝国思想史研究へと今後大きく発展する可能性に満ちた研究であることにも疑いはないことから、苅谷会員の本論文を受賞作とすることに決定いたしました。
個人研究報告と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下のように行われます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。なお、『イギリス哲学研究』の論文公募の締め切りが6月30日に変更になっているので、十分にご注意ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2014-2015年度部会担当理事
関東:只腰 親和、矢嶋 直規
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
(B)研究大会個人研究報告
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 35分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内(題目・氏名・所属を除く)、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
申込方法 メール(添付ファイル)または郵送
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 6月10日(消印有効)
申込先 事務局
申込方法 郵送のみ
公募要領・執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
なお、応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
事務局より
ご挨拶
本年4月より、本学会の事務局が慶應義塾大学より大月短期大学に移りました。今期より事務局担当理事の他、庶務幹事と編集幹事を設け、学会運営に支障がないよう日々の業務に努めておりますので、何卒ご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は一律6,000円です。なお、今回 の会費請求で2年分(12,000円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、学会役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。さらに、5年分(30,000円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
学会誌公募論文締め切りの変更
『イギリス哲学研究』の公募論文の締め切りが、次号から6月30日に変更になっておりますので、ご注意ください。(伊藤)
学会通信 第50号(2013年11月)
第37回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第37回総会・研究大会は、2013年3月25日(月)・26日(火)、東北大学片平キャンパスで開催された。世話人を務められた犬塚元会員および東北大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった(参加者99名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に寺中平治会員が選出され、選挙管理委員の選出等、各種議事が滞りなく進んだ。また、総会において、第5回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞者として、中野安章会員および萬屋博喜会員の2名が選ばれたと発表され、表彰が行われた。そして、総会に続いて、只腰親和会長による講演「方法への関心」が行なわれた。
1日目午後には、シンポジウムⅠ「バークリ『三対話』刊行300年」が開催された。伊勢俊彦会員・久米暁会員を司会として、中野安章会員、竹中真也会員、一ノ瀬正樹会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。表題のとおり、バークリの主要著作の一つ『ハイラスとフィロナスの三つの対話』が刊行されて300年になるのを記念して、近年のバークリ研究の動向を踏まえた報告が行われ、質疑応答も熱のこもったものとなった。
2日目午前には、10名の会員による個人研究報告が4会場に分かれて行われた。若手にとどまらず学会をリードする研究者も含めて、意欲的な研究成果が報告された。ホッブズ、ロック、ヒュームから、現代の分析哲学や政治哲学に至るまで、ヴァリエーションの豊かなものとなった。2日目午後には、シンポジウムⅡ「イギリス思想とアメリカ」が岩井淳会員・松井名津会員の司会で行われた。報告者は西村裕美会員、田中秀夫会員、冲永宜司会員であった。以前に行われた、イギリス思想と大陸思想との関係を探るシンポジウムと対をなす内容であり、本学会の持ち味である宗教、啓蒙思想、哲学といった幅広い視点からの密度の濃い報告がなされ、活発な議論が行われた。
また、1日目の午後6時から、レストラン萩にて懇親会が開かれ、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第38回総会・研究大会について
第38回総会・研究大会は、2014年3月29日(土)・30日(日)の両日、東洋大学白山キャンパスにて行われます。同大学には、太子堂正称会員が所属され、大会開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、記念講演、個人研究報告(4会場、4名)、シンポジウムⅠ「近代コモンウェルス論の展開――ブリテン・ヨーロッパ・世界」(司会:岩井淳、犬塚元、報告者:村松茂美、苅谷千尋、半澤朝彦)、2日目には、個人研究報告(3会場、9名)、シンポジウムⅡ「マンデヴィル『蜂の寓話』刊行300年」(司会:坂本達哉、大石和欣、報告者:柘植尚則、米田昇平、野原慎司)が予定されています。
なお、会場、参加申込等の詳しい内容については、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第5回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
久米 暁(選考委員長)
2012年9月22日、慶應義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の二論文を第5回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。
中野安章(なかの やすあき)
「バークリーにおける「自然の言語」と自然法則の知識」
(三田哲学会『哲学』第129集 2012年3月 掲載論文)
萬屋博喜(よろずや ひろゆき)
「ヒュームの因果論と神学批判」
『思想』(岩波書店)No. 1052 2011年12月 掲載論文)
本委員会では、『イギリス哲学研究』第35号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、中野氏と萬屋氏の上記二論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。
まず中野氏の論文は、バークリーにとっての自然法則の概念を「自然の言語」説の観点から解釈しつつ、「自然の言語」説の核心を、従来強調されてきた観念の「習慣的結合」の原理にではなく、「予見」による行為制御の側面に置き直して、自然法則の知識を、行為を通じた快の獲得と苦の回避の能力と見なすプラグマティックな知識観をバークリーに読み込む意欲作です。また、神と人間の「協働」や、単なる生存価値に回収されない精神的快との関わりが論じられ、単純な自然主義的プラグマティズムとの差異化も図られており、議論の独創性・論述の説得力において秀でた論文であります。さらに、バークリーのテキストに向き合って解釈を紡ぎだす論述方法の堅実さも高く評価されました。ただし、委員会においては、本論文はバークリーの思想的展開への注意が不充分だとの指摘が為されました。バークリーは、まず『視覚新論』にて、空間知覚における視覚情報を「言語」と見なした後、『原理』においては、著者が指摘するように、自然法則一般を「習慣的結合」へと解体すべく、視覚以外の感覚さえも「記号」と捉え直しましたが、その際バークリーはそれらを「言語」ではなく「記号」と呼び直しており、さらに晩年には、『原理』の「記号」説ではなく、初期の『視覚新論』の「言語」説を再度持ち出しています。こうしたバークリーの思想的展開に目を向け、「言語」と「記号」との異同についてより慎重な検討を加えていれば、本論文はさらなる説得力を得たであろう、との議論が委員会において為されました。
次に萬屋氏の論文は、ヒュームを因果実在論者と見るか因果反実在論者と見るかという、いわゆる「ニュー・ヒューム論争」に関するサーベイを展開した上で、ヒュームの因果論が「原因」「結果」という語の意味理解に関する理論の側面をもっていると論じ、因果的名辞を用いた推論の実践をゲームの実践に準えて、ヒューム因果論を、ゲームへの参加条件と勝利条件とにそれぞれ対応する、因果言明の意味理解の条件と真偽判定の条件とを特定した理論だと解釈してみせる労作です。論文の前半部を構成する「ニュー・ヒューム論争」に関するサーベイは、先行研究への目配りの点で評価されるべきものであり、また後半における著者自身の解釈に関しては、ヒュームの考える因果推論を、規則に従った規範的な実践と捉え直すという独自の着想が見られ、議論の独創性も高く評価されました。ただし、委員会においては、本論文の弱点として、「神学批判」に関する議論が貧弱なゆえにタイトルと本文の内容とにずれが見られる点は措くとしても、前半のサーベイが、著者自身の見地に即した独自な切り口をもたないため、後半で展開される著者自身の解釈との有機的連関を欠き、著者の解釈に説得力を持たせるのに有効に機能していない、との指摘が為されました。また、自説の解釈を、サーベイによって示された二次文献の動向からではなく、ヒュームのテキストそのものから丹念に導き出そうとする姿勢がより明確であれば、さらに優れた論文になったであろう、との議論も為されました。
このように両論文にはそれぞれの弱点があるものの、ともに新しいバークリー像・ヒューム像を描く将来の研究を胚胎する論考であり、またそれぞれの弱点を克服していく力量が両論文において遺憾なく発揮されていることを考慮し、両者の今後の研究についてはその発展を奨励するに値する、と委員会は考えました。また両論文の甲乙はつけ難いと判断し、二論文をともに受賞作にすることといたしました。
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2012-2013年度部会担当理事
関東:一ノ瀬 正樹、山岡 龍一
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 35分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内(題目・氏名・所属を除く)、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
申込方法 メール(添付ファイル)または郵送
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 郵送のみ
公募要領・執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
なお、応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。また、編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
学会誌公募論文の審査方法の変更について
第154回理事会で、学会誌『イギリス哲学研究』公募論文の審査方法について見直しが行われ、従来の「採用」「不採用」に加えて、「修正のうえ再査読」を設けることが決定されました。新しい審査方法は『イギリス哲学研究』第39号(2016年3月刊行)より適用されます。それに伴い、公募論文の提出期日が前年の9月10日から6月30日に変更になります(受付期間は4月1日から6月30日になります)。そして、7~9月の査読期間を経て、9月下旬の編集委員会・理事会で「修正のうえ再査読」と決定された場合には、10~11月の修正期間ののち、11月下旬~12月上旬の編集委員会・理事会で改めて審議が行われます。公募論文の投稿をお考えの方は、提出期日などの変更にくれぐれもご注意ください。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。なお、2年分(12,000円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、学会役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。さらに、5年分(30,000円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
名簿について
別紙でご案内のとおり、来年1月に新しい会員名簿を刊行する予定です。この機会に、同封の「会員情報変更届」にて、もしくは、事務局宛メールにて、最新の情報をお知らせください。また、事務局からご連絡を差し上げるために、最新のメールアドレスをお知らせいただければ幸いです。ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。
学会通信 第49号(2012年11月)
新会長挨拶
只腰親和(横浜市立大学 国際総合科学部教授)
第19期の会長を務めることになりました。何卒宜しくお願い申し上げます。
日本イギリス哲学会は、会員のみなさまが所属されている他の近隣諸学会に比べると歴史の比較的あさい学会ではないかと推測しますが、それでもすでに35年以上の実績を積み重ねております。およそ400人の会員を擁して、すでに小学会の域は脱していると思いますが、より大きな規模の学会には見られない会員のみなさまの積極的な参加意識に支えられて、着実な歩みを遂げていると思います。
私自身はこれまでこの学会において、さまざまの専門分野におよぶ先輩の諸先生方に学びながら、自らの乏しい研究の糧とさせて頂いてまいりました。つまりこれまでの私にとって主観的にこの学会は、諸先学から広い意味で指導していただく場であったと申してよいかと思います。しかしながら私の貧しい研究業績はさしおいて客観的に周りを見渡しますと、学会のなかで私はかつての先輩の諸先生方の年齢層に属する立場になっているように思います。もとより他者から学ぶと言う点で年齢の上下は関係ありませんが、ひとつの学会の中で、これまでこの学会の基礎を築いてこられた先輩の先生方と、これからの学会を発展させていくより若い世代の会員のみなさまとの橋渡しの役割も必要かと思います。私はそのような面で少しでも貢献できたらと考えています。
会長として、イギリス哲学会が当面する実務的な、しかし決して看過できない問題への対応も必要とされるように思います。これまで学会の会費・名簿管理等の事務的機能を委託してきた日本財団CANPANセンターが、2013年から事業を休止することになりました。学会事務局・理事会では代替業者の選定も考えましたが、経費等の事情でただちに委託することは困難であることが判明しました。当面、理事の柘植尚則会員が司り、高橋和則会員が幹事として補佐する事務局がこれまでCANPANセンターに委託していた作業を行います。しかし中長期的には、これまでの慣行の改定――例えば配布文書の紙媒体から電子媒体への移行――が必要になると思います。会員のみなさまのご助言やご協力をお願いする次第です。
2013年3月の研究大会は、中才敏郎前会長のご尽力と犬塚元理事のご協力により東北大学で開催されます。2011年3月11日の東日本大震災はまだ記憶に新しいところであり、たしかに一方で震災の復興は進みつつありますが、他方でまだまだ解決の困難な課題も残されています。今回、開催を引き受けてくださった東北大学がある仙台も被災地のひとつですが、震災からおよそ2年を経て当学会が東北大学で開かれることは意義あることだと思います。学会開催時に、開催校として被災地の見学なども企画されているようです。会員のみなさまに、2013年の研究大会を活発な議論の場にするのみならず、大震災について再考する機会にして頂けたらと考えます。
第36回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第36回総会・研究大会は、2012年3月27日(火)・28日(水)、国際基督教大学で開催された。世話人を務められた矢嶋直規会員および国際基督教大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった(参加者149名)。
1日目午前の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に田中浩名誉会員が選出され、選挙結果の報告等、各種議事が滞りなく進んだ。また、総会において、第4回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞者として、沼尾恵会員が選ばれたと発表され、表彰が行われた。総会の後は、中才敏郎会長による講演「デイヴィッド・ヒュームの読み方」が行なわれた。
1日目午後には、シンポジウムⅠ「イギリスにおける「正義」の諸相」が開催された。山田園子・坂本達哉両会員を司会として、竹澤祐丈会員、森直人会員、姫野順一会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。領域を異にする提題者が正義という、古典的かつ優れて今日的な主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの、内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。
2日目午前には、7人の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われた。若手の研究者を主として、意欲的な研究成果が報告された。近年の隆盛を反映してデイヴィッド・ヒュームとJ・S・ミルに関するものが多くなった。
2日目午後には、臨時総会の後、森本あんり国際基督教大学教授による記念講演「ハビット論による実体概念の変革―ジョナサン・エドワーズの哲学と神学」が行われ、続いて、シンポジウムⅡ「現代のイギリス哲学―ラッセル『哲学の諸問題』出版100年を記念して」が伊勢俊彦・中釜浩一両会員の司会で行われた。報告者は小草泰会員、児玉聡会員、伊佐敷隆弘会員であった。副題にある通り、バートランド・ラッセルを中心に20世紀のイギリス哲学とその発展を幅広く検討する意欲的な意見交換がなされた。
また、1日目の午後6時から、東ケ崎潔記念ダイアログハウスにて懇親会が開かれ、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第37回総会・研究大会について
第37回総会・研究大会は、2013年3月25日(月)・26日(火)の両日、東北大学片平キャンパスにて行われます。同大学には、犬塚元会員が所属され、世話人としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、会長講演、シンポジウムⅠ:バークリ『三対話』刊行300年(司会:伊勢俊彦、久米暁、報告者:中野安章、竹中真也、一ノ瀬正樹)、2日目には、個人研究報告(3会場、9名)、シンポジウムⅡ:イギリス思想とアメリカ(司会:岩井淳、松井名津、報告者:西村裕美、田中秀夫、冲永宜司)が予定されています。
なお、会場、参加申込等の詳しい内容については、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第4回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
中釜浩一(選考委員長 法政大学)
2011年9月24日に開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第4回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。
沼尾恵(ぬまお けい)
‘Reconciling Human Freedom and Sin: A note on Locke’s Paraphrase’
(Locke Studies, 10)
本委員会では、『イギリス哲学研究』第34号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす5編に関して委員会で慎重な検討が行われ、その結果、沼尾氏の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいということで、委員全員の意見が一致いたしました。
本論文の主題は、自由意志に関わるロックの説明がEssayとParaphraseの二著作の間で異なっており、このことはロックがパウロの神学を研究することを通して、人間の罪深さへの認識を深め、自らの自由意志に関する思想を転換させた結果である、と何人かの解釈者によって主張されているのに対して、Essayにおける「自由意志」について異なった読解を提示することによって、この解釈に対して反論を試みようとするものです。沼尾氏は、Essayの「自由意志」に関係する部分と、ロックとLimborchとの間でかわされた書簡を丹念に読み返すことによって、上記解釈者達が注目した「私の意志に反して罪の業を強いられる」というParaphraseの行文を、Essayの考えと整合的に解釈することが可能である、と主張します。その際、沼尾氏の解釈の核となるのは、Essayで展開されている自由意志には、行動の直前にあってその行動を決定する意志と、将来の善のために現前する善へ向けた行動を保留し、「将来において正しい行為を遂行すると意図すること」を意図する、という「二次的意図」とが存在するのであって、Paraphraseで問題になっているのは後者の方だという点です。このことに基づいて、「自由意志」に関するロックの考えには二著作の間で根本的転換はなかった、という結論を沼尾氏は引き出します。本論文においては、以上の論点が、適切な引用と明確な推論によって手堅くまとめられております。
選考においては、テキスト解釈の妥当性、先行研究を踏まえた上での解釈の独創性、論述の明晰さ等について、選考対象となった個々の論文について立ち入った検討を行いましたが、沼尾氏の論文はいずれの点においても、奨励賞にふさわしい水準に達していると本委員会は判断いたしました。
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2012-2013年度部会担当理事
関東:一ノ瀬 正樹、山岡 龍一
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 35分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内(題目・氏名・所属を除く)、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
申込方法 メール(添付ファイル)または郵送
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 郵送のみ
公募要領・執筆要領については、『イギリス哲学研究』最新号の「『イギリス哲学研究』執筆に関する諸規定」に従ってください。
なお、応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また、編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
ACNet(外部委託業者)より
1. 住所・所属先等の変更、2. 会費納付状況の確認、3. 学会誌の発送、については、下記のACNet事務局までご連絡・お問い合わせください(2012年12月まで)。
入退会の申請、その他の学術的なお問い合わせについては、従来どおり、日本イギリス哲学会事務局までお願いいたします。
連絡先 特定非営利活動法人CANPANセンター
ACNet事務局 日本イギリス哲学会担当係
〒107-8404 東京都港区赤坂1-2-2 日本財団ビル5階 CANPANセンター
TEL: 03-6229-5104 FAX: 03-6229-5116
E-mail: ac013-jsbp@canpan.org
URL: http:// acnet.canpan.info
ACNetによる学会支援事業の休止について
本学会では、2009年より、特定非営利活動法人CANPANセンターの提供する学会支援サービス「ACNet(エーシーネット)」に、学会業務の一部を委託してまいりましたが、2012年度をもって、ACNetによる学会支援事業が休止されることになりました。具体的には、会計に関する業務については、本年12月末日をもって、その他の業務についても、来年3月末日をもって休止されます。
現在は、1. 住所・所属先等の変更 2. 会費納付状況の確認 3. 学会誌の発送、につきましては、ACNet事務局が連絡・問い合わせ先になっておりますが、来年1月1日以降は、事務局にご連絡・お問い合わせください。入退会など、その他につきましては、従来どおり、事務局にご連絡・お問い合わせください。
目下、学会業務の今後について、理事会で協議がなされており、外部委託を継続するかどうかも含めて、検討が行われております。ただ、業務の性質上、来年4月より、ただちに別の業者に委託するのは難しいため、しばらくは、事務局においてすべての業務を行うことになります。
事務局としましては、会員の皆様にご不便をお掛けせぬよう最善を尽くす所存ですが、業務の移行期間(本年11月~来年6月)は、混乱が生じる恐れがございます。さらなるご迷惑・ご心配をお掛けすることになるかと存じますが、ご協力のほど、なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
事務局より
ご挨拶
本年4月より、本学会の事務局が立命館大学より慶應義塾大学に移りました。学会業務全般に不慣れゆえに、会員の皆様にはいろいろとご迷惑をお掛けいたしますが、何卒ご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
会費納入のお願い
会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。会費は一律6,000円です。なお、今回の会費請求で2年分(12,000円)以上の未納の場合には、来年4月の学会誌の送付が停止されます。さらに、5年分(30,000円)以上の滞納の場合には、自然退会となります。くれぐれもご注意ください。
発送について
これまで、活動計画に従い、「学会通信」の発送を10月中旬に、「部会研究例会案内」の発送を11月上旬に行ってまいりましたが、本年は、経費の削減のため、「学会通信」と「部会研究例会案内」をまとめてお送りさせていただきました。ご不便をお掛けし、誠に申し訳ございませんが、ご理解のほど、宜しくお願い申し上げます。
今後の学会業務について
学会業務の委託業者の変更に伴い、委託費用の大幅な増加が予想されます。そこで、学会費の値上げを避けるべく、理事会では、学会業務の経費の削減について、協議がなされております。たとえば、近年の他学会の動向に鑑みて、将来的には「学会通信」「総会・研究大会プログラム」「部会研究例会案内」を電子ファイルで提供し、紙媒体での送付を原則として廃止することで、印刷・発送に係る費用を削減する、といった案も検討されております。また、中長期的には、近年の研究環境の変化に対応すべく、『イギリス哲学研究』の電子化も検討されております。なお、協議の内容については、次回の総会にて中間報告がなされる予定です。
学会通信 第48号(2011年10月)
第35回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第35回総会・研究大会は、2011年3月28日(月)・29日(火)の両日、京都大学吉田キャンパスにおいて開催された。会場校として、大会の準備の段階を含め、開催や運営にご尽力いただいた竹澤祐丈会員および京都大学のスタッフの皆様に支えられ、128名と多くの参加者があった。
第一日目午前中の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に寺中平治会員が選出され、各種議事が滞りなく進んだ。また総会内において、今回で第3回となるイギリス哲学会奨励賞について、該当作なしと発表された。東日本大震災後の社会状況を考慮し、予定されていた会長講演に代え、緊急セッション「東日本大震災のなかで―イギリス哲学研究からのメッセージ」を開催した。坂本達哉会員、一ノ瀬正樹会員、樫則章会員による報告とそれに続く活発な議論がなされ、道徳的行動と生命倫理という観点から自然災害について考える意義あるセッションとなった。
第一日目の午後は、シンポジウムI「ヒューム生誕300年記念シンポジウム『いまなぜヒュームか』」がおこなわれた。坂本達哉、一ノ瀬正樹両会員を司会として、真船えり会員、奥田太郎会員、壽里竜会員、角田俊男会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。専門を異にする会員によって多様なテーマが設けられることで、道徳哲学から政治経済まで幅広いテーマに取り組んだヒュームにふさわしいシンポジウムとなった。
2日目午前中は、14人の会員による個人研究報告が5会場に分かれて行われ、若手の研究者を中心に古典から現代まで様々な分野の意欲的な研究成果が報告された。午後にはシンポジウムII「イギリス思想とヨーロッパの哲学」が川添美央子、関口正司両会員を司会として行われた。報告者は伊豆蔵好美会員、伊藤誠一郎会員、矢島杜夫会員。会場との間で熱心な討議が交わされ、研究大会は盛会のうちに無事終了した。
第36回総会・研究大会について
次回第36回大会は、2012年3月27日(火)・28日(水)の両日、国際基督教大学にて行われます。同大学には、矢嶋直規会員が所属され、大会世話人として大会開催に向けてご尽力いただいております。
第1日目には総会、会長講演、シンポジウムI:イギリスにおける「正義」の諸相(司会:山田園子、桜井徹、報告者:竹澤祐丈、森直人、姫野順一)、第2日目には個人研究報告、臨時総会、記念講演、シンポジウムII:現代のイギリス哲学―ラッセル『哲学の諸問題』出版100年を記念して(司会:伊勢俊彦、中釜浩一、報告者:小草泰、児玉聡、伊佐敷隆弘)が予定されています。
会場、参加申込等の詳しい内容については、1月下旬のプログラム送付の際にご案内いたします。
第3回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
只腰親和(選考委員長 横浜市立大学)
平成22年度の日本イギリス哲学会奨励賞の候補作の論文3点につき、論文の独創性、論旨の明快さや説得性等の観点から、選考委員会において慎重に審議いたしましたが、本年度は該当作なしという結論に達しました。
学会ウェブサイト移転のお知らせ
これまで、本学会のウェブサイトは、学協会情報発信サービス(国立情報学研究所)のもとで運用してまいりましたが、2012年3月に当サービスが廃止されます。そのため、今後、本学会のウェブサイトは、www.jsbph.orgにおいて運用していくことになりました。
旧ウェブサイトでは、2011年8月1日以降、情報更新をおこないません。新ウェブサイトをご覧頂きますよう、お願い申し上げます。
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2010-2011年度部会担当理事
関東:坂本 達哉、柘植 尚則
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
九州:関口 正司
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法
投稿要領にしたがって投稿してください。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
ACNet(外部委託業者)より
2009年4月1日より、日本イギリス哲学会様の事務支援をさせて頂いております特定非営利活動法人CANPANセンター(学会支援サービス名称:ACNet(エーシーネット))です。
住所変更等の届け出及び会費の納入状況等に関するお問い合わせは、下記のACNet事務局までお願い致します。その他の学術的なお問い合わせは、従来通り日本イギリス哲学会事務局までお願い致します。
お問い合わせ内容 1.住所・所属先等の変更 2.会費納付状況の確認 3.会誌の発送について
※入退会申請については日本イギリス哲学会事務局までお問合せ下さい。
連絡先 特定非営利活動法人CANPANセンター
ACNet事務局 日本イギリス哲学会担当係
〒105-0001東京都港区虎ノ門1-15-16海洋船舶ビル8階
TEL 03-5251-3967 FAX 03-3504-3909
メール:ac013-jsbp@canpan.org
URL:http://acnet.canpan.info/
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
3月11日に起こった東日本大震災と、それが引き金になった福島第一原発の事故によって、日本社会のあり方や将来の見通しを根本的に考え直すことが要求されています。われわれ哲学・思想を研究する者にも、これまでとは異なったしかたで時代の現実に対応することが求められていると思います。震災からわずか半月あまり後の開催となった第35回大会では、急遽プログラムを変更し、緊急セッションを開催することとなりました。緊急に報告や司会を引き受けていただいた方々、また、こうした変更に機敏に対応していただいた会場校には、篤くお礼申し上げます。震災と原発事故後の人間と社会状況のあり方というテーマは、引き続き多くの哲学・思想系学会で取り上げられていますが、当学会としても、一過性のものに終わらせず、長いスパンで取り組んでいくべきものでしょう。
来年3月の第36回大会は、二つのシンポジウムと記念講演に加え、35回大会で行なうことのできなかった会長講演を改めて行なうという、内容の詰まったプログラムとなっております。今春の京都は、非常な寒さに見舞われましたが、来年、春の訪れが遅くなければ、国際基督教大学のキャンパスでは、美しい桜並木がわれわれを迎えてくれることでしょう。今年、震災の影響を受けて大会参加を見合わされた方々はじめ、多くの会員の皆様と再会できることを楽しみにしております。
学会通信 第47号(2010年10月)
新会長挨拶
中才敏郎(大阪市立大学)
第18期の会長を務めることになりました。何卒宜しくお願い申し上げます。
このたび、日本イギリス哲学会の会長を仰せつかりました中才敏郎です。日本イギリス哲学会は、星野前会長が指摘されましたように、イギリスの思想全般について、すなわち、哲学、倫理学、美学、宗教学はもとより、歴史学、文学、法学、政治学、経済学、社会学という幅広い分野から、多様な学問的背景をもつ研究者から成る学際的・横断的な学会です。本学会のそのような性格は、寺中平治先生が会長をされておりました折に刊行されました『イギリス哲学・思想事典』において、遺憾なく発揮されました。星野先生がいみじくも言われましたように、「学際性とサロン的雰囲気」こそ、本学会の最大の特徴であると言えるでしょう。
歴代の会長が本学会の課題として真っ先に挙げてこられましたのは、「国際化」であったように思われます。具体的には、研究成果の英語での発信、イギリスを含む外国の研究者との国際的な学術交流などが考えられます。もちろん、このような国際化に取り組むことは当然のこととして今後も継続されなければなりません。しかしながら、それはそれとしまして、私としては足元をもっと固める必要があるのではないかと感じております。会員数はほぼ横ばいの状況が続いておりますが、会員の数はともかくとしましても、イギリス思想を学際的、横断的に語る上で手薄な領域が見られます。シンポジウムの企画においてこれまでしばしば痛感されてきたことですが、せっかく立派な企画が出されましても、会員のなかにその企画を実現するだけの方を見出すことができず、企画を断念するような場面も多々ございました。とくに、文学や歴史、美学の領域でそれが多く見られます。「日本イギリス哲学会」という名称が文学や歴史関係の方々の参加を躊躇させているのかもしれません。たしかに、「哲学」という言葉を狭義に解しますと、文学や歴史、そして美学などは排除されるかもしれませんが、この学会がそのような狭義の「哲学」の学会でないことは会員の皆様がすでにご承知のことと思います。「学際性とサロン的雰囲気」を今以上に充実させるためにも、イギリス文化の研究に携わるいっそう多くの方々の参加を勧めていくべきかと考えております。
日本イギリス哲学会は、設立当初から、関東に事務局が置かれてきましたが、2000年(平成12年)に神野慧一郎会長の下、大阪市立大学に事務局が置かれてから、その後、早稲田大学、京都大学、聖心女子大学と、東西で交互に事務局を置くという流れが定着するかと思われました。ところが、聖心女子大学のあと関西で事務局を引き受けることができませんでした。これは私個人にも大いに責任があるのですが、私の勤務先である大阪市立大学は、当時人員削減の嵐の中、とても事務局をお引き受けできる環境にはありませんでしたし、さりとて関西で事務局を引き受けていただける大学も他になく、関東で事務局をお願いするしかありませんでした。
大学を取り巻く状況はますます厳しさを増しておりましたが、星野会長の下、ご無理を重々承知の上で、法政大学で事務局を引き受けていただくことになりました。法政大学は、このような状況のなかでも、滞りなく事務局のつとめを遂行されました。新事務局は、2010年4月から2012年3月まで、立命館大学文学部の伊勢俊彦研究室に置かれることとなりました。伊勢俊彦理事が事務局全般の業務を担当し、それを苅谷千尋幹事が補佐するという体制です。法政大学の事務局より業務の一部を外部に委託するという形をとることになりましたが、それでも多くの業務が事務局には課されております。今後とも、会員の皆様のご理解をお願いする次第です。事務局とともに、日本イギリス哲学会の一層の発展と円滑な運営に向けて、微力ながら、力を尽くす所存でおりますので、皆様のご指導を切にお願い申し上げる次第です。
第34回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第34回総会・研究大会は、2010年3月26日(金)・27日(土)の両日、慶應義塾大学日吉キャンパスにおいて開催された。世話人を務められた成田和信会員および慶応義塾大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった。
第一日目午前中の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に泉谷周三郎会員が選出され、選挙結果の報告等、各種議事が滞りなく進んだ。また総会内において、今回で第2回となるイギリス哲学会奨励賞の受賞者として、佐藤岳誌会員が発表され、続いて表彰が行われた。総会の後は、小泉仰会員による特別講演「福澤諭吉と宗教」が行なわれた。
第一日目の午後は、シンポジウムI「イギリス環境倫理思想」がおこなわれた。大久保正健・桜井徹両会員を司会として、嘉陽英朗会員、大石和欣会員、蔵田伸雄会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。専門を異にする提題者が環境倫理という優れて今日的な主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの、内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。2日目午前中は、7人の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われ、若手の研究者を中心に古典から現代まで様々な分野の意欲的な研究成果が報告された。
午後にはシンポジウムII「大正期の日本思想に与えたイギリス思想の影響」が冲永宜司・名古忠行両会員を司会として行われた。報告者は西田毅氏(同志社大学名誉教授・非会員)、織田健志氏(関西大学・非会員)、鈴木貞美氏(国際日本文化研究センター・非会員)。本年は、『白樺』創刊100年にあたることもあって、このテーマ設定となった。日本におけるイギリス哲学の受容は、本学会設立時以来持続的に取り組んできたテーマであったが、このところしばらくはシンポジウムでも取り上げておらず、最近ではむしろ異色のテーマとも言える。かつての取り組みの蓄積と今回の内容をつなげ、発展させていく課題が示されたと言えるかもしれない。
また、第一日目の午後6時から、慶応義塾大学内のファカルティラウンジにて懇親会が開かれ、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第35回総会・研究大会について
次回第35回大会は、2011年3月28日(月)・29日(火)の両日、京都大学吉田キャンパスにて行われます。同大学には、竹澤祐丈会員が所属され、大会世話人として大会開催に向けてご尽力いただいております。
第1日目には総会、記念講演、シンポジウムI:ヒューム誕生300年記念シンポジウム「いまなぜヒュームか」(司会:坂本達哉、一ノ瀬正樹、報告者:真船えり、奥田太郎、壽里竜、角田俊男、第2日目には個人研究報告(5会場、14人)、シンポジウムII:イギリス思想とヨーロッパの哲学)(司会:川添美央子、関口正司、報告者:伊豆蔵好美、伊藤誠一郎、矢島杜夫)が予定されています。
また、開催校事務局のご尽力により、より多くの会員にご参加いただくために、さまざまな受け入れ準備を進めています。詳しくは同封の別紙をご参照ください。
会場、参加申込等の詳しい内容については、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第2回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果
中才敏郎(選考委員長 大阪市立大学)
2009年9月26日、法政大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第2回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。
佐藤岳詩(さとう たけし)
「ヘアの普遍化可能性原理の形式性について」
(『イギリス哲学研究』第32号 2009年 掲載論文)
応募作は合計5編で、選考過程では、(1)問題設定と論述の明確さ、(2)議論の独創性、(3)論述内容の説得性、(4)将来の研究の発展の可能性等の項目を中心に慎重に検討をいたしました。
その結果、これらの項目の多くに関して、佐藤論文が他の4編より勝っているとの結論に達しました。当該論文を受賞作とする具体的な論点は以下の通りです。
佐藤論文は、R・M・ヘアの普遍化可能性原理を取り上げ、それが形式的なものかどうかを論じています。ヘアは、一方で、道徳判断の重要な性質が普遍化可能性と指令性であると主張し、他方で、そのようなメタ倫理学上の立場から選好功利主義という実質的な主張が導出されると論じました。このことは、普遍化可能性がヘアのいうような形式的原理ではなく、実質的な原理ではないかという批判を招きました。とりわけ、J・L・マッキーは普遍化の三段階を区別し、第三段階における普遍化が実質的な道徳的主張を含んでいるとヘアを批判しました。佐藤論文は、マッキーの批判を再批判し、マッキーの議論が成功していないことを説得的に示す一方、普遍可能性原理はヘアが言うように形式的な原理であって、選好功利主義を導出しているのは、普遍化可能性原理ではなくて、指令性と合理性であると主張し、とりわけヘアの合理性が実質的な内容を含んでいるのではないか、と示唆しています。本論文は、ヘアに関する内在的な研究として、丁寧に議論を展開しており、議論の着実な展開力は高く評価されてよいと思われます。しかし、残された課題も多くあること、とくに二次文献の扱いにおいて十分でないことなどの指摘も委員の間であったことを付言せねばなりません。しかし、本論文は氏の研究の更なる発展の可能性を期待させる内容となっており、委員会としては奨励賞にふさわしい論文であるとの結論に達しました。
ACNet(外部委託業者)より
2009年4月1日より、日本イギリス哲学会様の事務支援をさせて頂いております特定非営利活動法人CANPANセンター(学会支援サービス名称:ACNet(エーシーネット))です。
住所変更等の届け出及び会費の納入状況等に関するお問い合わせは、下記のACNet事務局までお願い致します。その他の学術的なお問い合わせは、従来通り日本イギリス哲学会事務局までお願い致します。
お問い合わせ内容 1.住所・所属先等の変更 2.会費納付状況の確認 3.会誌の発送について
※入退会申請については日本イギリス哲学会事務局までお問合せ下さい。
連絡先 特定非営利活動法人CANPANセンター
ACNet事務局 日本イギリス哲学会担当係
〒105-0001東京都港区虎ノ門1-15-16海洋船舶ビル8階
TEL 03-5251-3967 FAX 03-3504-3909
メール:ac013-jsbp@canpan.org
URL:http://canpan.info/acnet
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の3ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2010-2011年度部会担当理事
関東:坂本 達哉、柘植 尚則
関西:久米 暁、竹澤 祐丈
九州:関口 正司
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法
投稿規定にしたがって投稿してください。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募
者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
水田文庫新収蔵記念特別展について
本学会名誉会員である水田洋氏の蔵書が名古屋大学附属図書館に「水田文庫」として収蔵されたことを記念する秋期特別展「アダム・スミスと啓蒙思想の系譜」が、10月14日から11月11日まで、名古屋大学中央図書館展示室で開かれており、本学会も後援しています。10月30日には、水田洋・田中秀夫・篠原久の三氏による講演会が行なわれます。(13:30-16:30、名古屋大学中央図書館5階多目的室にて。)
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
本年4月から立命階大学で事務局を引き受けることになりました。法政大学の前事務局では、学会事務の一部業者委託、学会奨励賞の設立など新しい方式や事業に着手され、学会のいっそうの発展の基礎が築かれたと思います。事務局の仕事も以前よりは相当楽になっているはずなのですが、実際引き受けてみると、思った以上に細々とした仕事が多いものです。これらの仕事をこなしながら、現在ACNet事務局で行なってもらっている名簿や会計の管理をされていた、これまでの事務局の方々の苦労にはまったく頭の下がる思いがいたします。
本学会通信や別紙のご案内にもあるとおり、来年3月の研究大会は、京都大学に開催をお引き受けいただき、準備を進めております。来年はヒューム生誕300年にあたり、それに合わせて研究大会でもヒュームに関するシンポジウムを開きます。奇しくもというべきか、本学会が設立された1976年はヒューム没後200年にあたっておりました。この30年余のあいだに国内外のヒューム研究も大きく進展を遂げておりますが、今回のシンポジウムでは、若手を主体としたシンポジストらによって、いっそう斬新なヒューム像が提示されることと期待されます。前大会では、久しぶりにイギリス思想の日本への影響をシンポジウムで取り上げましたが、次回のシンポジウムのもう一つは、イギリス思想をヨーロッパ的視野でとらえようという新しい取り組みです。研究発表の申し込みも例年になく多く、充実した内容の大会となりそうです。たくさんの会員の皆様と、京都でお目にかかるのを楽しみにしております。(伊勢)
2000年代
学会通信 第46号(2009年10月)
第33回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第33回総会・研究大会は、2009年3月27日(金)・28日(土)の両日、宮崎大学木花キャンパスにおいて開催された。世話人を務められた伊佐敷隆弘会員、および宮崎大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった。
第一日目午前中の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に前田俊文会員が選出され、各種議事が滞りなく進んだ。また総会内において、今回が第1回となるイギリス哲学会奨励賞の受賞者として、島内明文会員が発表され続いて表彰が行われた。引き続き、星野勉会長による会長講演「規範理論としてのホッブズ社会契約論」と、質疑が行なわれた。
第一日目の午後は、シンポジウムI「アダム・スミス『道徳感情論』出版250周年を記念して」がおこなわれた。田中秀夫、只腰親和両会員を司会として、柘植尚則会員、新村聡会員、渡辺恵一会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。専門を異にする提題者がスミス『道徳感情論』という一つの主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの、内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。
2日目午前中は、7人の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われ、若手の研究者を中心に古典から現代まで様々な分野の意欲的な研究成果が報告された。
午後にはシンポジウムII「ダーウィンと現代」が桜井徹、入江重吉両会員を司会として行われた。報告者は藤田祐会員、横山輝雄会員、伊勢田哲治会員。ダーウィン生誕200年、『種の起源』公刊150年にちなんだ企画で、生物学からの観点とは異なる視点からの報告や質疑応答も含まれ、大会を締めくくるにふさわしい活発なシンポジウムとなった。
また、第一日目の午後6時から、生協食堂内の施設にて懇親会が開かれ、地元宮崎の焼酎等を酌み交わしながらの、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第34回総会・研究大会について
次回第34回大会は、2009年3月26日(金)・27日(土)の両日〔*事務局より:日程表記に誤記がございました。申し訳ありません(2009/11/22)〕、慶應義塾大学日吉キャンパスにて行われます。同大学には、成田和信会員が所属され、大会世話人として大会開催に向けてご尽力いただいております。
第1日目には総会、記念講演、シンポジウムI「イギリス環境倫理思想」(司会:桜井徹、 大久保正建/報告者:蔵田伸雄,嘉陽英朗,大石和欣/コメンテータ:三浦永光)〔*事務局より:司会とコメンテータの記載事項に一部誤りがございました。申し訳ありません(2009/12/10)〕、懇親会が、第2日目には個人研究報告(2会場、6人)、シンポジウムII「大正期以後の日本文学・芸術思想に与えたイギリス思想の影響」(司会:名古忠行、冲永宜司/報告者:西田毅、織田健志、鈴木貞美)が予定されています。
会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
追悼 杉原四郎先生
田中秀夫(京都大学経済学研究科)
本学会の第二代会長を務められ、創立時から理事としてもご尽力いただいた杉原四郎先生は、本年7月24日午後7時46分、呼吸不全のため兵庫県西宮市の病院で逝去された。1920年生まれだから、89歳であった。
京都大学卒業後、助手となり、総退陣事件のあと関西大学に移って、経済学部長などを務めたが、その後、甲南大学に転じ、81年から84年までは学長職にあった。マルクス、ミル、河上肇が先生の主要な研究対象であった。著編書など100冊を越える。One Book Writerというのは怠慢学者への蔑称だが、先生のような場合はどう言うのだろうか。
わたしは、甲南に杉原先生の後任として赴任した。1981年のことで、以来、親しくしていただいた。宿題なども時々出されたが、それは若造を鍛えてやろうという老婆心であったと思う。
それまでのわたしは先生の『ミルとマルクス』(1957年)の怠惰な読者であった。先生のお仕事では『J・S・ミルと現代』(1980年)を愛読した。マルクス文献では『経済学ノート』(1962年)のお世話になったし、『マルクス経済学への道』(1967年)、『マルクス経済学の形成』(1964年)も記憶に残っている。『マルクス・エンゲルス文献抄』(1972年)も有益だった。先生が極めようとされたマルクスは、厳しいマルクスでもなければ、怒れるマルクスでもなく、冷静な社会の解剖学者マルクスである。
甲南時代には、先生から次々と書物を頂戴し、恐縮するやら閉口するやらであったが、学問への姿勢を教えていただいた。先生は総合研究所の創設に尽力され、学長を退いてからは、総合研究所のプロジェクト「ヴィクトリア朝研究」を楽しまれていた。メンバーはロシア経済思想史とウェーバーの田中真晴、『アイルランド紀行』などで知られる高橋哲雄、イギリス史の村岡健次、ディケンズの松村昌家、スィフトの渡辺孔二さんなどであった。わたしも少し参加したことがあるが、わたしの主力は18世紀のプロジェクトで、フランス革命の前川貞次郎、ウェーバーの山口和男、ドイツ国制史の黒田忠史さんと楽しい2年間を過ごした。
甲南を定年でおやめになってから一年後に先生は東京で倒れられたが、見事に回復され、その後も凄まじいほどの仕事ぶりであった。本学会での活動は、1976年から1980年代半ばまでの10年ほどである。わたしが理事となった1988年には先生は理事を退かれたから、交代した格好である。先生は、創立期の理事たちと協力して、この学会でも多くのお仕事をされた。イギリス思想研究叢書9『J・S・ミル研究』(御茶ノ水書房、1992年)は山下重一、小泉仰理事との共編であったが、ミルの多面性を抉り出した重要な研究として、今でも参照に値する。(「日本イギリス哲学会30年史」2006年を参照)
碩学であった先生は、学会活動や教育よりも、書斎で仕事をされるタイプであったように思う。先生のご自宅の蔵書を拝見する機会がなかったのは残念だが、充実した蔵書を備えた自宅での自由な、しかし勤勉な執筆活動が、先生の膨大な著作の誕生を可能にしたに違いない、とわたしは思っている。もちろん、才能は言うまでもない。先生は、先輩、同輩、後輩の多数の優れた研究者からなる友人に恵まれ、羨ましいほどの、広い知的交友を楽しまれた。わたしの知る限りでは、アダム・スミスの会の関西の中心は先生であった。小林昇会長時代の京都の例会は、先生のほかに、出口勇蔵、河野健二、水田洋、田中真晴、久保芳和、溝川喜一、相見志郎、田中敏弘などといった実力者の集まりであった。偶然だが、溝川先生を除いて、京都の先生はみな亡くなった。
戦後、京都大学経済学部では、戦争責任を追及する新聞投書をきっかけに、教官が総退陣するという事件があった。全員がやめたのでは経済学部は再建できないというので、学部長が説得に当たり、教授助教授は辞表を撤回したために、講師助手が辞めた。『京都大学経済学部八十年史』(1999年)には記述はない。このとき、先生は、白杉庄一郎講師、有田正三、河野稔助手らとともに辞職されたのであった。歴史は予想外の展開を示す。先生が残っておられたら、おそらくマルクス経済学原論を持たれたのだろうと思う。そうすると後の田中真晴先生の原論教授就任もなかったであろう。しかし、またそうすると杉原先生はあれほど多くの労作をものに出来なかったかもしれないと思う。大学紛争に絡んだ竹本問題は田中先生の辞職、甲南への転出を引き起こした。甲南での二人は実に昵懇で、相互に尊敬しあう間柄であった。しかし、批判がなかったわけではない。多作であればよいというものではない。田中先生の杉原先生への唯一の批判は、その多作にあった。杉原先生は舌鋒鋭い後輩に対して寛容であった。
杉原先生は、立て板に水のごとくに文章を書かれた。田中先生は、書いては捨て、書いては捨てて、ゴミ箱がすぐに一杯になった。遅筆の田中先生は、弟子に対して、教科書や解説的な文章を書くことを禁じられた。わたしのもう1人の師匠であった平井先生は「田中くん、論文は一つでもメリットがあればよいのだ」と言われ、たくさん仕事をするように諭された。わたしは田中先生のような珠玉の論稿を持たないことを情けないと思う。そして杉原先生を真似るかのように、たくさん仕事してきたように思う。
丸山真男のような天才でもなければ、両立は難しい。わたしは寡作でも多作でも、どちらでもよいと思う。しかし、杉原先生が、多作でありながら優れた著作をたくさん遺されたことを思うと、先生も両立派だったと自戒の念をこめて認めざるをえない。先生はミルの「停止状態論」にもマルクスの「自由時間論」にも現代的問題意識から光を当てられた。それはわが国の社会科学の共有財産になっている。
著作集は、藤原書店から刊行中で、近く最終巻が出ると聞く。若い研究者に是非、読んでほしいと思う。
第1回日本イギリス哲学会奨励賞、講評
篠原久(選考委員長 関西学院大学)
2008年9月27日、法政大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第1回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。
島内明文(しまのうち あきふみ)
「アダム・スミスにおける道徳感情の不規則性」
(『イギリス哲学研究』第31号 2008年 掲載論文)
審査対象となった論文は合計4編で、選考過程では、(1)論文の骨子となっている基本概念を誤読もしくは誤解していないかどうか、(2)内在的・歴史的・批判的アプローチを問わず、原典の正確な読解にもとづいた研究となっているかどうか、(3)論述内容に十分な説得性がみられるかどうか、等の項目を中心に慎重に検討いたしました。
その結果、これらの項目に関して、島内論文が「学会奨励賞」の受賞作としてふさわしいとの結論に達しました。当該論文を受賞作とする具体的な論点は以下の通りです。
アダム・スミス研究に関しては(とりわけ諸外国では)最近になって、『道徳感情論』の研究が盛んになり、「倫理学者としてのスミス」が研究対象に設定されるようになりました。また現代倫理学分野でも、道徳的評価におよぼす「運・不運」(moral luck)の問題への関心から、ようやくアダム・スミスの「行為の功罪に関する人間感情に偶然性が与える影響について」という「道徳感情の不規則性」が注目されつつあります。島内論文は、これらの最近の問題提起をも踏まえながら、スミスの論述過程そのものにみられる整理の不備および外見上の矛盾等を指摘しつつも、「偶然性」(Fortune)の結果としての、他者への危害に伴う「自責の念や償い」に焦点をあわせるスミスの議論のなかに、「正義の執行」(社会の主柱)や「仁愛の付与」(社会の装飾)とは相対的に区別される独自の問題領域を見定めようとしています。ただ、島内論文には、哲学用語の使用法(訳語の問題)、および上記項目の(3)「論述内容の説得性」に関して、委員のあいだから不満が提出されたことも事実です。しかし最終的には、本委員会として島内論文を受賞作とすることに全員が一致いたしました。
ACNet(外部委託業者)より
2009年4月1日より、日本イギリス哲学会様の事務支援をさせて頂くことになりました特定非営利活動法人CANPANセンター(学会支援サービス名称:ACNet(エーシーネット))です。
今後、住所変更等の届け出、入退会のご連絡、及び会費の納入状況等に関するお問い合わせは、下記のACNet事務局までお願い致します(* web非掲載)。その他の学術的なお問い合わせは、従来通り日本イギリス哲学会事務局までお願い致します。
お問い合わせ内容 1.住所・所属先等の変更 2.入退会申請 3.会費納付状況の確認 4.会誌の発送について
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2008-2009年度部会担当理事
関東:岩井 淳、成田 和信
関西:伊勢 俊彦、桜井 徹
九州:岩岡 中正、関口 正司
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法
次の要領にしたがって投稿してください。
(投稿規程)
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
日本イギリス哲学会の事務局をお引き受けして、2年目となった。少しは仕事にも慣れてくるかと思っていたが、相変わらずの不手際・不注意で理事や一般会員諸氏にご迷惑をおかけしているのではないかと恐れるばかりである。
さて、本文中でも触れられている通り、総会での決定を受けて、今年度から学会事務の業務を一部外部委託とした。理事会でもいろいろ議論はあったが、学内での輻輳する雑事や、補助してくれる大学院生の手配の難しさなど事務局担当校の負担が能力の限界を超えつつあったための処置であることを、会員の方々にもご了解いただければ幸いである。まだ1年目ということで、必ずしもすべてが思い描いていた通りというわけには行かないが、今後互いに慣れてきて意思疎通がうまくいくようになれば、次期事務局の事務量がかなり軽減されることも期待される。
第33回大会において第1回イギリス哲学会奨励賞受賞者の発表があった。選考過程や選考理由について、詳しくは篠原委員長の講評をご覧いただきたい。この賞が今後若手研究者の登竜門として、学会内外の多くの方々に認知されることを願うものである。
最後になるが、本学会元会長の杉原四郎先生がご逝去された。田中秀夫会員の心のこもった追悼文が掲載されているので、是非お読みいただきたい。杉原先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(中釜)
学会通信 第45号(2008年11月)
新会長挨拶
星野 勉
第17期の会長を務めることになりました。何卒宜しくお願い申し上げます。
日本イギリス哲学会が創立30周年記念事業として総力を結集して取り組んだ『イギリス哲学・思想事典』(研究社)が、昨年(2007年)10月に刊行されました。これは、『イギリス哲学・思想事典』と銘打っていますが、イギリスの思想全般についての、哲学、倫理学、美学、宗教学はもとより、歴史学、文学、法学、政治学、経済学、社会学という幅広い分野からの、他に類を見ない充実した内容を誇っています。売れ行きも予想以上で、書評でも高い評価を得ています。それは、多様な学問的背景をもつ研究者からなる学際的・横断的な学会ならでは成し遂げえなかった成果であると言うことができます。田中秀夫15期会長のご挨拶に「小さくともキラリと光る学会」ということばがありますが、学際性とサロン的雰囲気、これは他の学会にはない本学会の最大の利点であり、今後の学会活動においてもこの利点が生かされるべきであると考えます。
ところで、日本イギリス哲学会の今後の課題の一つに、国際化を挙げないわけにいきません。しかし、これまでともすれば、国際化は、日本のイギリス哲学の研究水準を国際水準にまでどのようにして高めるかという、受容・受信の文脈で受け止められてきました。つまり、本場イギリスの研究にひたすら追いつけ、というものです。そして、そのような発想法自体に、非英語圏でイギリス哲学を研究することに付きまとう、ある種のコンプレックスが示されていると思われます。しかし、一ノ瀬正樹理事が『イギリス哲学研究』第31号編集後記で述べられているように、英語を母語としない非英語圏でイギリス哲学を研究する私たちは、「英語しか理解できない人に対して、一層広い文化的眺望をもてる点で、優位に立てるかもしれない」とも言うことができるのです。ここに、国際化を、たんなる受容・受信という観点からではなく、発信という観点から捉え直す重要なヒントが隠されていると思われます。いずれにしましても、今後ますます、研究成果の英語での発信、イギリスを含む外国の研究者との国際的な学術交流などが求められますが、そうしたなかで、真の国際化に向けて学会として具体的に何ができるか、という課題に真剣に向き合う必要があると考えます。
日本イギリス哲学会事務局は、2008年4月から2010年3月まで、法政大学文学部哲学研究室に置かれます。中釜浩一理事が事務局全般の業務を担当し、それを木島泰三幹事が補佐するという体制です。大学を取り巻く環境が大きく変化するなか、ますます煩雑化する学内業務に追われて、行き届かない点もあろうかとは存じますが、日本イギリス哲学会の一層の発展と円滑な運営に向けて、力を尽くす所存でおります。会員の皆様のご理解とご協力を切にお願い申し上げます。
第32回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第32回総会・研究大会は、2008年3月27日(木)・28日(金)の両日、帝京大学八王子キャンパスにおいて開催された。世話人を務められた沖永宜司会員はじめ帝京大学の方々のご尽力によって、今年度の大会もきわめて盛況であった。
第一日目午前中の総会では、会長の挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に村松茂美会員が選出され、理事および事務局の改選をはじめとする議事が滞りなく進み、総会は無事終了した。次いで春日喬氏による、「自己存在意識の発生と崩壊―共存のための理論を求めて―」と題された記念講演が行なわれた。
第一日目の午後は、シンポジウムI「イングランド-スコットランド合同のインパクト―合同300周年記念―」がおこなわれた。田中秀夫、松園伸の両会員の司会のもと、富田理恵、篠原久、犬塚元の会員が報告をされた。特定質問者は、村松茂美会員が務められた。本学会にふさわしいタイムリーなトピックで、活発な議論が展開された。
二日目午前中は、12人の会員による個人研究報告が3会場に分かれておこなわれた。時代的にも分野的にも幅広い、意欲的な報告がなされたが、特に外国人留学生会員による英語での報告が行なわれたことは、当会の国際化へ向けた第一歩とも見なしうるだろう。
午後にはシンポジウムII「言語行為論の再検討」がおこなわれた。一ノ瀬正樹、成田和信会員による司会の下、森達也、伊勢俊彦、山田友幸の3会員が報告を行い、フロアー側からの発言も含め、興味ある刺激的な議論が展開され、大会は成功裡に幕を閉じた。
また、第一日目の午後6時から、蔦友館2階食堂にて懇親会が開かれ、学会報告とはまた趣を異にする活発な談義が花開いた。
「日本イギリス哲学会奨励賞」規程について
第32回総会で創設が決定された「日本イギリス哲学会奨励賞」規程を掲載します。
* * * *
日本イギリス哲学会奨励賞規程
1.目的および名称
日本イギリス哲学会は、本学会若手研究者のイギリス哲学に関する優れた研究業績を顕彰し、さらなる研究を奨励するために、「日本イギリス哲学会奨励賞」(略称「学会奨励賞」)を設ける。
2.受賞資格者および対象
2-1.受賞資格者は、応募論文刊行時において満40歳以下の本学会会員とする。
2-2.対象は、前年度(前年4月1日~当年3月31日)に刊行された単著の論文とする。著書は対象としない。
3.応募方法
3-1.会員の推薦により、応募するものとする。自薦他薦を問わない。
3-2.応募論文(抜刷またはコピー6部)を、所定の書式による推薦理由書を添えて、期日(6月15日必着)までに学会事務局に郵送する。
3-3.『イギリス哲学研究』に掲載された前条【2】を満たす公募論文は、自動的に(前項【3-2】の手続きを経ることなく)選考対象とされる。
4.選考方法
4-1.本賞を選考するために、理事会は、理事から選考委員長1名、理事を含む会員から選考委員4名を選び、計5名からなる選考委員会を設ける。
4-2.選考委員長および選考委員の任期は1年とする。再任を妨げないが、連続して2年を超えることはないものとする。
4-3.選考委員長のもとで選考委員会が期日(10月31日)までに選考を行い、理事会に選考結果を報告する。理事会は、選考結果の報告をうけ、受賞作を決定する。受賞作は原則1編とする。
5.賞の授与および公表
総会において、選考委員長が選考結果の報告をした後、会長が受賞者に賞状と副賞(賞金)を授与する。
本人からの公表辞退の申し出がないかぎり、これを「学会通信」、学会ホームページなどを通じて公表する。
6.附則
6-1.本規程は、2008年4月1日から施行する。
6-2.本規程の改正は、理事会の議を経て、総会の承認を得るものとする。
日本学術振興会への要望書提出について
第133回理事会において田中秀夫理事より、日本学術振興会の出版助成が、特に文科系に厳しい形で縮小・廃止されようとしているので、その再考を求めて、本学会が緊急アピールを出すことが提案されました。その後第134回理事会にて審議が図られ、日本学術振興会研究部長宛に下記の要望書が提出されました。以下、要望書本文の全文を再録しておきます。
* * * *
平成20年 7月28日
独立行政法人 日本学術振興会
研究部長 渡邊淳平殿
日本イギリス哲学会
会長 星野 勉
科学研究費補助金研究成果公開促進費「学術図書」に関する要望書
貴振興会管轄の科学研究費補助金研究成果公開促進費が、昨年から今年と連続して、大幅に削減されました。この補助金は、人文社会科学を専攻する研究者にとっては、非常に力強い大きな支えとなってきました。とりわけ、初めてのまとまった研究成果を社会に問おうとする若手研究者のモノグラフに対して、この研究成果公開促進費が果たしてきた支援の役割は非常に大きなものがありました。
優れた研究書を商業ベースで出版することはまことに困難であります。いずれかの出版助成を得ることなしには、特に無名の若手研究者が意欲作を刊行することはほとんど不可能に近いことであります。これまで長く貴振興会が果たされてきた支援事業は、きわめて重要でした。
現状維持でもなかなか厳しいものがありますが、今後、これ以上の補助金の削減はなされないように切にお願い申しあげたいと思います。そして可能な限り、制度を充実していただき、採択率と金額を充実してほしいと希望します。人文社会科学はいったん衰退すると容易に復活しません。人文社会科学も人類の英知を継承し、現在から将来にかけて、より優れた学問成果を実現することによって、よりよき日本の社会と文化の形成、そしてまた人類の繁栄に寄与しうると考えます。そのような課題は人文社会科学の場合、研究成果の公開への支援なしには実現困難であります。
わたしたちの学会は、英国の人文社会科学の研究に携わる研究者が形成している400人規模の全国学会でありますが、これまで研究成果公開促進費を受けて研究成果を刊行した会員も多数おります。この制度の維持充実がきわめて重要であることを、学会として確認いたしました。そういう次第で、この要望書を提出させていただきます。
永井文庫展示会・講演会への協賛について
名古屋大学付属図書館主催の永井義雄文庫展示会にイギリス哲学会が協賛しました。展示会は10月6日より10月26日まで名古屋大学で開催され、18日には土方直史氏、柳田芳伸氏、永井義雄氏を講師とする講演会が行われました。
個人研究発表と論文の公募
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2008-2009年度部会担当理事
関東:岩井 淳、成田 和信
関西:伊勢 俊彦、桜井 徹
九州:岩岡 中正、関口 正司
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 邦文の場合は完成原稿(400字詰め原稿用紙40~50枚相当)、英文の場合は完成原稿(5,900~7,300 ワード)と、英文アブストラクト(別紙に100語以内)を事務局に送付 ※
※ 応募論文原稿は、原則としてワープロ・ソフトで作成し、印刷されたものを3部提出してください。そのうちの1部には投稿者名を記載し、残りの2部については投稿者名を記載せず、本文や註に投稿者名が判明するような表現も削除してください。なお、投稿論文は返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。また、審査の結果、掲載が決定した論文については、追って、フロッピー・ディスクでの入稿を求めますので、電子ファイルの保存をお願いいたします。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
本年4月から事務局が変わり、「学会通信」の編集も担当することになった。これまで(気楽な?)一般会員だったころは、他学会の一般的なニューズペーパーにくらべて、本学会のかなり厚手の「通信」に感心しはしたが、正直に言えば、特に注意して読むことも少なかった。今回自分が編集する側にまわって、過去の「通信」を読み返してみて、あらためてその充実ぶりに驚くと共に、これまでの事務局のご苦労がようやく理解できたところである。正確な情報を記載するというごく当然のことのためにも、何度も何度も資料を確認する必要があり、相当の手間がかかる、ということすら、うかつにも思い浮かばず、発行が例年より多少遅めになってしまったことを、会員の皆様にお詫び申し上げたい。本号がこれまでの号に比べて特段に見劣りしてはいないことを、祈るばかりである。
さて、すでにご承知の通り、 本年度より「イギリス哲学会奨励賞」が設けられた(規定が本号に再録されている)。第一回は現在選考委員会で選考中であり、受賞者は次回大会において発表されることになるが、今後この賞が若手研究者の刺激となり、イギリス哲学研究のますますの発展に寄与することを、事務局としても願うものである。応募の規定等を是非もう一度ご確認いただき、次回はさらに多くの方々に応募していただければ幸いである。
また本号には、前回大会で承認された、学術振興会への学会からの要望書の全文が収録されている。本学会のような基礎研究に対する公的助成がますます厳しさをます状況で、学会としての姿勢を示したものである。どうかご一読をお願いしたい。
学会通信 No. 45
2008年11月発行
学会通信 第44号(2007年10月)
第31回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第31回総会・研究大会は、2007年3月27日(火)・28日(水)の両日、京都の同志社大学今出川キャンパス寒梅館において開催された。 交通の便もよく、またキャンパスの素晴らしさもあって、136名と多くの参加者があった。会場校として、大会の準備の段階を含め、開催や運営にご尽力いただいた、 同志社大学の深田三徳会員、濱真一郎会員、戒能通弘会員に深くお礼を申し上げる次第である。
第一日目午前中の総会では、寺中平治会長の挨拶、西澤由隆同志社大学法学部長による開催校挨拶があり、続いて議長に名古忠行会員が選出され、議事は滞りなく進み、総会は無事終了した。次いで寺中平治会長による、「G.E.ムアと自然主義の誤謬」と題された会長講演が行なわれた。
第一日目の午後は、シンポジウムⅠは「ジョン・スチュアート・ミル研究の現状と可能性―生誕200年と記念して―」という題で、本学会に相応しいテーマであった。司会者として泉谷周三郎、有江大介の両会員、報告者として多胡智之、松井名津、成田和信の会員が各報告をされた。また特定質問者は、小田川大典、深貝保則の両会員が務められた。フロアーからの発言も活発で、日本における今後のミル研究の方向を示唆するシンポジウムであったと思われる。
二日目午前中の個人研究報告では、4人の会員による研究報告が、9時50分から12時まで、2会場に分かれて開かれた。今年度の研究報告は、新しい視点を求めての報告が多かった ように思われる。午後のシンポジウムⅡは、伊勢俊彦、冲永宜司両会員の司会の下に、「古典経験論と分析哲学」というテーマでなされた。報告者には、この方面の第一人者で あられる京都大学の冨田恭彦教授にもご参加いただき、次いで今村健一郎、久米暁の両会員の報告、さらにフロアーからの発言も含め、興味ある、活発な議論が展開された。
第32回総会・研究大会について
次回第32回総会・研究大会は、2008年3月27日(木)・28日(金)の両日、帝京大学(八王子キャンパス)で開催されます。同大学には、冲永宜司理事が所属され、 大会世話人として大会開催に向けてご尽力いただいております。
第一日目には、総会、記念講演(春日 喬)、シンポジウムⅠ「イングランド-スコットランド合同のインパクト-合同300周年記念―」 (司会者:田中秀夫、松園 伸、報告者:富田理恵、篠原 久、犬塚 元)、懇親会が、第二日目には、個人研究報告、シンポジウムⅡ「言語行為論の再検討」 (司会者:一ノ瀬正樹、成田和信、報告者:森 達也、伊勢俊彦、山田友幸)が予定されています。
会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
『イギリス哲学・思想事典』の刊行について
学会設立30周年記念事業の一つである『イギリス哲学・思想事典』が、予定通り2007年10月下旬に研究社より刊行されることになりました。事項篇(183項目)、人名篇(371名)、索引(事項・人名・書名)の3部構成で、総頁数は約800頁です。
2004年11月の理事会で企画が了承されてから3年で刊行に至ることができましたのも、会員の皆様のご理解とご協力によるものと存じます。 厚く御礼申し上げます。とくに、執筆者の皆様には、執筆や校正はもちろん、字句の統一や索引の作成に関して多大なご協力を賜り、誠に有難うございました。
スマウト教授講演会
本学会共催の「スマウト教授講演会」が9月15日(土)午後2時から5時まで、京都大学経済学研究科(法経総合研究棟2階)201演習室にて行われた。 講師のスマウト教授Prof T.Christopher Smoutは10年前にも京都大学で講演を行っている。今回の主題は、今年300年を迎えた合邦(合同)で、「イングランドと合邦したスコットランド―1800年から現在まで」Scotland Union with England, 1800 to the Presentというものであった。 2世紀あまりを鳥瞰した講演は、「ブリティッシュネス」から始まり、盛りだくさんな論点を持っていたが、近年のスコットランドのナショナリズムについての分析や、 イングランドのスコットランドからの分離論を予想するといった議論は特に興味をひいた。合邦体制と帝国へのスコットランドの貢献も大きいけれども、それほど 合邦からスコットランド得ている利益もまた大きいという。
教授は現在、Emeritus Professor of St Andrews University;Historiographer Royal in Scotlandとして、講演などに招かれることも多いが、 悠々と研究を楽しんでいるとのことであった。参加者は25名で、半数は学会の会員であった。講演会のあとに懇親会も盛会で有意義であった。(田中秀夫・京都大学経済研究科)
Professor Chris Smout is Scotland’s most celebrated historian, and Historiographer Royal. He first taught in Scotland in 1959 when he joined the newly-formed department of Economic History at Edinburgh as assistant lecturer. He remained there, eventually becoming Professor of Economic History, until 1980, when he moved to the chair of Scottish History at St Andrews, starting a new department. He retired from teaching in 2000. His best known contributions have been to social history, notably The History of the Scottish People (1969) and The Century of the Scottish People (1986). He has also written extensively on demographic history and many aspects of economic history. Since the mid-1990s, he has developed the new discipline of environmental history in Scotland, giving the Ford Lectures in Oxford in 1999, published under the title of Nature Contested, Environmental History in Scotland and Northern England since 1600. His most recent publications in this field have been in woodland history. He served for 14 years on the Royal Commission on the Ancient and Historical Monuments of Scotland, and he has been a member of the Royal Commission on Historical Manuscripts, of the Trustees of the National Museums of Scotland and of the board of Scottish Natural Heritage, where he was deputy chairman. He has lectured in China, Japan, USA, Canada and Australia.
出典 http://www.dundee.ac.uk/history/UnionConference/
個人研究発表と論文の公募
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A) 各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2006-2007年度部会担当理事
関東:中釜浩一、山岡龍一
関西:伊勢俊彦、桜井徹
九州:関口正司
(B) 研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C) 『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 邦文の場合は完成原稿(400字詰め原稿用紙40~50枚相当)、英文の場合は完成原稿(5,900~7,300ワード)と、英文アブストラクト(別紙に100語以内)を事務局に送付 ※
※応募論文原稿は、原則としてワープロ・ソフトで作成し、印刷されたものを3部提出してください。そのうちの1部には投稿者名を記載し、残りの2部については投稿者名を記載せず、本文や註に投稿者名が判明するような表現も削除してください。
なお、投稿論文は返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。
また、審査の結果、掲載が決定した論文については、追って、フロッピー・ディスクでの入稿を求めますので、電子ファイルの保存をお願いいたします。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
会員の動静
入退会承認後会員数
正会員 401名
名誉会員 15名
賛助会員 6法人
計 416名・6法人
事務局より
本学会のHP上の記載事項について
HP中の記載事項に関して誤植や間違いを発見された方は、事務局にお知らせください。 特に『イギリス哲学研究』の最新号やバックナンバーの目次の記入に関して、論文執筆者ご本人に確認していただければありがたく存じます。
会費納入のお願い
2007年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
本学会の学会誌の特徴の一つとして、書評の数が多いことがあげられよう。しかも原則2頁もスペースが与えられているので、読み応えがあるものが多い。現在編集中の第31号にも、こっそりお知らせすれば、和書13冊、翻訳書2冊、洋書9冊掲載予定と聞いている。そのうち和書に関しては書評対象は出版社に寄贈をお願いして、評者に贈呈している。だが洋書に関しては何となく敷居が高い感じがしてこれまで同じようにはしてこなかった。自前で購入していいただいていたわけである。さすがにこれは悪いと田中前会長のご提案とご協力により、思い切って今回海外の出版社に寄贈を募ってみた。結果は思ったよりもうまくいった。Oxford、Cambridege、Harvard、Olmsからは、学会誌をサンプルとして送るようにという条件付ながら、気持ちよく寄贈してもらえた。特にCambridgeからは何と4冊もである。 何でもやってみる価値はあるものである。その際HPを見たいという要請もあったので、少なくとも一部は英文化することが急務であろう。
尚、会員の方から、書評対象図書や評者の決定プロセスに関してご質問が以前にあったので、この場を借りてお答えしておきたい。通常は7月期の理事会の前に理事諸氏にアンケートを送って書評候補図書を推薦してもらい、編集委員会で図書と評者の候補を決めた上で最終的に理事会で決定することになっている。だから会員の中でこれを書評してほしいという要望がある場合には、理事のどなたかにまずアプローチしていただくのがよいと思われる。
今回寄稿して下さった方々、編集に協力していただいた方々に感謝申し上げます。 また掲載記事に誤りがあった場合にはお知らせくだされば幸いです。
学会通信 No. 44
2007年10月25日発行
学会通信 第43号(2006年10月)
新会長挨拶
寺中 平治
第16期の会長を務めることになりました。何卒よろしくお願いいたします。
この3月の総会・研究大会で、本学会も30周年を迎えました。30周年を記念して、田中秀夫前会長の下に、『日本イギリス哲学会30年史』と『イギリス哲学・思想事典』(研究社)の刊行が計画されました。前者については本年3月に発刊され、皆様のお手許に届いていることと思います。事典については、鋭意編集中でありますが、本学会が総力を挙げて取り組んでいる企画で、来年10月の刊行が俟たれるところです。この事典は、ある意味では、これまでの学会の研究活動のまとめとなると同時に、今後の研究活動の礎となると思われます。
30周年を迎えた本学会の今後の課題は、すでにこれまでも議論されていることですが、イギリスの学会や世界の学会との交流です。本学会の設立に当たっては、イギリスからの働きかけもあったと聞いていますが、その後活発な交流がなされているとはいえません。これを具体化する方策としては、日本人研究者の英語での論文を『イギリス哲学研究』に掲載したり、研究大会時に英語での研究発表を行い、日本の研究水準をイギリスや世界の学会に向けて発信し、理解してもらうことが大事です。今期の編集委員会や企画委員会では、そのような方向に向かっての取り組みがはじまっています。イギリスの哲学界との交流でもっとも望まれるのは、人的交流でしょう。しかしこれは費用の問題もあるので、簡単にはいきませんが、学術振興会等の外部団体の利用が考えられます。イギリス哲学界との交流については、会員各位の積極的な意見をいただければ幸いです。
学会の事務局は、聖心女子大学におき、米澤克夫理事が事務局担当をお引き受け下さいました。また幹事として、聖心女子大学哲学科博士課程の磯部悠紀子および聖心女子大学副手の永野綾子の両会員が就任しました。これまで事務局がおかれていた京都大学に比べれば、聖心女子大学は小規模な大学ですが、哲学科も設けられており、できるだけスムーズに学会の運営が行われるよう努力する所存です。会員の皆様のご指導とご協力をお願いする次第です。
第30回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第30回総会・研究大会―学会創立30周年記念大会―は、2006年3月27日(月)・28日(火)の両日、早稲田大学政治経済学部において開催された。1976年に本学会創立時の大会も、同じ早稲田大学政経学部で開催されており、感銘深いものがあった。30周年記念と銘打たれた大会は、例年にも増して盛会であった。会場校として、大会の開催や運営にご尽力いただいた、早大の佐藤正志会員、飯島昇藏会員、谷澤正嗣会員、放送大学の山岡龍一会員各位に深くお礼を申し上げる次第である。 第一日目午前中の総会では、田中秀夫会長の挨拶、佐藤正志会員から開催校挨拶があり、次いで飯島昇藏会員が議長に選出され、議事は滞りなく進み、また早大学術院長の藪下史郎教授より歓迎の辞をいただき、総会は無事終了した。
総会の後は、リーズ大学名誉教授であられるWilliam Arthur Speck氏による、”British Conservatism from Burke to Beaconfield”という題の特別講演が、松園伸会員の司会のもとに行われた。30年記念大会にふさわしい講演であった。午後のシンポジウムⅠは、「日本イギリス哲学会30周年記念シンポジウム―イギリス哲学研究の現状と展望」という題で、司会者として只腰親和、中才敏郎の両会員、報告者として中釜浩一、押村高、深貝保則の各会員、特定質問者として山岡龍一会員が当たられ、興味ある報告に基づいた活発な議論が、フロアーからの発言も含めて行われた。
二日目午前中の個人研究報告には、9人の会員による研究報告が、9時から3会場に分かれて開かれた。また午後のシンポジウムⅡは、「イギリス思想におけるプロパビリティ」というテーマで、一ノ瀬正樹、伊勢俊彦両会員が司会で、滝田寧、古賀勝次郎、千賀重義の各会員が報告をおこなった。
第一日目のシンポジウムⅠの後、午後6時から早大の大隈ガーデンハウスで懇親会が開かれた。名誉会員も30周年を記念して、多数ご参加いただき、学会30年の思い出話を聞くことができ、懐旧談に花が咲いたが、現役会員にはこれからの新たな学会の活動について思いを馳せた方が多かったのではないかと思われる。
第31回総会・研究大会について
次回第31回大会は、2007年3月27日(火)・28日(水)の両日、同志社大学 今出川キャンパスで開催されます。同大学には、深田三徳、濱真一郎、戒能道浩の三会員が所属され、大会開催に向けてご尽力いただいております。
第一日目には、総会、会長講演、シンポジウムⅠ「ジョン・スチュアート・ミル研究の現状と可能性―生誕200年を記念して―」、懇親会が、第二日目には、個人研究報告、シンポジウムⅡ「古典経験論と分析哲学」が予定されています。
会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
*なお第32回総会・研究大会(2008年3月)は帝京大学(八王子キャンパス)にて開催する了承を得ました。
個人研究発表と論文の公募
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A) 各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2006-2007年度部会担当理事
関東:中釜浩一、山岡龍一
関西:伊勢俊彦、桜井徹
九州:関口正司
(B) 研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内
申込先 事務局
(C) 『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 完成原稿(400字詰め原稿用紙50枚以内)と英文アブストラクト(別紙に100語以内)を事務局に送付 ※
※応募論文原稿は、原則としてワープロ・ソフトで作成し、印刷されたものを3部提出してください。そのうちの1部には投稿者名を記載し、残りの2部については投稿者名を記載せず、本文や註に投稿者名が判明するような表現も削除してください。
なお、投稿論文は返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。
また、審査の結果、掲載が決定した論文については、追って、フロッピー・ディスクでの入稿を求めますので、電子ファイルの保存をお願いいたします。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
(学会誌への英語論文投稿に関しては、継続審議中で、結論が出ていません。当分は和文でお願いします。)
会員の動静
入退会承認後会員数
正会員 396名
名誉会員 15名
賛助会員 6法人
計 418名・6法人
濱田義文会員を偲んで
星野 勉
2004年9月10日、本学会の会員である法政大学名誉教授濱田義文先生がご逝去されました。享年81歳でした。
先生はわが国におけるカント研究の権威として夙にその名を知られていますが、先生のカント研究の卓越した特徴は、シャフツベリー、ハチソン、マンデヴィル、そして、ヒューム、スミスらのイギリス・モラルフィロゾフィーならびにフランスのルソーの影響関係のもとに、カント哲学をその生成過程から再解釈され、カント・ヒューマニズムの根本精神を解明された点にあると言えます。また、厳格な研究スタイルによるカント哲学の内在的研究、思想史的・概念史的研究に加えて、アーレント、ベイナーらの現代政治・社会哲学に連なる問題関心のもとに、カント研究の枠組みを超える研究を展開された点に、先生の哲学研究の奥行きと同時に広がりを見て取ることができます。
主著は、『若きカントの思想形成』(勁草書房、1967年)、『カント倫理学の成立―イギリス道徳哲学およびルソーとの関係』(勁草書房、1981年)、『カント読本』(法政大学出版局、1989年)、『カント哲学の諸相』(法政大学出版局、1994年)などです。
先生は、大会校を引き受けられるなど本学会の運営に寄与されましたが、ほかにも、日本倫理学会では常任評議員を、日本カント協会では常任委員、会長を務められました。また、熊本大学(1951~73)では法文学部長、法政大学(1973~94)では大学院委員会議長、図書館長などの要職に就かれました。
日本イギリス哲学会は、濱田先生の生前のご尽力に感謝し、ここに心から哀悼の意を表します。
学会設立30周年記念事業について
学会創立30周年を迎えての記念事業としては、すでに『日本イギリス哲学会30年史』が2006年3月に刊行されました。もう一つの企画である『イギリス哲学・思想事典』(研究社)は、中項目の事項と人名からなる事典で、2007年10月の刊行を目指して編集中です。
なお30周年記念事業として計画されたものではありませんが、2007年3月発行の学会誌『イギリス哲学研究』も、第30号という記念号になるところから、「最重要なイギリス哲学者は誰か」について、アンケート結果とコメントを掲載する予定です。
事務局より
会費納入のお願い
2006年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
本学会は今年3月の総会・研究大会で30周年を迎えたと寺中新会長挨拶にもあるが、この学会通信はNo.43である。年に複数回発行された時期もあったのであろう。仕事の多忙さについ弱音を吐いてしまうこともある事務局としては、先輩諸氏の熱意を煎じて飲む必要があるようである。
今回上記の幾つかの箇所で触れられているとおり、一ノ瀬編集委員長発案になるアンケートが行われるので、返信ハガキが死蔵されることなきよう是非会員諸氏に投函をお願いしたいと思う。どんな結果が出るか、またそれに編集委員長のどんなコメントが付けられるか今から楽しみである。
今回寄稿して下さった方々、編集に協力していただいた方々に感謝を申しあげます。また掲載記事の誤りなどがございましたら、お知らせいただければ幸いです。
学会通信 No. 43
2006年10月25日発行
学会通信 第42号(2005年10月)
学会30周年を控えて
田中 秀夫
泉谷前会長、早稲田の前事務局から京都大学経済学研究科に事務局を引継いでから、早いもので、すでに1年半が経ちました。途中、事務局の担当者が入れ替わり(竹澤さん、壽里さん、ご苦労様でした)、会員の皆さん、理事の皆さんにご迷惑をかけることも多かったと思いますが、今は幹事として会員の太子堂正称さんと村井路子さん、会計と名簿管理を非会員の逸見修二さん(会計の専門家としての知識をもっていますので助かっていますが、彼はフランスとヨーロッパの近代思想史を研究しています)にお願いして、理事会に際しては中澤信彦さんに応援してもらって運営するという形に定まり、安定してきました。太子堂さんには郵便物の発送や30年史関係を中心に分担してもらっています。村井さんにはホームページの維持管理と文書関係を担ってもらっています。任期は残り半年足らずですが、実は、この半年にはたくさんの仕事があります。ルーティンの学会誌『イギリス哲学研究』第29号の刊行のほかに、30周年記念事業、役員選挙、名簿作成などが主なものです。大過なく役目を果たせるように努めたいと思っています。よろしくご支援をお願いします。
わが学会は来年、2006年6月に創立30周年を迎えます。30周年は節目であり、30周年を記念して、第30回大会は、充実した大会になるように、主催校の早稲田大学と企画委員会にご努力願いました。また30年史については寺中理事を中心に編集が進められており、早稲田の大会時に会員各位にお渡しできる予定です。さらに柘植理事を中心にして『イギリス哲学思想事典』の企画が進められており、項目案が出揃いつつある段階です。これは来年出版というわけには行かないと思われますが、できるだけ多くの会員の参加を得て、充実した、役に立つ事典にしたいと思っています。
学会のこれからの課題としては、研究論文集の企画、いまだ翻訳のない近代の古典的文献の翻訳、海外の学会との交流の促進、英文出版物の企画、海外の学会や研究集会への会員のより積極的な参加、外国人研究者の招聘、そして地方部会の充実などがあげられるでしょう。またイギリス哲学思想研究の発展のために、さらにいっそう積極的に事業を行っていく必要があります。会員の皆さんからの積極的なご提案を歓迎します。
第29回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第29回総会・研究大会は、2005年3月29日(火)・30日(水)の両日、神戸大学百年記念館(神大会館)にて開催されました。117名の会員の参加を得て盛会となりました。桜井徹会員をはじめとする主催校 神戸大学の皆様、講演・報告・司会を務められた皆様には、心より御礼申し上げます。
第一日目午前には、総会の後、隔年に行われる会長講演として、田中秀夫「啓蒙、共和主義、経済学」の報告が行われました。
午後からは「近代イギリス思想における戦争と平和」をテーマとするシンポジウムⅠが行われました。伊勢田哲治会員、太田義器氏(摂南大学・非会員)、濱真一郎会員による報告に続き、五野井郁夫会員、小田川大典会員からの特定質問を経て、会場全体による活発な質疑と討議が行われました。夕刻には、場所を瀧川記念会館に移して懇親会が開かれ、盛会のうちに第一日目が終了しました。
第二日目午前には、2つの会場において、戒能通弘会員、山本圭一郎会員、瀧田寧会員、小草泰会員による個人研究報告が行われました。
午後には、「時間論:その過去と現在」をテーマとするシンポジウムⅡが開かれ、大久保正健会員、入不二基義氏(青山学院大学・非会員)、加地大介会員による報告が行われました。会場との間で熱心な討議が交わされ、研究大会は盛会のうちに無事終了しました。
第30回総会・研究大会について
次回第30回大会は、2006年3月27日(月)・28日(火)の両日、早稲田大学西早稲田キャンパスにて行われます。同大学には、佐藤正志理事、飯島昇蔵会員など多くの会員が所属されています。山岡龍一理事にもご尽力いただいています。
第一日目にはシンポジウムⅠ「日本イギリス哲学会30周年記念シンポジウム――イギリス哲学研究の現状と展望」、第二日目にはシンポジウムⅡ「イギリス思想におけるプロバビリティ」が予定されています。
また初日には記念講演としてリーズ大学のスペック教授の「英国の保守主義」についての講演、2日目には9人(3会場)の報告が行われます。
会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
*なお第31回総会・研究大会(2007年3月)の開催校については同志社大学(今出川学舎)に了承を得ました
(深田三徳、濱慎一郎、戒能通弘会員)。
個人研究発表と論文の公募
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A) 各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2004-2005年度部会担当理事
関東:山岡龍一、柘植尚則
関西:伊勢俊彦、小田川大典
九州:関口正司
(B) 研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内
申込先 事務局
(C) 『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法 完成原稿(400字詰め原稿用紙50枚以内)と英文アブストラクト(別紙に100語以内)を事務局に送付 ※
※応募論文原稿は、原則としてワープロ・ソフトで作成し、印刷されたものを3部提出してください。そのうちの1部には投稿者名を記載し、残りの2部については投稿者名を記載せず、本文や註に投稿者名が判明するような表現も削除してください。
なお、投稿論文は返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。
また、審査の結果、掲載が決定した論文については、追って、フロッピー・ディスクでの入稿を求めますので、電子ファイルの保存をお願いいたします。
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
学会誌への英語論文投稿に関しては、継続審議中で、結論が出ていません。当分は和文でお願いします。
会員の動静
入退会承認後会員数
正会員 398名
名誉会員 14名
賛助会員 7法人
計 412名・7法人
学会設立30周年記念事業について
日本イギリス哲学会は2006年に30周年を迎えます。そこで記念事業として、『日本イギリス哲学会30年史』の刊行と、『イギリス哲学思想事典』の出版を行うということを決定し、現在、編集作業を進めています。
『30年史』は学会のサーヴェイと資料編の2本立てにする予定です。編集の準備過程で、実は過去の理事会等の記録が不備であることが判明しました。事務局には、大会記録、年報などはありますが、当初から20年分ほどの総会資料、理事会資料、議事録などがありません。また古い会員名簿もありません。
そこでお願いです。このような資料をお持ちの方は、しばらく事務局にお貸し願えませんでしょうか。また創立理事などをお努めいただいた会員の手元にはその他、参考になる記録が残されているのではないかと思われます。何でも結構ですから、過去の学会の活動がわかる資料があれば、事務局にご提供いただければ幸いです。総会資料、理事会の資料と記録などがあれば、助かります。
『イギリス哲学思想事典』は大項目の事項と小項目の人名との2本立てにすることが決まりました。最新の事典として専門研究者と市民、学生が利用できる優れた事典にすること、できるだけ多くの会員に執筆していただくことなどが方針となっています。大項目案は委員会で原案が出来つつあります。次回理事会で、執筆候補者の原案をつくり、執筆依頼をすることになりますが、依頼は年明けになろうかと思います。会員各位のご協力をお願いします。出版社については目下、交渉中です。
H・T・ディキンスン教授セミナーについて
2005年3月中旬に、京都大学経済学研究科と早稲田大学においてエディンバラ大学歴史学部のディキンスン教授(Professor H. T. Dickinson)の5回にわたるセミナーが開かれました。このセミナーは、共同研究者である田中秀夫会長を中心に、中澤信彦会員と松園伸会員が準備と運営にあたりました。なかでも3月22日に開かれた第5回は、本学会の後援を受けたものです。さらに会員からも相当数の参加がありましたのでご報告いたします。
ディキンスン教授は18世紀ブリテンの社会思想とくに政治思想の歴史的研究において、指導的な役割を果たしてこられました。主著『自由と所有』は邦訳が近日中に公刊される予定です。
セミナーでは、バーク、プライス、ペインを中心に、フランス革命やアメリカ独立革命といった当時の国際情勢に対するそれぞれのリアクションがテーマとなりました。また一方で、カリカチュアのスライドショーなど、ブリテン国内の政治文化についても取り上げられ、思想家たちが国外・国内ともに政治的に緊迫していた時期に対峙していたことがあらためて論じられました。本学会の会員からは哲学、経済思想からのコメントもあり、政治思想にとどまらず広い議論になりました。用意されたペーパーを越えた議論に発展することも多々ありました。とくに、本学会の後援を受けた第5回セミナーは、「THE RADICALISM OF THOMAS PAINE 1737-1809」というタイトルでおこなわれましたが、最終回ということもあって、熱心な参加者を得ることができたように思われます。予定時間を過ぎても毎回議論は尽きず、休憩時間を削るほどでした。教授を囲む夕食会も含め、盛況のうちに終わることができました。
事務局より
会費納入のお願い
2005年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
3月末退会希望者等の措置について
3月末に退会を希望する会員がしばしばありますが、3月末に発刊される学会誌は、新年度の業務を先んじたものですので、新年度の会費が必要となります。
会費納入をめぐるウヤムヤを避けるために、今後事務局は、3月末に退会を希望する会員に対して、学会誌を配布しないことを決定いたしました。ご了承ください。
「会員名簿」の整備について
全巻を揃えるために寄贈を募っています。
名簿作成について
葉書でのデータ報告について 開示項目・非開示項目についてチェック欄を設けた葉書を同封していますので、必ず返送をお願いします。
学会誌バックナンバーについて
学会誌のバックナンバーが在庫荷重になりましたので、理事会において、3部を残して会員に半額で販売することが決定されました。そこで事務局は、ホームページでの目次掲載や電子メールでの広報など販売の努力をいたしました。しかし、結局数名からの問い合わせしかありませんでした。今後の販売もあまり期待できそうにないので、理事会での審議の結果、3部を残して在庫を処分することに決定いたしました。
ホームページの拡充について
継続審議中ですが、国内関連学会、海外関連学会および研究集会の予告、さらに文献情報の提供など、機能を拡充させてはどうかという提案がなされています。
事務局体制の変更について
事務局の幹事が交代いたしました。竹澤祐丈、壽里竜に代わり、太子堂正称、村井路子、事務局補佐として、中澤信彦、逸見修二になりました。
選挙管理委員について
もう一人の選挙管理委員として岩崎豪人さんにお引き受けいただきました。
学会通信 No. 42
2005年10月15日発行
学会通信 第41号(2004年11月)
新会長からのご挨拶
小さくともキラリと光る学会──学会30周年に向けて
田中秀夫
泉谷前会長、早稲田の前事務局から京都大学経済学研究科へと事務局を引継ぎ、はや半年が経ちました。若い研究者2人に幹事として事務局の仕事を分担してもらい、必要に応じて大学院生等のアルバイトを使うという態勢でやってきました。任期の2年間、役目を果たせるように努力したいと思っています。よろしくお願いします。
泉谷前会長の前は、神野さんが会長で、中才理事を中心とする事務局が初めて関西に置かれました(大阪市大)。今回関西に再び事務局がきたことで、東京一極集中からバランスのとれた分担態勢へという形がようやく定着したように思います。しかし、この学会が全国学会としてさらに飛躍するためには、方々で事務局を引き受けることができなければならないと思います。伝統のある大規模な大学がより大きな役割を引き受けることも必要だと思いますが、事務局を地方に置くことができるということも重要なことです。
この学会は「小さくともキラリと光る」学会であると思います。これは皆さんの努力の成果に他なりません。大会はいうまでもなく、部会も活発です。それは閉鎖的な狭い哲学の学会ではなく、開かれた学際的な学会として、多様な学問的背景をもった研究者が集って刺激しあっているためでしょう。理事会では世代交代が順調に進んでおり、忌憚のない意見交換、建設的な議論が行われています。
わが学会は2006年6月に創立30周年を迎えます。これからの課題としては、海外の学会との交流の促進、英文での出版物の企画、海外の学会、研究集会へのより積極的な参加、外国人研究者の招聘などがあげられるでしょう。坂本、一ノ瀬両理事を中心として去る8月に慶応大学で国際ヒューム学会が開催され、外国人研究者に混じってこの学会の多くの会員が参加されたことは画期的でした。
学会は会員各自の研究にとって刺激的でなければなりません。そのために30周年に向けて、記念事業委員会を設け、積極的に事業を行うべく検討を始めています。会員の皆さんのいっそう活発な研究と交流を期待しています。理事会と事務局はそのためのサポートができれば幸いと思っています。
第28回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第28回総会・研究大会は、2004年3月27日(土)・28日(日)の両日、秋田大学手形キャンパス教育文化学部3号館にて開催されました。約130名の会員の参加を得て盛会となりました。立花希一会員をはじめとする主催校 秋田大学の皆様、講演・報告・司会を務められた皆様には、心より御礼申し上げます。
第一日目午前には、総会の後、山本建郎氏(秋田大学・非会員)による記念講演「因果性批判と懐疑論」が行われました。
午後からは「ジョン・ロックの遺産(没後300年)」をテーマとするシンポジウムⅠが行われました。三浦永光、久保田顕二、大澤麦の各会員による報告に続き、下川潔会員からの特定質問を経て、会場全体による活発な質疑と討議が行われました。夕刻には、場所を秋田大学生協食堂に移して懇親会が行われ、盛会のうちに第一日目が終了しました。
第二日目午前には、3つの会場において、全部で9つの個人研究報告が行われました。昼食・休憩を挟んで、任命理事の承認と会長選出を議題とする臨時総会が開催され、その後は、「ポパー哲学の方法とその射程」をテーマとするシンポジウムⅡが開かれ、寺中平治、神野慧一郎、吉澤昌恭の各会員による報告が行われました。会場との間で熱心な討議が交わされ、研究大会は盛会のうちに無事終了しました。
第29回総会・研究大会プログラムについて
次回第29回大会は、2005年3月29日(火)・30日(水)の両日、神戸大学 六甲ホール(百年記念館内)にて行われます。同大学には、櫻井徹会員、森匡史会員が所属されています。
第一日目には、総会、会長講演、シンポジウムⅠ「近代イギリス思想における戦争と平和」、懇親会が、第二日目には、個人研究報告、シンポジウムⅡ「時間論:その過去と現在」、が予定されています。会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第31回国際ヒューム・コンファレンスについて
2004年8月2日から7日までの6日間にわたって、第31回国際ヒューム・コンファレンスが慶應義塾大学の三田キャンパス(東京、港区)で開催されました。学会開催にあたっては、本学会からの協賛を受け、さらに坂本達哉・一ノ瀬正樹両理事が学会開催のための準備と運営にあたられました。
正規の登録参加者数は、外国人55名、日本人50名(うち本学会会員は45名)。それ以外に部分的に参加された方もあり、盛会となりました。
6日間という長期にわたる今回の学会では、合計30にものぼるセッションとパネルが企画されました。パネルについては、哲学、倫理学、経済思想の各分野についてパネルが設けられ、本学会からもパネリスト、報告者として多数参加していただきました。哲学のパネルでは久米暁理事、経済思想のパネルでは田中秀夫会長が、また倫理学のパネルでは柘植尚則理事がそれぞれ報告をされ、パネリスト同士や聴衆との間で盛んな質疑応答が交わされました。またプレナリー・セッションでは、下川潔理事が「正義と所有:自然法学とヒュームの革新」というタイトルで報告をされました。
8月4日には、泉谷周三郎前会長が特別セッションとして「1868年以降の日本におけるヒューム研究の伝統」と題して、哲学分野における日本のヒューム研究の受容と蓄積を紹介されました。欧米を中心とする海外からの参加者からは、日本のヒューム研究に対する強い関心と、今後の学術的な国際交流の活性化に期待が寄せられました。
それ以外にも、本学会会員の方々には、セッションの司会やコメンテーターをお努めいただいただき、聴衆席からも数多くの活発なご質問をよせていただいたおかげで、はじめて北米・ヨーロッパ圏を離れて開催された国際ヒューム学会は、盛況のうちに閉会となりました。詳しい様子については、来年3月発行予定の『日本イギリス哲学会』第28号をご覧下さい。
学会設立30周年記念事業について
今からおよそ1年8ヶ月後、2006年6月に日本イギリス哲学会は創立30周年を迎えます。これを記念して学会として事業を行うべきではないかということで、理事会を中心として検討を始めています。何を行うかはまだ決定しておりません。
現在ほぼ決まっているのは、30年史を作成することです。創立期の会員で、すでに亡くなった方も多く、現在の若い会員は初期の学会についてご存知ないことも多いのが実情だと思います。簡単な記録でも整理しておけば有益ですし、まして30年を振り返ってこの間のわが国における、あるいは諸外国におけるイギリス哲学研究の展開について、30年間を鳥瞰するような企画ができれば、いっそう興味を惹くかもしれません。30年史に何を盛り込むか、どのような形態の30年史にするのか、これからの検討で決まります。
その他は、まだ何を行うかのアウトラインを検討している段階です。テーマを工夫した記念論文集とか、意欲的な研究を盛り込んだ英文論集等が考えられますが、記念シンポジウムを別途行うことがあってもよいかもしれません。会員の皆様の提案、提言を事務局にお寄せいただければ幸いです。
事務局より
会費納入のお願い
2004年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
会長が事務局担当理事を兼務する異例の体制で、さまざまな作業をおこなってまいりましたが、なんとか当初の目標どおり、学会通信No.41を、時代祭までに発行することができました。執筆者の方々、ならびに編集にご協力頂いた方々に感謝いたします。
なお、掲載記事の誤りなど不備の点がございましたら、事務局までご一報くだされば幸いです。
新旧の事務局引き継ぎの不備を減らすべく最大限の努力をいたしましたが、万が一、掲載記事の誤りなど不備な点がございましたら、ご一報くだされば幸いです。
学会通信 No. 41
2004年10月15日発行
学会通信 第40号(2003年11月)
第27回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第27回総会・研究大会は、2003年3月28日(金)・29日(土)の両日、法政大学市ヶ谷キャンパス62年館にて 開催されました。約200名の会員の参加を得て盛会となりました。星野勉会員をはじめとする主催校法政大学の皆様、講演・報告・司会を務められた皆様に は、心より御礼申し上げます。
第一日目午前には、総会の後、泉谷周三郎会長による会長講演「ヒュームとJ・S・ミル――自由・功利・正義をめぐって――」が行われました。
午後からは「18世紀における情念の問題」をテーマとするシンポジウムⅠと、「イギリスにおける共和主義の諸相」をテーマとするシンポジウムⅡが行われま した。シンポジウムⅠでは、井上治子会員、石川徹会員、伊藤哲会員という3名の報告者の発表に続き、活発な質疑と討議が行われました。同様にシンポジウム Ⅱにおいても、竹澤祐丈会員、犬塚元会員、小田川大典会員による報告がなされ、それに対し質疑と討論が行われました。夕刻には、場所を法政大学ボアソナー ド・タワーに移して懇親会が行われ、夜景を満喫しつつ盛会のうちに第1日目が終了しました。
第二日目午前には、3つの会場において、全部で8つの個人研究報告が行われました。午後には、「進歩観念の形成と展開」をテーマとするシンポジウムⅢが開かれ、入江重吉会員、安西敏三会員、間瀬啓充会員による報告が行われました。桜井徹会員による特定質問の後、熱心な討議が交わされ、研究大会は盛会のうち に無事終了しました。
新名誉会員の紹介
第27回総会において、泉谷周三郎会長より、名誉会員として神野慧一郎会員、井上公正会員、中野好之会員、峰島旭雄会員、山下重一会員、行安茂会員を推薦 する旨の提案があり、了承されました。
▽新名誉会員の略歴
神野 慧一郎(かみの けいいちろう)会員
1932年生まれ。大阪市立大学教授などを経て大阪市立大学名誉教授。著書に『ヒューム研究』(ミネルヴァ書房、1984年)、『モラル・サイエンスの形 成』(名古屋大学出版会、1996年)、『我々はなぜ道徳的か―ヒュームの洞察―』(勁草書房、2002年)など。本学会理事、会長(2000-2002 年)を歴任。
井上 公正(いのうえ きみまさ)会員
1921年生まれ。元奈良女子大学教授。著書に『ジョン・ロックとその先駆者たち』 (御茶の水書房、1978年)、『ジョン・ロック研究』(共著、御茶の水書房、1980年)など。学会設立時より関西部会を中心にして本学会に貢献。
中野 好之(なかの よしゆき)会員
1931年生まれ。元國學院大学教授。著書に『評伝・バーク』(みすず書房、1977年)、『バークの思想と現代日本人の歴史観』(御茶の水書房、 2002年)、訳書にギボン『ローマ帝国衰亡史』(第7巻から第11巻まで、筑摩書房、1976-1993年)など。本学会理事として事務局などを歴任。
峰島 旭雄(みねじま・ひでお)会員
1927年生まれ。早稲田大学教授などを経て早稲田大学名誉教授。著書に『東西思惟形態の比較研究』(共編著、東京書籍、1977年)、『西洋は仏教をど うとらえるか―比較思想の視座―』(東京書籍、1987年)『講座比較思想 : 転換期の人間と思想』全3巻(責任編集、北樹出版、1992年)など。本学会理事、監査、比較思想学会会長などを歴任。
山下 重一(やました・しげかず)会員
1926年生まれ。國學院大學教授を経て國學院大學名誉教授。著書に『J.S.ミルの政治思想』(木鐸社、1976年)、『ジェイムズ・ミル』(研究社出 版、1997年)、『評註 ミル自伝』(御茶の水書房、2003年)など。本学会理事、編集委員長を歴任。
行安 茂(ゆきやす・しげる)会員
1931年生まれ。岡山大学教授などを経て岡山大学名誉教授。著書に『トマス・ヒル・グリーン研究』(理想社、1974年)、『デューイ倫理学の形成と展 開』(以文社、1992年)『H.シジウィク研究―現代正義論への道―』(編著、以文社、1992年)など。本学会理事、中国四国部会の代表者などを歴任。
第28回総会・研究大会プログラムについて
次回第28回大会は、2004年3月27日(土)・28日(日)の両日、秋田大学にて行われます。同大学には、立花希一会員が所属されています。
シンポジウムⅠのテーマは「ジョン・ロックの遺産(没後300年)」、シンポジウムⅡのテーマは「ポパー哲学の方法とその射程」となりました。
第一日目には、総会、記念講演(山本建郎秋田大学教育文化学部教授)、シンポジウムⅠ、懇親会が、第二日目には、個人研究報告、臨時総会、シンポジウムⅡ が予定されています。会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
第5回ユートピア国際学会の開催案内
土方直史(中央大学)
第5回ユートピア国際学会(5th International Utopian Studies Conference / Europe)が、下記のような企画で開催されます。
ユートピア学会は、アメリカ系(Society for Utopian Studies, SUS)とヨーロッパ系(Utopian Studies Society, USS)の名称が少し異なる二つの学会が大西洋の両岸にあります。コミュニティ研究の伝統のあるアメリカ系の学会は歴史が古く、本年第28回大会を迎えま すが、後者(本年第4回大会)は1988年に創立され、その後休止期間をはさんで2001年にイギリスで復活しました。
両学会とも、毎年なかなかの盛況です。USSは今年の開催地を大陸に移すことによって、これまで数十人規模であったのが、いっきょに160人の参加・報告 へと増加しました。共通言語を、英語だけに限定せず、アングロサクソンにたいするヨーロッパの自己主張の現われでしょうか、ラテン系4言語を採用したこと も一因でしょう。しかし、ヨーロッパ統合という困難だが、壮大な「夢の実践」に刺激されたことが、ユートピア研究に関心を向けさせているという解釈も可能 かもしれません。そのような問題意識を示した報告にしばしば接したように思われます。プログラムはWebsiteで確認できますからご覧ください。
不明の点がございましたら、土方(naohij@ tamacc.chuo-u.ac.jp)までお問い合わせください。
- 開催期間 2004年7月 8-10日
- 開催地 ポルト大学(University of Porto, Portugal)
- 申込手続 250語程度のアブストラクトを付けて、E-mailで申し込むこと
- 申込期限 2004年2月15日 (2月29日までに受け入れの可否が通知される)
- 論文の長さ 報告時間が20分以内のもの
- テーマ ユートピアに関するものならば、どのような研究領域でもよい
- 共通言語 英語 (ただし条件付で、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語のペーパーを受け付ける)
- Phone/Fax +351 22 607 7183
- E-mail: ilc@letras.up.pt
- Website: USS http://www.utopianstudieseurope.org
- SUS http://www.utoronto.ca/utopia/
(ひじかた・なおぶみ 社会思想史)
平井俊彦会員を偲んで
平井俊彦会員の訃報
田中秀夫(京都大学)
2003年6月5日、本学会の会員である学会創設時からながく理事を務められた京都大学名誉教授平井俊彦先生が逝去されました。享年77歳。
先生は経済学説史と社会思想史の研究に尽力され、多くの業績を世に送り、後進研究者に指針を与えられました。ロックとシャーフツベリを中心とするイングランド啓蒙思想の研究から出発され、ルカーチ、コルシュなどの西洋マルクス主義の研究、さらにハーバーマスを中心とするフランクフルト学派の研究へと進まれた先生は、それぞれの分野で開拓者的な役割を果され、著書『ロックにおける人間と社会』、『物象化とコミュニケーション』、『再構築する近代』に研究成果の一端が盛り込まれています。先生のロック研究はロックの経済思想に経済循環の概念を発掘した独創的な研究成果として今なお顧みられていますし、また先生のフランクフルト学派研究は、物象化と管理社会をみすえたアクチュアルな意義をもっています。
先生は日本イギリス哲学会の理事として学会に寄与されましたが、特に関西部会の運営にはいつも中心的役割を果されました。先生は、そのほかに経済学史学会の幹事、社会思想史学会の常任幹事・代表幹事、等を務めて学界に寄与するとともに、日本学術会議会員、大学基準協会・大学評価研究委員会委員として学術体制・教育制度の改革にも貢献されました。また先生は京都大学退官後も、名古屋外国語大学教授兼附属図書館長、外国語学部長、国際経営学部長、副学長、学長を歴任され、私学振興にも寄与されました。
日本イギリス哲学会は生前の先生のご尽力に感謝し、ここに心から哀悼の意を表します。
平成15年7月
(たなか・ひでお 社会思 想史)
事務局より
会費納入のお願い
2003年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
学会通信No.40をお届けいたします。 事務局の再編成など慌しい中での作業でしたが、ともかくも無事に発行までこぎつけることができました。執筆者の方々、ならびに編集にご協力頂いた方々に感謝いたします。
なお、掲載記事の誤りなど不備の点がございましたら、事務局までご一報くだされば幸いです。
学会通信 No. 40
2003年11月7日発行
学会通信 第39号(2002年11月)
新会長就任挨拶:フェア・プレイとジェントルマン
会長 泉谷周三郎
本年3月、香川大学で行われた第26回全国大会で、会長という役を仰せつかりました。私は、もとよりその任に耐える自信は必ずしも十分ではありませんが、「下働き」に徹するという覚悟で、引き受けることにしました。私が本学会の運営に深くかかわるようになったのは、1990年4月、田中正司会長のもとで、事務局を担当してからです。当時、理事として学会の運営に当たっておられた多くの方が、すでに70歳を越えており、同世代であった藤原保信理事と中田勉理事は、惜しいことに夭逝されました。そんなわけで、世代が交代しつつあることを痛感しています。
2001年9月11日の同時多発テロ以来、世界情勢は混迷しており、戦火とテロのニュースが新聞紙上をにぎわすことが多くなりました。21世紀を迎えても、この地上では戦争が絶えることなく続いています。このような世界情勢のもとで、会員は、イギリス哲学研究をどのような観点からどのようにして進め、深めていくかという問題を突きつけられているように思われます。本学会の特色のひとつは、学際的な研究を必要とする会員の集まりであるということです。多数の会員の満足度を高めるには、今後も運営の工夫が求められることでしょう。私は、歴代の会長が築いてきた伝統を引き継ぐとともに、理事会や事務局との協力関係を強めながら、わが国におけるイギリス哲学研究をいっそう充実させるために、微力ながら尽力したいと思います。会員の皆さんのご協力を切にお願い申し上げます。
5年前から、私は「地域文化論(欧米)」「比較文化論」といった授業を担当することになり、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの国土、気候、歴史、生活様式、料理などを調べて講義してきました。これらの授業では、いろいろな国の文化がどのようにして形成されたか、今日、人々はどんな価値観をもち、どのような生活を営んでいるか、ということの解明を目指してきました。諸文化の比較を試みるので、文化と文明を同義語とみなさないで、区別して使用しています。文明という概念は、普遍的、人類的で相互に伝達可能なもの、つまり、技術や実用品や生活様式などを意味しています。他方、文化という概念は、特殊的、地域的で相互に伝達不可能なもの、つまり、ある社会に固有なもののすべてを意味しています。ただし、この二つの概念の中身は、部分的には互いに交換可能です。私は、この授業を担当するようになってから、文化の異質性を理解することの重要性に気づくとともに、イギリスの哲学をより広い視野で見つめることができるようになり、イギリス人の国民性ということに関心を持つようになりました。
ところで、近年、わが国では、外務官僚の人権意識の希薄さと中国や北朝鮮に対する弱腰外交、鈴木宗男代議士に代表される政治家による不正な金集め、東京電力などによる原発の「トラブル隠し」、雪印乳業や日本ハムなどの企業による不祥事、西友による肉の偽装表示をめぐる 返金騒動などが話題になりました。これらの事件は、わが国では、庶民から社会の指導者層にいたるまで、多くの人々が、ともすれば、自己の利益を優先して、不正を不正と思わないような風潮が強まっていることを示しています。 もちろん、イギリスでも、自己の利益のみを求めたり、不正なことをして平然としている人がいることでしょう。だが、今日の日本の現状ほどひどくはないように思われます。それには、イギリス人の国民性が関係しているのではないでしょうか。
一般に、イギリス人の国民性のひとつとしてあげられるのが、フェア・プレイ(fair play)です。イギリスでは、授業料の高い寄宿学校から公立の小学校にいたるまで、あらゆる学校で、子供たちの「フェアでない。不公平だ」という声が教室や運動場でこだますると言われています。(A.グリーン、正木恒夫訳『イギリス人ーその生活と国民性ー』、研究社出版)またアダム・スミスは、『道徳感情論』のなかで、自由競争とは、勝つために何をしてもよいということではないとし、相手を押しのけるか、投げ倒すならば、それはフェア・プレイの侵犯であると述べています。(水田洋訳、p.131,筑摩書房)これらの例で明らかなように、フェア・プレイは、スポーツの世界だけでなく、日常生活においても見られるものです。フェア・プレイとは、競争や勝負において「公正で汚くない行為」を意味しています。イギリス人は、何事にもルールがあるはずだと考え、誰かがこのルールを犯したり、無視したりすると、「フェアでないぞ」と抗議するのです。このルールを勝手に破ったり、都合のよいように変えることは、権力者といえども許されないのです。このフェア・プレイの精神をもっともよく体得しているのがジェントルマンでしょう。ジェントルマンという言葉は、その内容が時代によって変化しており、明快に定義することは困難ですが、一般的には「肉体労働せずとも生活が可能で、身だしなみがよくて、礼儀正しく、教養があって徳のある人」のことで、その根幹を形成しているのがフェア・プレイの精神です。イギリスでは、フランス革命のような悲惨な革命が起こらなかったのは、国王の権力が弱く、長い間政治・経済・文化をリードしてきたのがジェントルマン階級であったからだとも言われます。彼らは、中世の騎士道精神に由来するノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)をもっており、支配階級として国益を守ることが最大の義務であることを自覚していると言われています。このジェントルマンをイギリス史のなかで、どのように位置づけるかという問題については、いろいろな解釈が可能です。この学会でも、近いうち「帝国とジェントルマン」というようなテーマでシンポジウムを行うことが必要ではないかと考えています。
最後になりましたが、この二年間 、神野慧一郎会長のもとで、学会の事務局を担当し、事務上の手続きを適切に整備して、学会の運営をスムーズにして下さった大阪市立大学の中才敏郎理事と土屋貴志幹事に対して、心から御礼を申し上げます。
第26回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第26回総会・研究大会は、2002年3月29日(金)・30日(土)の両日、香川大学教育学部3号館にて開催されました。100余名の会員の参加を得て盛会となりました。石川徹会員をはじめとする主催校香川大学の皆様、講演・報告・司会を務められた皆様には、心より御礼申し上げます。
第一日目午前には、土屋盛茂氏(香川大学教授・非会員)による記念講演「カントとポパーの哲学の手法――英国古典的経験論と対比して――」が行われました。
午後からは「イギリス哲学におけるノミナリズムの伝統」をテーマとするシンポジウムⅠが行われました。清水哲郎会員、佐藤正志会員、神野慧一郎会長という3名の報告者の発表に続き、活発な質疑と討議が行われました。夕刻には、香川大学会館にて懇親会が行われ、盛会のうちに第一日目が終了しました。
第二日目午前には、二つの会場において、三つの個人研究報告が行われました。
臨時総会で、理事会により新会長として泉谷周三郎会員が選出されたことが報告されました。
午後には、「自由と必然」をテーマとするシンポジウムⅡが開かれ、一ノ瀬正樹会員、佐々木憲介会員、渡辺幹雄氏(非会員)による報告が行われました。特定質問を予定していた田中正司会員は病気のため出席がかないませんでしたが、用意されていたコメントが司会者により読み上げられました。その後熱心な討議が交わされ、研究大会は盛会のうちに無事終了しました。
第27回総会・研究大会プログラム案
※本案は正式のプログラムではありません。いまだ変更の可能性もありますのでご留意ください。正式のプログラムは、改めて郵送にてご案内いたします。
日程 : 2003年3月28・29日(金・土)
場所 : 法政大学 市ヶ谷キャンパス
(開催校世話人 : 星野勉会員)
【第1日 3月28日】
総会(10:00–10:45)
会長講演(10:45-11:45)
シンポジウムⅠ
「情念をめぐって−−ヒューム、リード、スミス」(13:00-15:20)
司会
中才敏郎(大阪市立大学)
柘植尚則(北海学園大学)
報告
井上治子(札幌大学)「情念論におけるヒュームの意図——ヒュームはなぜ情念の発生にこだわるのか?」
石川徹(香川大学)「リードの情念論」
伊藤哲(関東学院大学)「スミスにおける感受性と自己規制——モラル・センスを越えて」
シンポジウムⅡ
「イギリスにおける共和主義の諸相」(15:40-18:00)
司会
田中秀夫(京都大学)
山田園子(広島大学)
報告
竹澤祐丈(京都大学大学院生)「17世紀イングランド共和主義の統一性と多様性−−ハリントンの統治形態論とヘンリ・ヴェインの批判」
犬塚元(東京大学)「ヒュームと共和主義−−『オシアナ共和国』の受容と修正から」
小田川大典(岡山大学)「近代的自我の危機と共和主義の哲学−−J・S・ミルと公共圏」
懇親会(18:30- )
【第2日 3月29日】
個人研究発表(9:30-12:30)
【第一会場】
佐々木拓(京都大学大学院生)「欲求の保留はいかにして自由に貢献するか−−ジョン・ロックの自由論における欲求の保留能力の重要性」
青木滋之(京都大学大学院生)「ロックの粒子は観察可能か?」
岩崎豪人(関西学院大学)「ヒューム哲学の『体系』性」
【第二会場】
児玉聡(日本学術振興会)「ベンタムの代議制民主論における世論と情報公開の役割」
板井広明(日本学術振興会)「ベンサムの女性論」
冲永宜司(帝京大学)「意識流の存在論的位置づけ−−W・ジェイムズの前期思想を中心に」
【第三会場】(10:30- )
板橋亮平(中央大学)「A・センとJ・ロールズにおける自由概念の比較−−デモクラシーと自由」
森達也(早稲田大学大学院生)「バーリン自由論における自由と責任の構成条件−−『歴史の不可避性』を中心に」
シンポジウムⅢ
「進歩観念の形成と展開」(13:30-17:25)
司会
寺中平治(聖心女子大学)
只腰親和(横浜市立大学)
報告
入江重吉(松山大学)「19世紀英国における進歩の思想と進化論」
安西敏三(甲南大学)「日本における『進歩』の観念の導入と展開――維新期から憲法体制確立期を中心に」
間瀬啓允(東北公益文科大学)「進歩観念のゆらぎ――コスモロジーへの回帰」
特定質問
桜井徹(神戸大学)
閉会挨拶(17:25-17:30)
泉谷周三郎(横浜国立大学)
第31回「ヒューム学会」東京大会(2004年8月)のお知らせ
ヒューム研究者の国際組織として知られるThe Hume Society(Saul Traiger会長)の第31回年次大会(The 31st Annual Hume Society Conference)が、2004年の8月2日より7日までの5日間、東京の慶應義塾大学(三田)で開催されることになりました。同学会は北米とヨーロッパを中心に600名を超える会員を擁する国際学会であり、多数の著名なヒューム研究者および哲学史研究者が名を連ねています。専門学術誌Hume Studiesは同学会の機関誌です。日本からも20名以上の会員がおり、その大半が日本イギリス哲学会の会員です。その年次大会は北米大陸とその他の地域で順番に開催することになっており、2003年度はアメリカのネヴァダ大学、2004年度が日本となります。毎年の大会は30-40本の個人研究報告と予定討論、著名な研究者による招待講演、個別テーマを中心にしたシンポジウムをはじめとして、そのプログラムの充実ぶりには定評があります。東京大会の組織・運営には、一ノ瀬正樹(東京大学)、坂本達哉(慶應義塾大学)、Francis W. Dauer(University of California, Santa Barbara)、Saul Traiger(Occidental College)の4名があたり、すでに具体的な準備が始まっています。
東京大会につきましては、アジア地域での最初の開催というだけでなく、イギリス哲学研究の長い伝統をもつ日本での開催という意味でも、大きな期待が国際的に寄せられています。このたび、そうした伝統を体現する日本イギリス哲学会が東京大会を正式にご後援下さることになったことはまことに意義深いことであり、組織者の一人として心よりお礼を申し上げます。大会の詳細については専用ウェッブサイト(http://humesociety.org/tokyo/index.html)をご覧頂ければ幸いですが、日本イギリス哲学会の会員の皆様に以下の点をとくにご案内申し上げます。
1.東京大会の統一テーマは「Industry, Knowledge and Humanity」です。個人研究報告を希望される方は匿名による審査がありますので、30分以内で朗読できる報告原稿を2003年11月1日までにヒューム学会事務局に電子的に送付して下さい。応募方法の詳細は上記サイトでご確認下さい。なお、共通テーマ以外でも、ヒュームをめぐるあらゆる種類、分野の研究で応募することができます。
2.個別報告の司会者、予定討論者をご希望の方は、坂本まで早めにお知らせ下さい。
3.一般参加はもちろん、研究報告、司会、予定討論をふくめヒューム学会年次大会への参加はThe Hume Societyの会員であることを要しません。なお、入会をご希望の方は学会のウェッブサイトをご覧下さい(http://www.humesociety.org/index.html)。
以上、会員の皆様方のご協力を心よりお願い申し上げます。
(坂本達哉)
塚田富治氏の死を悼む
関口正司(九州大学)
著者の作品理解にとって、著者と面識のあることは、かえって妨げになる場合もあるだろう。だが、ある特定の視点から見えた著者の肖像を語ることを無意味だとも言い切れない。とりわけ、後に述べるように、塚田富治氏の作品には「肖像画」の趣がある。とすれば、ここでの私の語り方を、塚田氏は苦笑しつつ許してくれるのではないかと思う。
私の中にある塚田氏の「肖像」の起点は、1977年の秋にさかのぼる。都立大大学院に合格し彼の後輩となることが確定していた私は、電話で誘いがあって九品仏の彼の下宿を訪問した。彼は待ちかねていたように、いきなり原稿を持ってきて読んでくれと言った。『近代政治思想史(1)』(有斐閣新書、1978年)の担当部分の原稿であった。私は、カルヴァンの神権政治に反対して寛容を説いたカステリヨンのところが面白いと素朴な感想を述べ、何の予備知識もないのだが、と急いで付け加えた。塚田氏はうなずきながら、予備知識のない人が読めることを意図しているのだから、読んでもらってよかったと応えた。
自分とは異なる他者からの読まれ方を意識しながら文章を丹念に練り上げるという塚田氏の姿勢は、その後も一貫していた。彼は、スキナーの著書『マキアヴェッリ』(未来社、1990年)の翻訳原稿を福岡に移り住んだ私に送り、年少の友人としての感想を求めた。この本の訳者あとがきに記されているように、彼は、私の「目」と「言語感覚」を自分とは「正反対の性格」のものと見抜いた上で、原稿を託したのである。塚田氏は、自分の努力と筆力に対する正当な自負心を持っていたが、そうであればこそ、同時に、シャイな表情とともに、可謬性の自覚と批判に対して開かれた姿勢を保ち続けた。つねに向上をめざすハングリーな青年の表情を、塚田氏は死に至るまで失わなかったはずである。
ところで、『マキアヴェッリ』の訳者あとがきは、クェンティン・スキナーの思想史方法論が塚田氏に与えた衝撃を示している。塚田氏は、すでに1980年代中頃に留学先のイギリスでスキナーの影響の広がりと深さに印象づけられ、また、スキナー『思想史とは何か』(岩波書店、1990年)の第一論文「思想史における意味と理解」の翻訳も担当していた。1994年には、塚田氏は『一橋論叢』に「思想史の方法をめぐって」と題した小論を投稿し、自らをスキナリアンであると宣言するに至った。
とはいえ、『カメレオン精神の誕生』(平凡社、1991年)、『政治家の誕生』(講談社現代新書、1994年)、『ベイコン』(研究社出版、1996年)を経て、『近代イギリス政治家列伝』(みすず書房、2001年)に展開していった塚田氏の研究は、この「スキナリアン宣言」にもかかわらず、スキナー思想史とは別方向に進んでいったと言うべきであろう。少なくとも、言語行為論をめぐる微細な哲学的論争へのスキナーの関与は、塚田氏の関心の範囲外であった。塚田氏のスキナーに対する共感は、思想家をとりまく豊かで複雑な文脈を重視する点にあったように思われる。しかし、深い文脈理解を前提として塚田氏がめざしたのは、変転する状況を直視しながら、ぎりぎりのところで自らの人格と思想のインテグリティを失うまいと苦闘する思想家・政治家の肖像であったのではないか。肖像を描こうとする塚田氏の姿勢は、初期の労作『トマス・モアの政治思想』(木鐸社、1978年)から晩年の『近代イギリス政治家列伝』に至るまで貫かれているように思われてならない。たとえ、プロットの上では、前者の軸が「演技者」に置かれ、後者の軸が変化に柔軟に適応する「政治的力量」や「政治的賢慮」に置かれていたにせよ、である。
塚田氏が描き出すインテグリティのために苦闘する登場人物たちの肖像は、塚田氏本人の肖像に重なる。思想家の肖像を描き出す伝記的手法による叙述は、塚田氏の出発点であり、そして、幾多の刻苦精励を経て得られた豊かな文脈理解を携えて彼が立ち戻っていった到達点であった。とはいえ、彼の早すぎた死は、彼自身が、そして私たちが当然期待してよいはずの、円熟したより大きな成果の可能性を奪ってしまった。幸い、現在、御遺族の塚田恵子夫人が遺稿を編纂中と聞く。それが従前の塚田氏の著作リストに加わり、彼の遺した思想史叙述全体が後続する世代に刺激を与え続けることを期待したい。
事務局より
会費納入のお願い
2002年度分までの会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
応募論文の審査について
前々号より掲載されていますが、応募論文の審査は以下のように行われていますので、ご周知のほどお願いいたします。
応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
編集後記
先日、六本木のアイリッシュ・パブに行った。樽生ギネス・スタウトは実に実に美味。隣のアイルランド人夫妻と、ロレツの回らぬ英語でサッカー談義。つかのまの遊学気分に浸りに、さて今夜も…。(お)
学会通信 No.39
2002年11月20日発行