本学会創立40周年を記念して「日本イギリス哲学会賞」が新設されました。この賞の目的は、本学会員のイギリス哲学に関するすぐれた研究業績を顕彰するとともに、本学会に対する社会的認知度の向上をめざすことにあります。会員の皆さまには、「日本イギリス哲学会賞規程」ならびに下記の推薦要領をご覧のうえ、ふるってご推薦いただきますよう宜しくお願い申し上げます。
Table of Contents
推薦要領
1. 受賞資格者および選考対象
受賞資格者:応募著作刊行時に本学会会員であるもの。
選考対象 :2022年4月1日から2024年3月31日までに刊行された単著の著書。(自薦他薦を問いません)
2. 推薦方法
「日本イギリス哲学会賞推薦理由書」(〔PDF版〕;〔MS-Word版〕)に必要事項を記入のうえ、オンラインフォームから推薦する。
3. 推薦理由書提出締め切り
2024年9月15日(日本時間)
4. 選考結果発表
2026年3月 学会総会
日本イギリス哲学会賞規程
1. 目的および名称
日本イギリス哲学会は、会員のイギリス哲学に関するすぐれた研究業績を顕彰するとともに、本学会に対する社会的認知度の向上をめざし、「日本イギリス哲学会賞」(略称「学会賞」)を設ける。
2. 授賞の対象および時期
2-1. 選考開始年度に先立つ2年度間に刊行された単著とする。
2-2. 原則として、2点以内とする。
2-3. 選考は隔年でおこなう。
3. 選考方法
3-1. 理事会は、会員に、授賞候補作の推薦を依頼する。
3-2. 会員は、所定の書式と期日にしたがい、授賞候補作を理事会に推薦する。
3-3. 理事会は、推薦された候補作にたいして、「選考委員会」を組織するとともに、選考委員長を任命する。選考委員会には非学会員をふくめることができるものとする。
3-4. 選考委員の任期は当該理事会の任期と同じとする。
3-5. 選考委員長のもとで選考委員会が所定の期日までに選考をおこない、理事会に選考結果を報告する。理事会は、選考結果の報告をうけ、受賞作を決定する。
4. 賞の授与および公表
総会において、選考委員長が選考結果の報告をし、会長が受賞者に賞状を授与する。
本人からの公表辞退の申し出がないかぎり、これを「学会通信」、学会ホームページなどを通じて公表する。
5. 附則
5-1. 本規程は、2016年4月1日から施行する。
5-2. 本規程の改正は、理事会の議を経て、総会の承認を得るものとする。
〔PDF版〕
第4回日本イギリス哲学会賞・選考結果
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選考委員長 岩井 淳(静岡大学)
2023年9月5日に開催されました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の著作を第4回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
Seiichiro Ito, English Economic Thought in the Seventeenth Century: Rejecting the Dutch Model, Routledge, 2021.
本書は、イングランドがオランダ・モデルを模倣することに専心していた時期から説き起こし、貨幣不足の解消、安全な信用制度の創設といった課題に取り組みながら、やがてイングランド独自の経済的言説が生成してゆく過程を、膨大な草稿や議会資料を活用しつつ描き出した作品です。当時の商習慣に関する手堅い歴史的叙述によって、18 世紀スコットランド政治経済学にもつながる生き生きした素材を提供しているところも魅力的に感じられます。
本書は、イシュトファン・ホントの「貿易の嫉妬」概念の影響力に触れ、競争の観念によるその嫉妬の問題の克服という彼のナラティヴに言及します。その上で17世紀イングランドの論者がオランダの長所を模倣し追い越そうとしたことを描きつつも、彼らの関心はむしろイングランド社会の脆弱性を克服するために、独自の新しいシステムを生み出そうとする点にあったことを示しています。本書は、ニシン漁、低金利、銀行と資金、土地登記と信用という 4 つの争点を扱います。貨幣の問題を扱う後者3つの連関は見えやすいものの、第1章の主題であるニシン漁は浮いている印象を与えるかもしれません。しかし、著者はニシン漁こそオランダの覇権をもたらしたエンジンであり、そのオランダを手本と見据えた漁業をめぐる議論の中で、既に低金利や銀行の設立などの論点も浮上していたことを指摘します。このようにニシン漁をめぐる議論は、その後、展開する論点が胚胎していた豊かな土壌であったことを明らかにしています。
続く第2章で本書は、低金利導入の是非を論じるなかで、イギリス社会や経済の未熟さが議論の俎上に上がってきたこと、「信用」の安全性を高めるためにも土地の登記や銀行の創設などの必要性が指摘されてきた歴史を描き、第3章では銀行という主題をめぐって、銀行が扱うのは貨幣か信用か、担保や質をどのように扱うべきか、という論争の詳細に踏み込んでいます。その銀行の働きを支えるはずの土地の登記については第4章で、王政復古までの空位期間の法改革論争から土地登記についての言説、土地銀行の考え方が生まれ育っていったことを明らかにします。結果として本書は、4つの論争を単に時系列的に説明しているだけでなく、それらの論理的な結びつきを提示することに成功しています。
以上のように、本書は、広汎な一次資料を丁寧に分析し、先行研究にも広く目配りした上で、イングランド固有の経済的言説が生成する過程を骨太に描き出しており、日本イギリス哲学会賞にふさわしいものと、選考委員の全員一致で判断いたしました。
選考委員(50音順)
青木裕子、一ノ瀬正樹、岩井淳(委員長)、川添美央子、竹澤祐丈、中村隆文、森直人
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第3回日本イギリス哲学会賞・選考結果
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選考委員長 坂本 達哉(早稲田大学)
新型コロナ感染症の中、推薦された三作品について、メールでの意見交換を重ね、厳正な審査をおこなった結果、9月5日のメール審議において、以下の候補作を第3回日本イギリス哲学会賞の受賞作とすることに全員一致で決しましたので、ここに報告いたします。
森達也『思想の政治学──アイザィア・バーリン研究』(早稲田大学出版部、2018 年)
本書は、難解な文体によって知られるバーリン思想の全体像を、日本で初めて、1.哲学・政治理論(第1章〜第4章)、2,思想史(第5章)、3.ナショナリズム/シオニズム論(第6章〜第7章)という3つの視点から総合し、国際的にもまれな重厚な成果をあげています。序論と結論に充実した文献目録と事項・人名索引を加え、内容・形式ともに、学術書としての完成度はたかく、バーリン以外の主要な思想家や研究者を網羅した研究対象の広さも特筆されます。バーリン自身の公刊著作と刊行中の書簡集、公刊・未公刊の草稿資料を駆使した研究手法は、若い研究者の模範となるような水準に達しています。
バーリンの政治理論については、ひろく知られる「二つの自由」論における消極的自由の擁護と積極的自由の批判を、冷戦構造下の西側自由主義の擁護と結びつける伝統的解釈と、現代的な価値多元論の一典型とするポスト・モダン的解釈とが共存してきました。本書はこれに対し、バーリン思想の根底に、1930 年代のオックスフォードの哲学者たちとの知的交流があった事実に着目し、とりわけ、エイヤー等の論理実証主義に対する批判と、新カント派経由の解釈学的伝統の影響による「歴史主義的転回」の意義を指摘します。結果として、バーリンの「価値多元論」が、単なる価値相対主義やイデオロギー的な自由主義擁護論ではなく、強固な哲学的基礎をもつ一個の政治哲学であることを、大きな説得力をもって論証しています。
著者はさらに、バーリンの思想史研究の諸成果をも上の歴史主義的転回の成果として位置づけます。現代の高度化した思想史研究の水準から見れば問題が多いとされる、「対抗的啓蒙」をはじめとするバーリンの思想史研究ですが、著者はとりわけ、戦後ポスト・モダンの言語論的転回と軌を一にする、「プロイセンのヒューム」と言われたハーマンの言語論研究と、バーリン自身のリベラル・ナショナリズムの原点となったヘルダー論に着目します。バーリンの啓蒙思想研究を、バーリン政治哲学の思想史への応用、あるいは、価値多元論の学問的実践として位置づける著者の分析は手堅く、説得力に富んでいます。
著者が最後に提示するバーリンの(ヘルダー、ヘス由来の)シオニズム擁護論の独自な解釈は、政治的にデリケートな要素を含みますが、著者の特別の熱意を感じさせます。18世紀啓蒙の精神を継承するバーリン自由主義の核心にある文明の「品位」の擁護を、著者もまた共有することを明示し、政治哲学研究が著者自身の思想の学問的表現でもあり得ることを、本書の著者は身をもって示しています。
以上、哲学・倫理学、政治哲学・思想(史)というイギリス哲学会の主要な研究領域を網羅し、堅実な文献実証と広範な研究文献の渉猟によって、国際的にもまれな総合的バーリン研究をまとめ上げた著者の力量はたかく評価されます。ゆえに本書は、日本イギリス哲学会賞にふさわしい著作であると判断します。
選考委員(50音順)
坂本達哉(委員長)、佐々木拓、太子堂正称、濱真一郎、舩木惠子
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第2回日本イギリス哲学会賞・選考結果
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選考委員長 成田 和信(慶応義塾大学)
2019年9月16日に開催されました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の著作を第2回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
佐々木拓『ジョン・ロックの道徳哲学』(丸善出版、2017年)
本書は、ロックが『人間知性論』で展開した三つの議論、(1)道徳が論証可能であるというテーゼを擁護する議論、(2)自由と必然に関わる議論(著者は、これを「ロック自由論」と呼ぶ)、(3)人格の同一性に関する議論を検討し、そこからロック自身が実際には構築しなかったけれども構築しえたと思われる道徳哲学の体系を提示し、それが現代的意義をもつことを論じた意欲的な著作です。
従来の研究は、ロック政治哲学の土台をなすと思われる規範的倫理学を初期の『自然法論文』のなかに探し求める場合でも、また彼のメタ倫理学を論証可能な道徳のテーゼに見出す場合でも、おおむね、ロックは十全な倫理学の体系をもっていなかった、という主張を繰り返してきました。ところが本書は、上記の三つの議論を考察し統合することによって、ロックの倫理学つまり道徳哲学を拡張的に再構成し、それが現代的意義をもつことを示そうとします。この点で本書はきわめて独創的です。
本書が扱う重要問題のうち、第一に注目すべきは、上記(2)の「ロック自由論」の考察です。『人間知性論』2巻21章(Of Power)のテクストは改訂を重ね、難解なことで有名です。その解釈に関しては、近年、チャペル、ヤッフェ、マグリらが従来の研究水準を格段に向上させる業績を残しました。著者は本書の3章、4章、5章で彼らの解釈を批判的に検討し、ロックのテクストを丹念に吟味します。著者は、ロックが一方で自由意志を否定して、行為の自由と必然性を両立させる両立論をとり、他方で、意志の自由な行使を認める自由意志擁護論を展開していること、つまり、二つの互いに矛盾する見解を支持していることを認めます。しかし、著者は両者の矛盾を解消することを試み、ロックの自由意志擁護論を重視し、それが現代の責任論と倫理的実践にとって意義をもつと論じます。本書の三つの章での鋭い分析は、近年の高い研究水準をさらに向上させるものだと思われます。第二に、著者はロックが論証可能な道徳のテーゼをいかにして擁護したかに関して、本書2章で明快な説明を与えています。ロック研究においてこの問題は十分に扱われてこなかっただけに、この説明は貴重です。第三に、人格同一性の議論に関して、著者はロックへの通常の批判(推移性や連続性にもとづく批判や、一人称基準と三人称基準との対立にかかわる批判)にロックの観点から応答し、「意識」や「記憶」という人格同一性の基準が、人間の法廷においても、一定の条件のもとで蓋然的判断を重視した形で採用されうることを明らかにしています。
以上のように本書は、『人間知性論』の解釈の可能性を広げ、従来のロック研究の水準を凌駕したばかりでなく、自由と必然性に関する両立論と自由意志擁護論の調停、道徳の論証可能性、さらには、人格の同一性といった、現代においても論争が続いている難問に果敢に挑戦し、格闘し、独自の解答を与えています。このような理由により、選考委員は全員一致して、本書がイギリス哲学会賞にふさわしい著作であると判断いたしました。
選考委員(50音順)
小林麻衣子、下川潔、勢力尚雅、柘植尚則、成田和信(委員長)、矢嶋直規
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受賞者の言葉はこちら(「学会通信」)からご覧いただけます。
第1回日本イギリス哲学会賞・選考結果
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選考委員長 只腰 親和(中央大学)
2017年9月17日に行われました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の書物を第1回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
Ryu Susato, Hume’s Sceptical Enlightenment, Edinburgh University Press,2015
本書は18世紀イギリスを代表する思想家のひとりであるデイヴィド・ヒュームを対象にして、彼の思想を書名のタイトルにあるように「懐疑的啓蒙」と枠付けして、その諸著作を哲学、政治、経済、宗教等の諸側面から分析したものです。啓蒙思想家としてのヒュームが著者によって「懐疑的」と特徴づけられるのは、その懐疑主義が認識論にのみ限定されるのではなく、宗教論はもとより政治論や社会論にも及んでいること、古代ギリシャ、ローマの哲学者で懐疑的とみなされていたエピクロスやルクレティウスの伝統を引いていることによります。
こうした前提で、本書の2,3章ではヒュームの懐疑的啓蒙の理論的な基礎になる観念連合と意見について論じられています。4章から7章では各論として、奢侈(4章)、国家との関係を中心とする宗教論(5章)、政体論を中心とする政治論(6章)、歴史観としての循環史観(7章)がそれぞれ分析され、8章ではJ.S.ミルやバーク等の18世紀後期から19世紀初頭にかけてのヒューム評価が紹介されています。
ヒュームは著者も言うように、「多面的、多義的な思想家」でしたが、その思想家の哲学、宗教、政治、経済、歴史といった多方面に及ぶ著作、論文を巨細にわたって丹念に渉猟した上、全体を懐疑的啓蒙として総合した点で本書は評価できます。またヒュームに関する個別論点ごとに、ヒューム自身の諸著作だけではなく、同時代や過去の関連する思想家の一次文献が広範に参照され、さらに内外の二次文献にも過不足なく言及されている点もすぐれています。達意の英文で、世界への研究の発信という面でも貢献が大きいとみなされます。
これらの諸点から本書は、日本イギリス哲学会賞に値するものと考えます。
選考委員(50音順)
秋元ひろと、有江大介、犬塚元、久保田顕二、只腰親和(委員長)
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