学会通信(最新号・第62号(2025年11月))

追悼 神野慧一郎先生

中才 敏郎(大阪市立大学・名誉教授)

神野慧一郎先生(以下、先生)が昨年の12月に亡くなられた。92歳であった。日本イギリス哲学会会長として本学会の発展に寄与されたことはもちろん、現代の科学哲学の分野においても多くの業績を残された。

先生は1932年に長崎県佐世保市で生まれ、京都大学で哲学を学ばれた。野田又夫先生の影響が大きかったと聞いている。野田先生は近世哲学、とりわけデカルト、ロック、カントの哲学に精通されていた。先生の最初の研究も、デカルトの自然学であり、中公世界の名著『デカルト』に所収の邦訳「世界論」だった。また、中世哲学の高田三郎先生からも薫陶を受けられた。高田先生のトマスの『神学大全』の講読の折の話を何度も聞いたことがある。その後先生は、1963年にブリティッシュ・カウンシルの奨学生としてロンドン大学に留学され、LSEでカール・ポパー教授のもとで科学哲学を学ばれた。

帰国後、京都大学文学部助手を経て、大学紛争まっただ中の大阪市立大学(現大阪公立大学)の講師となられた。筆者との出会いもその頃であり、最初にお目にかかったのは論理学の講義であった。それは講義というよりかなりハードな演習であったことを覚えている。ともあれ、その後、筆者は学生としてまた同じ教室の一員として、ほぼ四半世紀を先生と共に過ごすことになるが、先生の教師としての厳しさと人間としての優しさに接する得がたい機会を頂いた。

先生は1984年に『ヒューム研究』(ミネルヴァ書房)を上梓された。ヒュームの知性論についてのわが国で初めての本格的研究であると言える。『人間本性論』における自然主義と懐疑主義(あるいはむしろもっと正確には、自然と懐疑)との関わりという根本問題に取り組まれた。先生のヒューム研究はさらにヒューム哲学の全体像へと歩みを進められたが、当時の大学は新たな困難に直面していた。先生の言葉を借りると、「大学改革という名の「はやり病」」である。先生は心ならずも文学部長として最後の二年間をその処理に忙殺された。そして1995年に任期を終えると同時に定年退職となり、慌ただしく摂南大学へと移られた。そして翌年の1996年に『モラル・サイエンスの形成――ヒューム哲学の基本構造――』(名古屋大学出版会)が刊行された。情念論、道徳論、政治哲学までを視野に据え、ヒューム哲学の全体像に迫られている。

先生の研究はとどまることなく、2002年の『我々はなぜ道徳的か――ヒュームの洞察』(勁草書房)においては現代的な問題に取り組まれ、2011年の『イデアの哲学史』(ミネルヴァ書房)では、観念説の系譜という角度から近世哲学全体を俯瞰されるという「思想の歴史」を追求された。

因みに、1992年にポパー教授が稲盛財団の京都賞を受賞し来日された折、ポパー教授と再会された。ワークショップでポパーの批判的合理主義についての発表をされたが、ポパー教授がその内容を高く評価してくれたことをとても喜んでおられた。ポパー教授が亡くなったのは、京都賞を受賞後二年ほどした1994年のことで、92歳であった。偶然であるが、先生もポパー教授と同じ歳に逝去された。

先生はポパー主義者ではないが、ポパーと同じく啓蒙の精神を体現されていたように思う。そのような啓蒙の光に与った者の一人として心から哀悼の誠を捧げたいと思う。

平野耿先生を思う

一ノ瀬 正樹(武蔵野大学・教授)

平野先生に初めてお会いしたのは、いつのことだったろうか。おそらく、1980年代の終わり頃だったと思う。日本イギリス哲学会の研究大会でお会いして、まだ若造の私を認識してくださり、いろいろと励ましの言葉をいただいた。平野先生は日本イギリス哲学会などを通じて、イギリス哲学研究の様々な活動を展開されていて、若手の院生上がりである私にとって仰ぎ見るような先生であった。声をかけていただき、とてもうれしかったことを思い出す。その後私は、日本イギリス哲学会理事となり、そして平野先生が所属されていた東洋大学の文学部哲学研究室に講師として採用されることとなった。着任直前の、1991年3月の研究大会の際に平野先生にお会いして、温かい言葉をかけていただいたことが鮮明に思い出される。平野先生は工学部に所属されていて、私は文学部に行くことになったので、所属は別々なのだが、同じ東洋大学ということで親近感を感じていただいたのだろう。しかも、平野先生と私は、ロック哲学などの古典イギリス経験論に関心を抱いているという点で大いに共通するところがあり、格別に気にかけてくださったのだと思う。1990年代くらいの感触だと、古典イギリス経験論研究は日本ではあまり重きを置かれておらずマイナーな研究分野であった。だからこそか、そういうマニアックな主題に焦点を当てて奮闘しているということで、なにか強い同士意識のようなものがあったのだと、振り返るとそのように思えてくる。

あのころからすでに30年以上の月日が経ってしまった。日本での哲学研究の動向は一変し、古典イギリス哲学の研究もまたなんら軽視されることもなく哲学研究一般の中に溶け込み、豊かな果実を結んでいる。このことはひとえに、平野先生をはじめ、日本イギリス哲学会の先達の先生方のおかげである。今後も、私たち後に続く者は、先達の業績と情熱をきちんと引き継ぎ、社会に、そして世界に発信できる研究を遂行していかなければならないと強く思う。平野先生に深い感謝の念を込めて、ここに改めて追悼の意を表したい。

第49回総会・研究大会報告

第49回総会・研究大会が2025年3月29日と30日に、神戸学院大学ポートアイランドキャンパスにおいて開催されました。参加者は実人数97名(内非会員6名)で、首都圏以外での開催としては多くの会員の参会となりました。大会開催校責任者の佐藤一進会員をはじめ、大会運営スタッフ皆様の周到なご準備と当日のきめ細やかなご配慮により、二日間滞りなく進み、大会が成功裡に終了しましたことを、御礼申し上げます。

29日午前には篠原久会員が司会を務めて下さった総会と、会長講演が行われました。午後のセッションIとセッションIIには、それぞれ35-40 名が、シンポジウムIには約70名が出席しました。夕方からの懇親会には55名が参加し、神戸港の美しい夜景を見渡せる会場で話も弾みました。

30日午前には、5名の個人研究発表が行われ、それぞれ35-45名が出席しました。午後のシンポジウムⅡには75名が出席し、活発な議論が交わされました。

二日間を通じて、志を共有する研究者が一堂に会し議論することのできる研究大会の意義をあらためて確認することができました。第49回大会に尽力して下さった全ての方に感謝申し上げます。(青木裕子)

第17回日本イギリス哲学会奨励賞選考結果

選考委員長 柘植 尚則(慶應義塾大学)

日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・伊藤誠一郎、犬塚元、鈴木真、成田和信、柘植尚則)は、日本イギリス哲学会奨励賞の候補となった3論文につき、論述の説得力、論述方法の堅実さ、先行研究への目配り、議論の独創性、将来の研究への発展可能性等の観点から、慎重かつ厳正に審議しましたが、2024年9月17日付で、本年度は該当作なしとの結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。

第50回総会・研究大会について

本学会設立50周年記念大会でもある第50回総会・研究大会は、2026年3月25日と26日に中央大学・茗荷谷キャンパスにおいて開催されます。竹中真也会員に開催校責任者としてご尽力いただいております。

1日目には、総会、記念講演、セッション、個人研究報告(9名予定)、2日目には、50周年記念企画シンポジウムⅠ「文学、宗教・政治、現代哲学 (仮題)」(司会:犬塚元、児玉聡 報告者:武井敬亮、中島渉、三平正明)、Ⅱ「思想家研究(仮題)」(司会:成田和信、矢嶋直規 報告者:望月由紀・上田悠久、青木滋之・渡邊裕一、岡村太郎・澤田和範、山尾忠弘・鈴木英仁)が予定されています。また、1日目の夕刻に懇親会が開催される予定です。

詳細については2026年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。

事務局より

ご挨拶

夏に選挙が無事に終わりほっとしていたのも束の間、本学会設立50周年記念大会まで4ヶ月を切り、俄に慌ただしくなってきました。事務局として、また開催校(中央大学)として何とか重責を果たしていきたいと思います。来期への引き継ぎも始める時期にもなりましたので、色々と皆様にお願いすることが増えるかもしれませんが、ご協力のほどよろしくお願い致します。(事務局長 青木裕子)

会費納入のお願い

本会の会計年度は1月から12月となっております。会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。5年分(30,000 円)滞納の場合、自然退会となります。期日内に納入いただきますようお願い申し上げます。