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新会長挨拶
久米 暁(関西学院大学文学部)
2024年度から2年間、第25期の会長を務めます久米です。よろしくお願いいたします。
1976年6月に創立された日本イギリス哲学会は2026年に創立50年を迎えます。この第25期の最後に2026年に入り、その3月末に第50回記念大会が中央大学で開催される予定です。また今年2024年11月23日には第200回の理事会が開かれます。一年に約4回の理事会を開いてきましたので、50年近くとなると200回を数えることになります。会員の皆様のお支えと理事の方々のご尽力によって、約半世紀の間、日本イギリス哲学会が倦まず弛まず運営されてきたことを痛感いたします。これまで会員でいらしたすべての皆様と理事としてお働きくださった方々にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。
本学会はインターディシプリナリーな学会であり、様々な分野の研究者が集い専門領域を超えて交流しています。しかし専門領域を違えると研究対象や方法論が異なり研究者間に距離感が生まれかねません。これを防ぐ文化が本学会にはあります。「部会文化」です。年1回の研究大会とは別に関東部会と関西部会とがそれぞれ年2回例会を開き、小人数による密な研究交流をみっちり行ってきました。これが、専門領域を異ならせる研究者が距離感なく互いの研究に刺激を与えることを可能にしてきた本学会の文化です。私自身、若い頃に部会で出会った他分野の研究者と話をするのが、今なお何よりもの楽しみです。会員の皆様には、この文化をもつ本学会で積極的に研究成果を発表し、様々な分野の視点からの意見を受けることで、ご自身の研究をより豊かなものにされることを願っています。若手研究者に対する支援策も充実していますので是非ご活用ください。
「ポストコロナ」という言葉も死語になりつつあります。ここ2年程は、コロナ禍から日常生活への全面復帰自体に多少の喜びを感じることもできましたが、もはやそれも新鮮さを失っています。むしろコロナ時代のやり方を思い起こし、その知見を活かす動きも出てきています。大学に関しても、対面授業の全面復活という時代を経て、逆にオンライン授業を積極的に取り入れた年間授業スケジュールを導入する大学も増えてきています。本学会もそうした方向を検討していく時期かもしれません。関東や関西の他にもイギリス哲学の研究者は日本各地で活躍しているのですから、たとえば「オンライン部会」を立ち上げて、「部会文化」を生かし、各地の研究者の発表の場と多様な研究者との交流の場を広げるのも一案です。かつて一度だけ行った「海外部会」も、「オンライン部会」の一環として、海外に出張せずして行うことも不可能ではありません。これは、私の勝手なつぶやきにすぎませんが、本学会の伝統的な文化と新しい技術との融合の試みです。
今期の新しい試みとして、まずは配布物を電子化します。『イギリス哲学研究』以外の配布物を可能な限り電子化して会員の皆様に迅速かつ効率よく届ける仕組みを、事務局が中心となって、作っていきます。また、『イギリス哲学研究』の編集・校正作業についても、きめ細やかな作業が可能となるよう、編集委員会が中心となって、新しい作業工程の構築を検討していきます。
半世紀にも及ぶ日本イギリス哲学会の良き伝統を生かしつつ、今後の歩みを確かなものにするよう、改革を進めてまいります。
よろしくお願いいたします。
追悼 三浦永光先生
下川 潔(学習院大学・名誉教授)
2023年8月21日、三浦永光先生がお亡くなりになった。84歳であった。三浦先生は、津田塾大学で教鞭をとられ、イギリス思想の分野ではジョン・ロックの批判的研究を推進され、本学会で理事を務められた。ロック研究以外でも、先生は、環境問題、内村鑑三の農本思想、日本の戦争責任の追及など、近代のひずみが露呈する様々な問題領域において数多くの本を書かれた。以下では、先生の御業績の紹介は最小限にとどめ、私の個人的回想を書かせていただくことをお許し願いたい。
私がはじめて三浦先生にお会いしたのは、今から46年前、私が学部生としてのアメリカ留学を終えて帰国し、予期せぬカルチャーショックから立ち直るべくICUの比較文化研究科の修士課程に在籍していた1978年であった。先生は非常勤講師として「人権論」という大学院の少人数クラスを担当された。ロックをはじめとする近代イギリスの思想に触れながら、西川潤の著作も紹介しつつ、近代思想の負の側面を見据えた話をされた。院生は、自分の関心に従って人権にかかわる問題について発表をした。私は、財産所有権の哲学的基礎を論じたLawrence Beckerの本や、小松茂夫先生の『人間および市民の権利と自由』(評論社)を手掛かりにして発表をした。三浦先生は熱心に私の発表に耳を傾けて、質問をしてくださった。静かに、ご自分の分かったことだけをしっかりと語られる先生の態度に私は感銘を受けた。それ以来、40数年間のお付き合いが続いた。
三浦先生の『ジョン・ロックの市民的世界-人権・知性・自然観』(未来社、1997年)と、『ジョン・ロックとアメリカ先住民―自由主義と植民地支配』(2009年)は、近代思想家ロックの先進性よりも、むしろ、異民族への態度、自然破壊、植民地での戦争、国教会温存といった点においてロックが示す不徹底さに着目し、これを克服することを私たちの課題として提示する。後者の著作に関して、私は二つの書評を書き(2011年の『社会思想史研究』とLocke Studies)、ロック所有権論の植民地主義的解釈に全面的には賛同できないが、そこには非常に重要な論点が含まれていると論じた。同時に私は、三浦先生に、海外の研究者にも読んでもらうために、その英語版を出されるよう強く勧めた。先生は、若い頃ハンブルク大学で勉強され、ドイツ語は堪能であったが、英語で書くことは、どちらかと言えば苦手なようであった。しかし、これを克服され、英語版John Locke and the Native Americans (Cambridge Scholars, 2013)を出版されたときには、私はとてもうれしく思った。
三浦先生は学問だけでなく、反戦平和活動にも取り組んでおられた。日本遺族会に対抗して平和遺族会の活働を行う際に、ロックの『寛容についての書簡』の統治者の寛容の義務にかかわる議論を何度も反芻してしまう、と語っておられた。この理論と実践の関係は、深いところで、先生の実存とつながっていたはずである。ロックの植民地支配肯定論を三浦先生が批判するとき、また、ヨーロッパ諸国によるアメリカ先住民の殺戮の歴史を振り返って、そこから敗者の声を聞き取ろうとするとき、そこには御自分の父親(27歳)の命を奪い、母親に苦難を強いた戦争と、日本の植民地支配への反省を欠いた政治家たちへの、強い憤りがあったと思う。先生は、大阪府箕面市の忠魂碑訴訟(一審勝訴)において、大阪地裁に出廷し、戦争遺児としての御自分の体験を証言され、日本遺族会の支部である箕面の遺族会が、靖国神社と同様、聖戦思想をもっており、その慰霊祭は遺族の平和への願いに反している、という意見を述べられた(『戦争と植民地支配を記憶する』明石書店、2010年)。また、イングランド国教会に対するロックの生ぬるい態度を批判する時、そこには、靖国と一体化した日本遺族会に対峙して戦うキリスト者の姿がある。先生は、内村、矢内原、西村に続く4世代目の無教会キリスト者であった。
三浦先生ほどの強いコミットメントはなかったが、私も反戦平和や人権擁護のための実践活動を行っていた。最近では、私たちはコンピュータを使い、アムネスティやAvaazのメールを交換し、署名活動を進めたりしていたが、昔は手紙のやり取りでそれを行っていた。80年代前半、イングランドのグリーナム・コモンに核ミサイルが配備されることをきっかけにして、女性を中心とした反核運動が高まりを見せていた頃、私はグラスゴー大学の博士課程に在籍していたが、時折デモや集会にも参加していたから、現地の運動の様子をルポ風に書き綴って手紙で送ったことがあった。先生はそれが気に入って、配偶者である安子先生(東洋大学名誉教授)と一緒に発行しておられたミニコミ誌『共に生きる』に掲載したいと言われた。私はすぐに承諾し、後日、印刷物が海を越えて私の下宿に届いた。
先生が亡くなられた今、先生とのさまざまな会話がよみがえってくる。一つだけ紹介しよう。私がロックのOf the Conduct of the Understanding(『知性の正しい導き方』)を翻訳したいと思っていた頃の会話である。先生は、あれはロックらしい作品ですね、すばらしいですね、と言われた。そのトーンからして、ロックへの褒め言葉であることは明らかで、ロックを批判的にとらえることの多い三浦先生にしては、めずらしい発言でもあった。私は即座に同意して、やっぱりそうでしょ、本当にロックらしい良い作品ですよ、あれは、と言いながら、心強い賛同者を得た気分に浸りながら、私は翻訳を進めることができた。その一言には感謝している。
学者として、また実践者として、立派に生きられた三浦永光先生。長い間のご厚誼、本当にありがとうございました。先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
追悼 田中秀夫元会長の急逝を悼む
篠原 久(関西学院大学・名誉教授)
昨年(2023年)6月の近況を伝えるメールが田中秀夫元会長(以下、秀夫さん)からの最後の音信であった。その後、入院されているとの情報に接し、その年の暮れ(12月15日)にご自宅に電話を入れてご様子を伺ったのだが、その四日後に帰らぬ人となってしまった。この年に亡くなった水田洋氏(2月3日)とJ. G. A. ポーコック(12月12日)という二人の先達は、その業績を秀夫さんがつねに追いかけていた大きな存在であったので、追跡意欲がそれほど強かったのか思われるほどの急逝であった。
10冊の単著、12冊の共著、5冊の編著・共編著、(共訳、監訳を含む)22冊の訳書(愛知学院大学論叢『経済学研究』第9巻第2号、2022年3月、田中秀夫教授退職記念号「研究業績一覧」参照)を貫くテーマが「スコットランド啓蒙」であって、約20年前当時の「研究回顧」が「会長講演」(第29回大会、2005年3月20日於神戸大学、『イギリス哲学研究』第26号掲載)のなかに示されている。「啓蒙、共和主義、経済学――偶然を超えて」と題するこの講演記録は、8番目の単著(『近代社会とは何か』2013年)に再録されて秀夫さんの研究遍歴を知りうる貴重な資料となっている。
最初の単著(『スコットランド啓蒙思想史研究』1991年)と最後となった単著(『スコットランド啓蒙とは何か』2014年)は、「終生のテーマ」の史的展開・人的交流過程を総体的にとらえようとしたもので、この傾向は他の単著(とりわけ第5単著としての『社会の学問の革新』2002年)でもみられるが、第4単著(『啓蒙と改革』1999年)は例外で、ひとりのスコットランド啓蒙知識人の二大主著(『階級起源論』と『英国統治史論』)を引用と要約と解説によって紹介したものである。「ジョン・ミラー研究」という副題を付されたこの大著の「あとがき」での結論――「ミラーを最後にスコットランド啓蒙の盛期は終わる。文明社会史〔秀夫さんのキーワードのひとつ〕の古典時代も終焉を迎える。」――を補強すべく、アダム・スミスの愛弟子ミラーは秀夫さんにとって「終生のテーマ」を総括する人物でなければならなかった。この大著刊行翌年の「アダム・スミスの会」の例会では、「ミラーの思想を考える――『啓蒙と改革―ジョン・ミラー研究』(1999年)からの出発――」と題して、ミラー研究の展望が以下のように記されている。
「〔『英国統治史論』では〕十分に扱えない部分が残されたことは確かであったから、〔ミラーのパンフレット類をも含めて〕『啓蒙と改革』では解明できなかった様々な課題に光をあてたいと考えている。… 〔残された部分については〕近く『経済論叢』(京都大学経済学会)に発表予定なので、ここでは以上にとどめる」(『アダム・スミスの会会報』第68号、2001年2月)。
この「予定」通り、2000年の5月から年末にかけて「ジョン・ミラーの経済思想」という副題をもつ四つの連作が『経済論叢』に発表されている。「紀要」論文の積み重ねが秀夫さんの単著公刊の土台になっているのだが、この「予定」通告は、最終単著となった『スコットランド啓蒙とは何か』の「あとがき」で示された次のような「吐露」につながるものであろう。
「筆者は研究成果を紀要にコンスタントに発表することを原則にしている。それは紀要を貶める風潮へのささやかな抵抗でもある」。
第48回総会・研究大会報告
2023年3月23日、24日に東京大学駒場キャンパスにおいて、第48回総会・研究大会が開催されました。2019年以来の懇親会も開かれた平常時の大会となり、参加者の実人数は二日間で120人でした。大会開催校責任者の労をとって下さった大石和欣会員と、大会運営に細やかな配慮をして下さったスタッフの皆様にあらためまして御礼申し上げます。
大会初日の23日には、午前中に総会と記念講演が開催されました。総会では、哲学会賞受賞者の伊藤誠一郎会員と、研究奨励賞受賞者の菅谷基会員より、受賞スピーチがありました。鈴木晃仁先生(東京大学)による記念講演「精神疾患・医師・患者の構造――19 世紀前半イングランドと 20 世紀前半日本の比較」は、専門的な内容でありながら、どの専門分野にあっても哲学を学ぶことは重要であるというメッセージが込められていました。本講演から、研究と教育をする上でのパワーと勇気を頂戴した会員が数多くいたことと思います。午後には、二つのセッションとシンポジウム、そして懇親会が開催されました。セッションでは各々三本の研究報告があり、計六人が登壇しました。各セッションの参加者数は、約30人でした。次に行われたシンポジウムIは、アダム・スミス生誕300周年を記念した前大会のシンポジウムに続き、カント生誕300周年を記念し「カントと 20 世紀イギリス哲学――生誕 300 周年記念」と題したものでした。参加者数は約100人でした。質疑応答も活発で、このテーマに対する会員の関心の高さを感じました。シンポジウム終了後に開かれた懇親会では、会員同士が久しぶりに談笑、意見交換し、実りある時間になりました。
大会二日目の24日には、午前中には学会の真髄ともいえる個人研究発表が六本ありました。午後に開催されたシンポジウムⅡ「PPE(Philosophy, Politics, &Economics)という学問領域の可能性 ――イギリス哲学の総合性の現代的翻案――」では、刺激的な発題の下、充実した議論が行われました。参加者数は約60人でした。
志を共有する研究者が一堂に会し議論する意義と、懇親会を含む会員の学問的親睦の重要性を、コロナ禍を経て再認識した二日間となりました。
最後に、大会企画に御尽力下さった太子堂正称前企画委員長、大会全般を下支えして下さった矢嶋直規前事務局長、竹中真也前庶務幹事に御礼申し上げます。(青木裕子)
第4回日本イギリス哲学会賞選考結果
選考委員長 岩井 淳(静岡大学)
2023年9月5日に開催されました「日本イギリス哲学会賞」選考委員会において、下記の著作を第4回日本イギリス哲学会賞受賞作に決定しましたので、ここに報告いたします。
Seiichiro Ito, English Economic Thought in the Seventeenth Century: Rejecting the Dutch Model, Routledge, 2021.
委員会では、1. 論述の説得力、2. 論述方法の堅実さ、3. 先行研究への目配り、4. 議論の独創性、5. 将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上記論文が奨励賞の水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。受賞理由の要点は以下の通りです。
本書は、イングランドがオランダ・モデルを模倣することに専心していた時期から説き起こし、貨幣不足の解消、安全な信用制度の創設といった課題に取り組みながら、やがてイングランド独自の経済的言説が生成してゆく過程を、膨大な草稿や議会資料を活用しつつ描き出した作品です。当時の商習慣に関する手堅い歴史的叙述によって、18 世紀スコットランド政治経済学にもつながる生き生きした素材を提供しているところも魅力的に感じられます。
本書は、イシュトファン・ホントの「貿易の嫉妬」概念の影響力に触れ、競争の観念によるその嫉妬の問題の克服という彼のナラティヴに言及します。その上で17世紀イングランドの論者がオランダの長所を模倣し追い越そうとしたことを描きつつも、彼らの関心はむしろイングランド社会の脆弱性を克服するために、独自の新しいシステムを生み出そうとする点にあったことを示しています。本書は、ニシン漁、低金利、銀行と資金、土地登記と信用という4つの争点を扱います。貨幣の問題を扱う後者3つの連関は見えやすいものの、第1章の主題であるニシン漁は浮いている印象を与えるかもしれません。しかし、著者はニシン漁こそオランダの覇権をもたらしたエンジンであり、そのオランダを手本と見据えた漁業をめぐる議論の中で、既に低金利や銀行の設立などの論点も浮上していたことを指摘します。このようにニシン漁をめぐる議論は、その後、展開する論点が胚胎していた豊かな土壌であったことを明らかにしています。
続く第2章で本書は、低金利導入の是非を論じるなかで、イギリス社会や経済の未熟さが議論の俎上に上がってきたこと、「信用」の安全性を高めるためにも土地の登記や銀行の創設などの必要性が指摘されてきた歴史を描き、第3章では銀行という主題をめぐって、銀行が扱うのは貨幣か信用か、担保や質をどのように扱うべきか、という論争の詳細に踏み込んでいます。その銀行の働きを支えるはずの土地の登記については第4章で、王政復古までの空位期間の法改革論争から土地登記についての言説、土地銀行の考え方が生まれ育っていったことを明らかにします。結果として本書は、4つの論争を単に時系列的に説明しているだけでなく、それらの論理的な結びつきを提示することに成功しています。
以上のように、本書は、広汎な一次資料を丁寧に分析し、先行研究にも広く目配りした上で、イングランド固有の経済的言説が生成する過程を骨太に描き出しており、日本イギリス哲学会賞にふさわしいものと、選考委員の全員一致で判断いたしました。
選考委員(50音順)
青木裕子、一ノ瀬正樹、岩井淳(委員長)、川添美央子、竹澤祐丈、中村隆文、森直人
第16回日本イギリス哲学会奨励賞選考結果
選考委員長 冲永 宜司(帝京大学)
日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員 犬塚元、奥田太郎、桑島秀樹、富田理恵、冲永宜司)は、2023年9月17日付けで、下記の論文を第 16回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作として理事会に推薦することに決定しましたので、ここに報告いたします。
委員会では、1.論述の説得力、2.論述方法の堅実さ、3.先行研究への目配り、4.議論の独創性、5.将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上記論文が奨励賞の水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。受賞理由の要点は以下の通りです。
本論文はシャフツベリにおける「センスス・コムニス」つまり「共通の感覚」とは何かという、その著書『センスス・コムニス』の主題を、ギリシャ語の「コイノノエーモシュネー」つまり「公共心」に関する、シャフツベリ自身が参照した「古代ローマの 4 名の注釈者たち」の諸解釈の検討から鮮明化しようとした試みです。
著者はギリシャ語の「公共心」に対する4人の「注釈者たち」による解釈と、シャフツベリ自身によるこの「注釈者たち」の解釈への理解とを、テキストに明示された典拠資料を丁寧にひもといて比較対照するという、地味だが根気と忍耐を要し、一次文献を丁寧に読解する王道的手法を採用します。その上でシャフツベリの「公共心」理解が、「注釈者たち」の幾通りもの「公共心」解釈との間に「隠れた連続性」を保ちつつも、シャフツベリ自身はとりわけ「コモン・センス」と「公共心」との接続を明確に意図していたという「主題の逆転」を行っていたことを指摘します。これは「公共心」についての複雑な継承関係を実証的に浮き彫りにしながらも、シャフツベリ自身の意図を明確に読み取る試みであり、こうした著者の議論には堅実な文献学的方法の上に、さらに一定の独創性が認められ、高く評価できます。
また今後の課題として、「センスス・コムニス」の議論は当時の「礼儀作法/社交」論一般の問題としても扱われ得るため、それと「笑い」「熱狂」をも射程としたシャフツベリの美学・倫理学思想研究への展開や、シャフツベリが「公共心」を「共通の感覚」に重点を置く解釈をした動機、また「公共心」を「コモン・センス」へと接続させた時代的・文化的背景や意義にまで踏み込んだ哲学・思想史的な観点の必要性も指摘されました。
そうした課題はありながらも、本学会でイギリス哲学とギリシャ・ローマの文献を本格的に比較・精査する研究態度は、近年稀有なきわめて高く評価できるものであり、奨励賞の水準に達していると評価されました。
受賞者の言葉
第4回日本イギリス哲学会賞受賞者 伊藤誠一郎会員
イギリス哲学会の学会賞を与えてくださったことに深く感謝するとともに、非常にうれしく思います。本書のタイトルはいかにも経済思想史ですが、私にとってこれは哲学の本だからです。これまで子供のころから自分とは何か、どういう世界にいるのかなどと考えながら生きてきて、大学ではポパーやクーンを読み、やがてポスト・モダーンなどという言葉が周りに溢れ、大学院に入る頃昭和が終わり、ベルリンの壁が崩壊し、バブルが崩壊し、経済的にも政治的にも哲学的にも人はどう生きるべきかを考えながら文献を読み、いきついたのが懐疑主義の時代である17世紀イングランドでした。しかし、経済思想史や政治思想史の文献を通じて触れてきた懐疑主義やリアリズムの議論では、現実はこうだったから不安定だった、だからこの時代にはこういう行動をとらざるをえなかった、という話で終わっていることが多いように見えます。私が私の本の中で描こうとしたのは、17世紀にはそうした疑えるものがたくさんありながらも当時の人々は、たとえば経済における信用制度などのような新しい価値観を表す制度をつくりだしたということでした。他方、今日の日常でわれわれが物事について考えるとき、あらゆるものを多様性の現れとしてかたづけ、相対主義的な答えしか出せない状況にあると思います。それではわれわれはどうしたら、何をしたらいいのかわからない。この本は、そうしたことを考えるときのヒントにでもなればという思いで書きました。今後も日本イギリス哲学会の皆さんの知見にふれながら、思考をつづけ文章として表現できるように精進したいと思います。
第16回日本イギリス哲学会奨励賞受賞者 菅谷基会員
この度は奨励賞をいただくことができ、大変嬉しく思います。また、今回の論文の執筆から選考までの過程を通して、指導教官の矢嶋直規先生をはじめとする沢山の方にお世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。
今回の論文では、第三代シャフツベリ伯爵による古典受容の事例について議論しました。この論文の特徴は、シャフツベリの著作と古代ローマの作品を単純に比較するのではなく、両者を仲介した古典学の議論の分析を行うことで、近世特有の古典理解の一端を明らかにしようとした点にあります。執筆者として特に気に入っている点は、ユウェナリスとマルクス・アウレリウスの作品を近世哲学の文脈で取り上げることができた点と、古典学者たちの思想史上の独創性と影響力を議論することができた点です。
他方で、この論文はシャフツベリの共通感覚論の構想に対する解釈に踏み込むものではありませんでした。近年のシャフツベリ研究の進展は著しく、この共通感覚論の構想についても様々な解釈が発表されています。私も今回の受賞を励みとして、いつかシャフツベリの共通感覚論全体について体系的な解釈を提示できればと思います。改めて、ありがとうございました。
第49回総会・研究大会について
第49回総会・研究大会は、2025年3月29日(土)・30日(日)の両日、神戸学院大学ポートアイランドキャンパスにて行われます。同大学ご所属の佐藤一進会員に開催校責任者としてご尽力いただいております。
1日目には、総会、会長講演、セッション、シンポジウムⅠ「シジウィック『倫理学の諸方法』刊行150周年(仮題)」 (司会:中井大介、奥田太郎 報告者:岡本慎平、奥野(中野)満里子)、2日目には、個人研究報告(6名予定)、シンポジウムⅡ「近代イギリスにおける哲学・思想と宗教(仮題)」 (司会:山岡龍一、中村隆文 報告者:李東宣、梅田百合香、森直人)が予定されています。また、1日目の夕刻に懇親会が開催される予定です。
詳細については2025年2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
事務局より
ご挨拶
今期が始まり半年が過ぎました。事務局は、庶務幹事(相松慎也会員と鵜殿憩会員)、編集幹事(太田寿明会員)、事務局長の私の四人体制で頑張っていますが、不慣れなことですので会員の皆様にご教示ご協力を賜りたく思っております。何卒よろしくお願い申し上げます。(青木裕子)
会費納入のお願い
本会の会計年度は1月から12月となっております。会費未納の方は、本年12月末までに振込をお願いいたします。年会費は6,000円です。2年分(12,000 円)以上の未納の場合には、来年3月末の学会誌の送付が停止され、役員選挙の選挙権・被選挙権を失います。5年分(30,000 円)滞納の場合、自然退会となります。期日内に納入いただきますようお願い申し上げます。