日本イギリス哲学会奨励賞

日本イギリス哲学会奨励賞規程

1. 目的および名称

日本イギリス哲学会は、本学会若手研究者のイギリス哲学に関する優れた研究業績を顕彰し、さらなる研究を奨励するために、「日本イギリス哲学会奨励賞」(略称「学会奨励賞」)を設ける。

2. 受賞資格者および対象

2-1. 受賞資格者は、応募論文刊行時において満40歳以下の本学会会員とする。
2-2. 対象は、前年度(前年4月1日~当年3月31日)に刊行された単著の論文とする。著書は対象としない。

3. 応募方法

3-1. 会員の推薦により、応募するものとする。自薦他薦を問わない。
3-2. 応募論文(抜刷またはコピー6部)を、所定の書式による推薦理由書を添えて、所定の期日までに学会事務局に郵送する。
3-3.『イギリス哲学研究』に掲載された前条【2】を満たす公募論文は、自動的に(前項【3-2】の手続きを経ることなく)選考対象とされる。

4. 選考方法

4-1. 本賞を選考するために、理事会は、理事から選考委員長1名、理事を含む会員から選考委員4名を選び、計5名からなる選考委員会を設ける。
4-2. 選考委員長および選考委員の任期は2年とする(ただし、対象論文の専門を考慮して、任期を当該年度に限り、1名の選考委員を指名するものとする)。再任を妨げないが、連続して2期を超えることはないものとする。
4-3. 選考委員長のもとで選考委員会が所定の期日までに選考を行い、理事会に選考結果を報告する。理事会は、選考結果の報告をうけ、受賞作を決定する。受賞作は原則1編とする。

5. 賞の授与および公表

総会において、選考委員長が選考結果の報告をした後、会長が受賞者に賞状と副賞(賞金)を授与する。
本人からの公表辞退の申し出がないかぎり、これを「学会通信」、学会ホームページなどを通じて公表する。

6. 附則

6-1. 本規程は、2012年4月1日から施行する。
6-2. 本規程の改正は、理事会の議を経て、総会の承認を得るものとする。


日本イギリス哲学会奨励賞推薦理由書

〔PDF版〕〔MS-Word版〕


第15回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

冲永 宜司(選考委員長 帝京大学)

日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員 犬塚元、奥田太郎、柘植尚則、富田理恵、冲永宜司)は、2022年9月18日付けで、下記の論文を第15回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作として理事会に推薦することに決定しましたので、ここに報告いたします。

太田浩之「自己に対する道徳判断と自己欺瞞―ジョゼフ・バトラーとアダム・スミスの比較分析」『イギリス哲学研究』第45号、2022年、3月

委員会では、1.論述の説得力、2.論述方法の堅実さ、3.先行研究への目配り、4.議論の独創性、5.将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上記論文が奨励賞の水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。受賞理由の要点は以下の通りです。

太田会員の本論文は、グラスゴー版の解釈以来、スミスの良心をめぐる表現がバトラーからハチスンを介してスミスに影響を与えていたと考えられていたのに対して、バトラーからスミスへの直接の関係を明らかにした点に特徴があります。

その際筆者は、スミスがその良心についての考察において「自己愛の欺き」といった「自己欺瞞」を論じ、またバトラーも反省の欠如と自己愛についての考察において「自己欺瞞」を論じていることを指摘します。その一方で、ハチスンは自らの道徳感覚についての議論の中で「自己欺瞞」を論じていないという、スミスからハチスンへの批判に筆者は着目します。こうしたバトラーとスミスとの共通性、反対にハチスンの考察に見られない要素に対するスミスからの批判とを丁寧に叙述することで、筆者はバトラーとスミスとの密接な関係を明らかにしていると判断されました。この点で哲学史の論文としては従来の定説になかった独自の見解も含み、選考委員会は本論文が奨励賞として推薦できるという結論に達しました。

今後検討を要する点として、バトラーとスミスとの言説の内容的共通性は、二者の思想史的な影響関係を証明するものではないという指摘や、スミスの言説にまず着目しその後で遡ってバトラーの類似の言及を記すという筆者の議論展開は、二者の歴史的関係の立論には十分なのか、という指摘がありました。これは思想内容の類似性と、歴史的影響関係の事実とを区別する必要性でもあり、今後の筆者による研究が望まれます。

それでも本論文は良心と自己欺瞞とを主題としながら、道徳哲学における利己主義や利他性といった倫理思想の中心課題につながる議論の題材を含んでおり、筆者によるこの方面での今後の研究に大きな可能性を含んでいると言えます。

以上

第14回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

犬塚 元(選考委員長 法政大学)

日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・岩井淳、久米暁、中澤信彦、児玉聡、犬塚元)は、日本イギリス哲学会奨励賞の候補となった論文につき、問題設定の独創性、論理展開の明確さ、結論の説得力等の観点から厳正に審議いたしましたが、2021年9月19日付けで、本年度は該当作なしとの結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。

第13回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

犬塚 元(選考委員長 法政大学)

日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会(委員・成田和信、岩井淳、山岡龍一、児玉聡、犬塚 元)は、2020年9月19日付けで、下記の2論文を第13回日本イギリス哲学会奨励賞の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。

李 東宣 ‘Appropriating St. Jerome: The English Conformist Defenses of Episcopacy, c. 1570-1610,’『イギリス哲学研究』第43号, 2020.3

岡田拓也 ‘Hobbes on the supernatural from The Elements of Law to Leviathan,’ History of European Ideas, Volume 45 Issue 7, 2019.7

委員会では、『イギリス哲学研究』第43号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、李、岡田両会員の上記論文が甲乙つけがたい内容と水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。各論文の受賞理由の要点は以下の通りです。

李東宣会員の論文は、エリザベスとジェイムズの時代のイングランド国教会聖職者の英語・ ラテン語の一次文献を精査し、国教信奉者の3つの立場を抽出することで、この時代の思想の布置を説得的に描いています。この論文において最も魅力的な点は方法論的議論の周到さにあり、この時期のアングリカンの思想を、こののちの大主教ロードを基準にして進歩史的・目的論的に説明したり、恣意的な資料選択をしたりした先行研究の問題点を避けるため、本論文は、 教父ヒエロニムスのテキストの解釈という観測点を設定するアプローチを採用しています。国教信奉者の3つの立場は必ずしも時系列で登場したわけでないとの著者の主張が、紙幅の都合もあり詳しく論証されなかったことは残念ですが、今後の研究が大いに期待されます。

岡田拓也会員の論文は、ホッブズの3著作、『法の原理』、『市民論』、『リヴァイアサン』を徹底的に読みこんで、「超自然的なもの」をめぐる3著作の違いや議論の発展を実証的に明らかにしています。この論文は、さまざまな先行研究が示唆はしたが必ずしも検証してこなかった議論を、特に『リヴァイアサン』と前2作との周到な比較によって確定する、という骨の折れる作業の完遂に成功しています。選考委員会では、ホッブズの議論の変化の「理由」は検討せず、変化の「性質」だけを追跡するという本論文の方針について、手堅いが物足りないという 望蜀の指摘も出されましたが、綿密な先行研究の調査に基づく課題設定や、一次資料を十分に吟味した説得的な論述が高く評価されました。

受賞者の言葉はこちら(「学会通信」)からご覧いただけます。

第12回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

坂本 達哉(選考委員長 早稲田大学)

2019年9月28日におこなわれた「日本イギリス哲学会奨励賞選考委員会」(メンバーは伊勢俊彦・下川潔・濱真一郎・山岡龍一の各会員と坂本)において、選考対象となった『イギリス哲学研究』第42号掲載の三論文のなかから、下記の二論文を「第12回日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。

上田 悠久
「ホッブズの教会論と助言」
(『イギリス哲学研究』第42号2019年3月 掲載論文)

澤田 和範
「ヒュームにおける「一般規則」の発生論的解釈」
(『イギリス哲学研究』第42号2019年3月 掲載論文)

委員会では、1.論述の説得力、2.論述方法の堅実さ、3.先行研究への目配り、4.議論の独創性、5.将来の研究への発展可能性等について慎重な検討を行い、上田、澤田両会員の上記論文が甲乙つけがたい内容と水準に達しており、本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。各論文の受賞理由の要点は以下の通りです。

上田悠久会員の論文は、ホッブズの教会統治論を、歴史的具体的状況の中で登場した特定の宗派や教義への対抗策と見るのではなく、主権者への「助言」と主権者の「命令」としての「法」を区別した上で、説得と強制力の区別の観点から、ホッブズの理論的一貫性を浮き彫りにしようとするものであり、先行研究と一次資料を手堅くまとめたその分析手法は、たかく評価されました。「助言」と「助言論」の区別の曖昧さ等も残るとはいえ、本論文の成果のうえに一層の検討が加えられることにより、『リヴァイアサン』の総合的な読み直しへのあらたな貢献となることが期待されます。

澤田和範会員の論文は、ヒュームの一般規則を、傾性的規則と規範的規則に分ける一般的な区別を認めながら、発生論的観点から両者を関係づけ、これらがともに一般規則と呼ばれ、規範的な規則をふくめて「非哲学的」と言われるのはなぜかという問題を検討しており、ヒューム哲学の理解にとって有益な論点を提供しています。規範性の生成の機構そのものについてはなお一層の掘り下げが望まれるとはいえ、とかく断片的あるいは個別論点に集中しがちなヒュームの一般規則論を、関連する研究文献からも手堅く学びながら、発生論的観点から総合的に分析していることがたかく評価されました。

以上。

受賞者の言葉はこちら(「学会通信」)からご覧いただけます。

第11回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

坂本 達哉(選考委員長 慶應義塾大学)

2018年9月22日、慶應義塾大学で開催された「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、平成30年度の日本イギリス哲学会奨励賞の候補となった2論文につき、問題設定の独創性、論理展開の明確さ、結論の説得力等の観点から、厳正に審議しました。その結果、いずれも力作ではあるが、本奨励賞がもとめる水準から見た場合、いくつかの点で改善の余地があると認められたため、本年度は、残念ながら、「該当作なし」という結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。

第10回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

伊勢 俊彦(選考委員長 立命館大学)

2017年9月23日、東洋大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、下記の論文を第10回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。

大谷 弘(おおたに ひろし)
‘Wittgenstein on context and philosophical pictures’
Synthese, Vol. 193(6))

本委員会では、『イギリス哲学研究』第40号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす3編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、大谷会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。

大谷会員の論文は、ウィトゲンシュタインの哲学的方法論、とくに、哲学的議論が陥りがちな概念的混乱を解きほぐす手法の特徴を、言語の理解が文脈に影響を受けること(context-sensitivity)に注目して明らかにしようとするものです。そのさい強調されるのが、ウィトゲンシュタインの哲学批判の非独断的な性格であり、その観点から、ハッカーらの「標準的解釈」が厳しく批判されます。ウィトゲンシュタインの哲学批判の軸は哲学者が「哲学的な像」にとらわれる過程の解明であり、その過程の大本にあるのが、文脈を無視した「モデル」への固執であることが、論文の後半では述べられます。「標準的解釈」や、それに従う一般的な後期ウィトゲンシュタイン理解によれば、日常的な語用法を逸脱してなされる哲学的言語使用は、正しい語用法の観点から一方的に退けられるのですが、本論文は、ウィトゲンシュタインの議論は、問題の哲学的言語使用を一方的に退けるのではなく、あくまで会話的な性格のものであり、それへの疑問は、解明、すなわちそれを理解可能とする文脈の提示を求める呼びかけであることを指摘します。哲学的な言語が空転に陥るのは、語が用いられる典型的な文脈についての想定が、本来の文脈を離れたところで固定したモデルとされることであり、こうして生成するのが「哲学的な像」であることを本論文は明らかにしています。

選考では、言語の正しい使用についての固定した直観による独断的な議論という、通説的な理解に代わる、言語使用の具体的な状況に注目する会話的で開かれた探求という、斬新な後期ウィトゲンシュタイン解釈が、周到な議論を伴って示されていることを高く評価し、大谷会員の論文を受賞作とすることに決定しました。

第9回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

伊勢 俊彦(選考委員長 立命館大学)

2016年9月24日、東洋大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会において、下記の二論文を第9回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定しましたので、ここに報告いたします。

梅澤佑介(うめざわゆうすけ)
「市民の義務としての反乱——ハロルド・ラスキによるT・H・グリーンの批判的継承」
(『イギリス哲学研究』第39号2016年3月 掲載論文)

豊川祥隆(とよかわよしたか)
「ヒュームの関係理論再考——関係の印象は可能か」
(『イギリス哲学研究』第39号2016年3月 掲載論文)

今年度は、奨励賞への一般応募論文はなく、『イギリス哲学研究』第39号掲載論文の中から、資格要件を満たす3編が候補作となりました。本委員会では、候補作のそれぞれについて、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、梅澤氏と豊川氏の上記二論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。

まず梅澤氏の論文は、ラスキが、イギリス観念論を徹底的に批判する反面で、イギリス観念論の提唱者であるグリーンから「抵抗の義務」の観念を受け継ぎ、「反乱の義務」として主張していることに着目します。そして、ラスキによる「一元的国家論」から「多元的国家論」への転回が、グリーンの主権論を批判しながら、主権と抵抗についての新たな考え方のなかに「抵抗の義務」を位置づけ再生する試みを軸とするものであると指摘します。グリーンとラスキは、ともに主権の基礎を強制力ではなく被治者の意志に見出します。グリーンは、国家と被治者が道徳的に一体であることを前提としながら、抵抗を、国家が本来の目的から逸脱した場合に、あるべき国家のあり方を取り戻す市民の義務として構想します。これに対し、ラスキは、政治の次元と倫理の次元を区別することによって、国家の強制力による同意なき支配の可能性に目を向ける一方、国家以外の諸団体も、被治者の意志にもとづく主権性を認める多元的国家論を提唱し、市民に、国家との道徳的一体性に回収されない批判(「反乱」)の役割を課します。本論文は、これまで注目されてこなかったグリーンとラスキの批判的継承関係が、ラスキの多元的国家論の形成において果たした役割を明らかにした点で、思想史研究に対する重要な貢献と言えます。他方、委員会では、タイトルに掲げられた「反乱」が論文のまとめの部分で後景に退き、やや不明確な締め括り方になっているという、叙述方法の上で改善すべき点も指摘されました。

次に豊川氏の論文は、観念の十全さの基準を、そのもとになる印象への遡上によって求めようとするヒュームの特徴的論法を複合観念の一種とされる関係の観念に当てはめるとき、いかなる解決が可能かを検討します。まず、関係の観念を構成するものとして、関係づけられる対象に加えて、関係を成立させる事情が必要であるとされ、ヒューム自身は明示的に論じていないとしても、そのもとになる印象についての問いが不可避であると述べられます。ヒューム自身の議論の中で、関係の印象への問いに最も近づいていると思われるのが、必然的結合の観念が、心の被決定の印象に由来するとする議論ですが、この議論の検討は、逆に、関係の把握が多くの場合にはっきりした感じを伴わないこと、また、心の被決定の印象に由来する観念が、いかにして必然的結合を表象するような内容を持ちうるのかという問いを提起します。これらの問いに対しては、関係の観念の場合には、印象を直接提示することによって観念を明晰化するというより、観念が見出される経験の提示によって観念の表象内容の確認を可能とするという方略をとるべきであり、そのさい、心の被決定のようなある感じがあれば、その経験を指示するための印として機能するであろうし、そのような感じがない場合も、穏やかな情念に類する印象を想定することができるという解決が提案されます。委員会では、例えば存在の観念や信念については、存在する対象や信じられる対象の観念と別個の知覚はないとされており、関係の観念についても同様の議論が可能ではないかという、本論文の問題設定に対する疑問も出されましたが、主張の鮮明さと議論の明解さを評価する意見が多数を占めました。

このように両論文については弱点の指摘や内容についての疑問もありましたが、いずれも斬新な問題設定で独自の論点を打ち出しており、さらなる研究についてその発展を奨励するに値するという結論に委員会として達し、二論文をともに受賞作にすることといたしました。

第8回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

一ノ瀬 正樹(選考委員長 東京大学)

2015年9月19日、慶應義塾大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、平成27年度の日本イギリス哲学会奨励賞の候補作の論文2点につき、論文の独創性、論旨の明快さや説得性等の観点から、選考委員会において慎重かつ厳正に審議いたしましたが、本年度は該当作なしという結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。

第7回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

一ノ瀬 正樹(選考委員長 東京大学)

2014年9月20日に慶應義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第7回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。

古田拓也(ふるたたくや)
「「事実が与えられているのに、なぜ虚構を探し求めるのか」-フィルマーの契約説批判とロックによる再構築-」
(『イギリス哲学研究』第 37号 2014年 3月掲載論文)

本委員会では、『イギリス哲学研究』第 37号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす7編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、古田会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。

古田会員の論文は、人民と統治者が調停不可能な対立に陥ったとき「誰が裁定者たるべきか」という、フィルマーとロックに共通する問いに対して、「人民が裁定者である」というロックの契約説的解答は、契約説は虚構であると一貫して唱えて「人民が裁定者ならば統治は崩壊する」としたフィルマーの批判にどう答えているのかという、根本的な問題に改めて真摯に対峙したものである。本論文の最大の特長は、ロックに比して軽視されがちなフィルマーの論点を公正かつ丁寧に追いかけ、それがロック的な契約説に対して実はただならぬ迫力で批判を向けていることを明確にしている点である。フィルマーの契約説批判の核心は、契約説の前提する「生来の自由」そしてそれに基づく契約という虚構を認めてしまうと、為政者による契約違反の有無を人民が判定することになり、アナーキーに陥ってしまう、とする点にある。これに対してロックは、まずは、明示の同意と暗黙の同意という独自な同意論の道具立てでもって、統治の源泉を自由な個々人に求める枠組みを提起する。そしてロックは、暗黙の同意を認めてしまうと結局は事実として与えられている既存の支配権への絶対服従を承認することになるのではないかというフィルマーのもう一つの契約説批判に対して、自然法そしてそれを理解する理性能力を前提することによって、絶対服従には至らない、一定の制限内での同意が確保されると応じた。しかし同時にロックは、根底的な次元でのアナーキー現出の不可避性を積極的に認める、と本論文は論じ及ぶ。現代の私たちは、フィルマーのいうアダムの権利を認めることは難しいし、ロックの前提する自然法をそのまま受け入れるのも困難だろう。では、二人の哲学者から私たちは何を学べるのか。そのような問いを挑発的に開いて、本論文は結ばれる。

同意に課せられる制限性が、どのようにして、ある領域内で、既存の支配権に同意したくないけれども単にそこに住み続けたい者の同意に基づく服従と結びつくのか、その点が明瞭でなかったという指摘はあった。しかし、古田論文の、フィルマーに新鮮な視点から光を当てた議論の秀逸さは疑いなく、この分野の今後の発展に大いに資する研究であると評価された。よって、古田会員の本論文を受賞作とすることに決定した。

第6回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

久米 暁(選考委員長 関西学院大学)

2013年9月21日に慶應義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第6回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。

苅谷千尋(かりや・ちひろ)
「エドマンド・バークの帝国論-自由と帝国のジレンマ-」
(『イギリス哲学研究』第36号 2013年3月 掲載論文)

本委員会では、『イギリス哲学研究』第36号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、苅谷会員の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。

苅谷会員の論文は、現実的な政策的議論に散りばめられているバークの帝国に関する諸言説からバーク帝国論を再構成し、帝国思想史に正確に位置づけ、バークが、歴史的文脈に合わせて、帝国を「支配と服従」のシステムから「共存」のシステムと捉えなおし、また「栄光」を「帝国の拡張」から「よき統治」に結びなおした上で、本国が帝国を「統治」するだけの「権力」「権威」を欠くとする観点から、帝国と植民地の自由との両立可能性を追求したことを鮮やかに描く極めて意欲的な論考です。これまで丁寧に研究されることの少なかった演説等のテキストを丹念に読み解くことで初期から晩年に至るまでのバークの知的格闘を追跡するという堅実な手法に基づいていること、また、とかくアメリカ問題・インド問題等と領域別に論じられることの多かったバークの言説を包括的帝国論として浮かび上がらせるという独創的な課題に取り組んだこと、さらに、自由主義という分析視角に囚われてバークを反帝国主義者と理解する先行研究から適切な距離をとっていること、が高く評価されました。だだし、キータームである「自由」概念についてより詳細な分析が望まれる点、また国際関係思想史におけるバークの位置に関する先行研究への目配りがあれば、さらに厚みのある研究になりえたであろうという点が、委員会において指摘されたことも報告せねばなりません。しかしながら、本論文がバーク帝国論に関する秀逸な論考であることに変わりはなく、また、新しいバーク研究・帝国思想史研究へと今後大きく発展する可能性に満ちた研究であることにも疑いはないことから、苅谷会員の本論文を受賞作とすることに決定いたしました。

第5回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

久米 暁(選考委員長 関西学院大学)

2012年9月22日、慶応義塾大学にて開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第5回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここに報告申し上げます。

中野安章(なかのやすあき)
「バークリーにおける「自然の言語」と自然法則の知識」
(三田哲学会『哲学』第129集 2012年3月 掲載論文)

本委員会では、『イギリス哲学研究』第35号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす4編に関して、(1)論述の説得力、(2)論述方法の堅実さ、(3)先行研究への目配り、(4)議論の独創性、(5)将来の研究への発展の可能性等について慎重な検討を行い、中野氏の論文が本年度の受賞作にふさわしいとの結論に達しました。

中野氏の論文は、バークリーにとっての自然法則の概念を「自然の言語」説の観点から解釈しつつ、「自然の言語」説の核心を、従来強調されてきた観念の「習慣的結合」の原理にではなく、「予見」による行為制御の側面に置き直して、自然法則の知識を、行為を通じた快の獲得と苦の回避の能力と見なすプラグマティックな知識観をバークリーに読み込む意欲作です。また、神と人間の「協働」や、単なる生存価値に回収されない精神的快との関わりが論じられ、単純な自然主義的プラグマティズムとの差異化も図られており、議論の独創性・論述の説得力において秀でた論文であります。さらに、バークリーのテキストに向き合って解釈を紡ぎだす論述方法の堅実さも高く評価されました。ただし、委員会においては、本論文はバークリーの思想的展開への注意が不充分だとの指摘が為されました。バークリーは、まず『視覚新論』にて、空間知覚における視覚情報を「言語」と見なした後、『原理』においては、著者が指摘するように、自然法則一般を「習慣的結合」へと解体すべく、視覚以外の感覚さえも「記号」と捉え直しましたが、その際バークリーはそれらを「言語」ではなく「記号」と呼び直しており、さらに晩年には、『原理』の「記号」説ではなく、初期の『視覚新論』の「言語」説を再度持ち出しています。こうしたバークリーの思想的展開に目を向け、「言語」と「記号」との異同についてより慎重な検討を加えていれば、本論文はさらなる説得力を得たであろう、との議論が委員会において為されました。

本論文には弱点があるものの、新しいバークリー像を描く将来の研究を胚胎する論考であり、またその弱点を克服していく力量が本論文において遺憾なく発揮されていることを考慮し、今後の研究についてはその発展を奨励するに値する、と委員会は考えました。

第4回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

中釜 浩一(選考委員長 法政大学)

2011年9月24日に開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第4回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。

沼尾 恵(ぬまお けい)
‘Reconciling Human Freedom and Sin: A note on Locke’s Paraphrase’(Locke Studies, 10)

本委員会では、『イギリス哲学研究』第34号掲載論文および一般応募論文の中から、奨励賞の資格要件を満たす5編に関して委員会で慎重な検討が行われ、その結果、沼尾氏の上記論文が本年度の受賞作にふさわしいということで、委員全員の意見が一致いたしました。

本論文の主題は、自由意志に関わるロックの説明がEssayとParaphraseの二著作の間で異なっており、このことはロックがパウロの神学を研究することを通して、人間の罪深さへの認識を深め、自らの自由意志に関する思想を転換させた結果である、と何人かの解釈者によって主張されているのに対して、Essayにおける「自由意志」について異なった読解を提示することによって、この解釈に対して反論を試みようとするものです。沼尾氏は、Essayの「自由意志」に関係する部分と、ロックとLimborchとの間でかわされた書簡を丹念に読み返すことによって、上記解釈者達が注目した「私の意志に反して罪の業を強いられる」というParaphraseの行文を、Essayの考えと整合的に解釈することが可能である、と主張します。その際、沼尾氏の解釈の核となるのは、Essayで展開されている自由意志には、行動の直前にあってその行動を決定する意志と、将来の善のために現前する善へ向けた行動を保留し、「将来において正しい行為を遂行すると意図すること」を意図する、という「二次的意図」とが存在するのであって、Paraphraseで問題になっているのは後者の方だという点です。このことに基づいて、「自由意志」に関するロックの考えには二著作の間で根本的転換はなかった、という結論を沼尾氏は引き出します。本論文においては、以上の論点が、適切な引用と明確な推論によって手堅くまとめられております。

選考においては、テキスト解釈の妥当性、先行研究を踏まえた上での解釈の独創性、論述の明晰さ等について、選考対象となった個々の論文について立ち入った検討を行いましたが、沼尾氏の論文はいずれの点においても、奨励賞にふさわしい水準に達していると本委員会は判断いたしました。

第3回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

只腰 親和(選考委員長 横浜市立大学)

2010年9月25日、京都大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、平成22年度の日本イギリス哲学会奨励賞の候補作の論文3点につき、論文の独創性、論旨の明快さや説得性等の観点から、選考委員会において慎重に審議いたしましたが、本年度は該当作なしという結論に達しましたので、ここにご報告申し上げます。

第2回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

中才敏郎(選考委員長 大阪市立大学)

2009年9月26日、法政大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第2回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。

佐藤岳詩(さとう たけし)
「ヘアの普遍化可能性原理の形式性について」(『イギリス哲学研究』第32号 2009年 掲載論文)

応募作は合計5編で、選考過程では、(1)問題設定と論述の明確さ、(2)議論の独創性、(3)論述内容の説得性、(4)将来の研究の発展の可能性等の項目を中心に慎重に検討をいたしました。

その結果、これらの項目の多くに関して、佐藤論文が他の4編より勝っているとの結論に達しました。当該論文を受賞作とする具体的な論点は以下の通りです。

佐藤論文は、R・M・ヘアの普遍化可能性原理を取り上げ、それが形式的なものかどうかを論じています。ヘアは、一方で、道徳判断の重要な性質が普遍化可能性と指令性であると主張し、他方で、そのようなメタ倫理学上の立場から選好功利主義という実質的な主張が導出されると論じました。このことは、普遍化可能性がヘアのいうような形式的原理ではなく、実質的な原理ではないかという批判を招きました。とりわけ、J・L・マッキーは普遍化の三段階を区別し、第三段階における普遍化が実質的な道徳的主張を含んでいるとヘアを批判しました。佐藤論文は、マッキーの批判を再批判し、マッキーの議論が成功していないことを説得的に示す一方、普遍可能性原理はヘアが言うように形式的な原理であって、選好功利主義を導出しているのは、普遍化可能性原理ではなくて、指令性と合理性であると主張し、とりわけヘアの合理性が実質的な内容を含んでいるのではないか、と示唆しています。本論文は、ヘアに関する内在的な研究として、丁寧に議論を展開しており、議論の着実な展開力は高く評価されてよいと思われます。しかし、残された課題も多くあること、とくに二次文献の扱いにおいて十分でないことなどの指摘も委員の間であったことを付言せねばなりません。しかし、本論文は氏の研究の更なる発展の可能性を期待させる内容となっており、委員会としては奨励賞にふさわしい論文であるとの結論に達しました。

第1回日本イギリス哲学会奨励賞・選考結果

篠原 久(選考委員長 関西学院大学)

2008年9月27日、法政大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第1回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。

島内明文(しまのうち あきふみ)
「アダム・スミスにおける道徳感情の不規則性」(『イギリス哲学研究』第31号 2008年 掲載論文)

審査対象となった論文は合計4編で、選考過程では、(1)論文の骨子となっている基本概念を誤読もしくは誤解していないかどうか、(2)内在的・歴史的・批判的アプローチを問わず、原典の正確な読解にもとづいた研究となっているかどうか、(3)論述内容に十分な説得性がみられるかどうか、等の項目を中心に慎重に検討いたしました。

その結果、これらの項目に関して、島内論文が「学会奨励賞」の受賞作としてふさわしいとの結論に達しました。当該論文を受賞作とする具体的な論点は以下の通りです。

アダム・スミス研究に関しては(とりわけ諸外国では)最近になって、『道徳感情論』の研究が盛んになり、「倫理学者としてのスミス」が研究対象に設定されるようになりました。また現代倫理学分野でも、道徳的評価におよぼす「運・不運」(moral luck)の問題への関心から、ようやくアダム・スミスの「行為の功罪に関する人間感情に偶然性が与える影響について」という「道徳感情の不規則性」が注目されつつあります。島内論文は、これらの最近の問題提起をも踏まえながら、スミスの論述過程そのものにみられる整理の不備および外見上の矛盾等を指摘しつつも、「偶然性」(Fortune)の結果としての、他者への危害に伴う「自責の念や償い」に焦点をあわせるスミスの議論のなかに、「正義の執行」(社会の主柱)や「仁愛の付与」(社会の装飾)とは相対的に区別される独自の問題領域を見定めようとしています。ただ、島内論文には、哲学用語の使用法(訳語の問題)、および上記項目の(3)「論述内容の説得性」に関して、委員のあいだから不満が提出されたことも事実です。しかし最終的には、本委員会として島内論文を受賞作とすることに全員が一致いたしました。